「――――ール様……エトワール様!」
「んん……」
何処に転移させられたのか、そこまで考えていなかった。
計画通りだと思っていたけれど、かなり酷いギャンブルを仕掛けたか気がする。そこだけはマイナスポイントだろうか。
誰かに名前を呼ばれている気がして、辺りを見渡せば、見慣れた水色髪が目に飛び込んできた。
「リュシオ……ふぶし!」
「つ~~」
顔を上げると、目の前にあったリュシオルの顔と正面衝突してしまう。痛いと思いながらも、何故彼女がここにいるのかという不思議の方が増さって、痛みは感じているようで感じていなかった。
(え、何でここにリュシオルが? いや、待ってそもそも、何処に飛ばされたのかも分からないのに、リュシオルがいるのが不思議とか……)
考える順番が違ったのだ。
でも、それにしてもリュシオルが何故ここにいて、私が倒れていることを心配しているのだろうか。もしかしたら、夢を見ているのかも知れないとも思った。その可能性は大分薄いけれど。
(だって、ラヴァインに転移魔法で、転移させられたんでしょ? じゃあ、ラジエルダ王国の皇宮の方に飛ばされたんじゃない?)
そう思うのが普通だった。
「ちょっと、エトワール様、エトワール様!」
「リュシオルだよね」
「そうよ。誰がどう見たら、違うって言うのよ」
「偽物じゃないかってこと。誰かが、化けているって言う可能性もある訳じゃん」
確かにそうかも。とリュシオルは言った。そういうあたり、本物だろう。私は、一番の親友を置いておいて、自分が今どこにいてどういう状況なのか探る方が優先すべき事だと思っていた。でも、リュシオルがあまりに心配そうに見るので、そちらにも気を向けなければとも思胃始める。
「リュシオル」
「何よ、エトワール様」
「何でここにいるの? だって、聖女殿の方にいたよね? というか、ここ何処?」
「初めに聞くべきはそれでしょうが、全く」
と、リュシオルは呆れたようにため息をついた。
そこまで言わなくても良いじゃないかと思いつつ、心配してくれたことには変わりないので、私は兎に角落ち着くことにした。落ち着かないことには何も出来ないだろうし、状況を飲み込めないだろう。
私は辺りを見渡して、寝室のような所だと言うことだけ把握した。天蓋付きのベッド、窓のない部屋。質素な正方形の部屋だった。めぼしいものは何もない。空っぽな、可哀相な部屋だと思った。
「ごめん、ちょっと慌ててて」
「私も慌てたわよ。いきなり、エトワール様がここに転移してきて。そして、眠っちゃって」
「と言うことは、転移してから時間が経ったって事?」
「それは、どうか分からないけれど……」
そう、リュシオルは申し訳なさそうに言った。
確かに、転移魔法をかけられると、身体に負担がかかるし、最悪眠ってしまう場合もある。体力と魔力がとられるから、そういう現象が起こるのだ。
それも、私に転移魔法をかけたのは、闇魔法の人間で。光魔法と闇魔法の反発によって、反動が出るのは可笑しいことではなかった。だから、リュシオルが言っていることは分かるし、長い距離だったら尚更。
(まあ、それは良いんだけど、睡眠魔法までかけていた?)
転移させられたとしても、転移先で暴れないようにと、二重に魔法をかけていた可能性も浮上してきた。ラヴァインならやりかねない。
色々と考えたが、考えは一つにまとまらなかった。兎に角今は、それよりも……
「でも、エトワール様が無事でよかった。怪我も無いようだし」
「あ、ありがとう。リュシオル……リュシオルに傷がなくてよかった……とは思ったんだけど、本当に何でここにいるの?」
「それが……まあ、色々あって」
と、リュシオルは口ごもった。言いにくいことなのだろうかと、首を傾げていれば、リュシオルは覚悟を決めたように私の両手を握った。
「うわっ、何」
「私、一度、現世に戻ったのよ」
「現世って……私達が転生する前に暮らしていた世界?日本?」
「そうよ。エトワール様の役に立ちたいって思って、聖女殿の自分の部屋の扉を開いたら、元の世界に戻ってて、それで……」
リュシオルは、しゃべり出した。それはもう、止らないほど。
色々あった。と言うのが、よく分かって、私も最初は混乱した。何故、元の世界に戻ってこれたのか、そして何でまた此の世界に戻ってきたのか。
「何で? あっちで、死ぬ前に戻れたら、あっちにいてもよかったじゃん。こんな、いつ死ぬか分からない、乙女ゲームとも言えない世界に戻ってきて」
「それは、貴方を一人に出来ないからよ」
リュシオルは叫ぶ。
ギュッと握られた手が痛かった。
現世に戻れたなら、それも死ぬ前に戻れたとしたら、あっちの世界で寿命を全うする方が良いんじゃないかと私は思った。だって、リュシオルは楽しみにしていた同人誌を川に落とすことなく読めたかも知れないのに。あっちは、平和で戦争も魔法も何もないのに。どうして、こっちに戻ってきたのか。
でも、リュシオルの顔を見れば分かった。私は、大切な親友のことを分かっていなかったんだなあと痛感もさせられた。
「貴方が心配だから。エトワールストーリーがどんなのか、クリアできていなかったから。もし、エトワールストーリーにハッピーエンドがないとしたら……それを、私は作ってあげたいと思ったの。それに、私はエトワール様の……ううん、巡の親友だから。貴方一人をおいて、幸せになれないわよ」
と、リュシオルは心から絞り出したような言葉を吐いた。
ここまで、愛されていたんだと、じんわりと目が熱くなるのを感じていた。
(そっか……私、周りを見れなくなっていたんだ)
騎士達に向けた冷たい目も、感情も、今やリュシオルによって溶かされているように感じた。温かい心が戻ってくるように。
私にとっても、リュシオルは……蛍はたった一人の親友なんだ。
「ごめんなさい……」
「何で、エトワール様が謝るの?悪いことしてないじゃない」
「だって、心配してくれているって事忘れてた、約束も忘れそうになってた。目の前のことで一杯になってて……混沌を倒すことだけに執着してた」
「……でも、それが大切だって思っていたんなら仕方ないじゃない」
そう、リュシオルは私の頭を撫でてくれた。温かい手のひらが、ふわふわとした髪の毛を撫でる。
(そうだ、私はやるべきこともあるし、親友との約束だってある)
私が、わざと罠にかかったフリをしたのも、この災厄を止めるためなんだ。
「私、わざと、罠にかかったフリしてきたの。計画のために、あっちにリースもアルベドも、ブライトもおいてきちゃって」
「一人で、どうにかしようとしているの?」
私の計画を聞いて、リュシオルは目を丸くする。やめなさいと私の肩を掴んで揺さぶった。まあ、そう言われるよねえ……とは予想はついていたし、何も思わなかったけれど。
ただ、ここまできた以上やるしかないのだ。それが、最善策だと思ったから。
(アルベドとブライトには酷い役追わせちゃったし……リースも気に病んでることだろうし)
さっさと終わらせられたら良いけれど、取り敢えずは、トワイライトを。
「まず、ここから出よう。というか、トワイライトを探そう」
「そ、そうね……でも、エトワール様ここが何処か分かるの?」
「分からない! リュシオルは分かるの?」
と、私が返せば、さっきよりも大きなため息をつかれた。そんな風に溜息つかなくても……と思ったが、私の発言がぶっ飛んでいたからそう思われても仕方がないのかも知れない。
というか、リュシオルはここがどこだか分かっているのだろうか。
「きっと、ラジエルダ王国の皇宮の一室ね。私も、ここにいきなり飛ばされて……まあ、私はその後、この部屋に押し込められたわけだけど」
「押し込められた?誰に?」
「それは――――」
そう言いかけたとき、キィ……と部屋の扉が開く。
誰か来ると、気配を察知し、私はリュシオルの前に立った。そうして、ゆったりと私達に近付いてくる小さな足音。それに紛れて、たたた……とついてくるさらに小さな足音が聞える。
「……トワイライト」
「久しぶりです。お姉様。やっと会えましたね」
私の前で足音は止む。
そうして、私の目の前に現われた彼女、トワイライトは濁った瞳で私を見ると微笑んだ。愛おしいものを見るように、私を見つめ、私の制止も聞かず抱き付いてきた。
「ああ、お姉様。会いたかったです。お姉様」
「トワイライト……」
「私に会いに来てくださったんですよね。わざと、捕まったフリをして」
「……分かってたんだ」
当然です。と、トワイライトは嬉しそうに笑う。
その微笑みも、嬉しそうな顔も可愛らしいのに、全くあの聖女らしさが感じられない。どす黒い何かが渦巻いているようで。
そんな、トワイライトに気をとられていると、私の足下に誰かがくっついてきた。
「聖女様」
「……ファウダー」
私の足にしがみついた、災厄の元凶は、私を見上げ、トワイライトよりも嬉しそうにその口角を上げていた。
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