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まだ真夏前だというのに、体育館の中は本当に暑い。
窓という窓を全開にしているが、全然涼しくならない。入ってくるのは熱風だけ。からからに乾いた埃っぽい匂いが鼻腔をくすぐってくるから、尚更に気持ち悪く感じてしまう。
「あ、暑い……」
夜になれば多少マシにはなるだろうと思っていたけど、甘かった。市民体育館を借りてこれから自主練に励もうと思っていたのに、もうすでに帰りたくなってきた。
でも、学校の体育館だと先輩方もいるから気を遣ってしまう。それに、お金を払って借りたんだ。さすがにすぐに帰るのはもったいなさすぎる。
「フッ!!」
ツーポイントライン――いわゆるペイントエリア内――から、大木拓海はジャンプシュートを放つ。しかもフェイドアウェイで。
何度シュートを放っても、それがスパンスパン入るのだから見ていて気持ちが良い。
「大木、お前本当にすごいよな。普通だったらそんな後ろに体を傾ければ、さすがに少しくらいフォームが崩れるはずなのにさ」
「なんだよ嫌味か? お前のスリーポイントシュートの方がずっとすげえだろうが。で、どこまで上がったんだ? 成功率」
「うーん、まだ40パーセントくらいかな? 全然慣れなくてさ、ボールの重さに」
高校のバスケットボールの重さは中学生だった時よりも若干重い。それに、ボール自体一回り大きいのだ。入学して早三ヶ月が経とうとしているが、これがいまだに僕にとって悩みの種だった。
「40パーセントって……どこまで成功率上げるつもりだよ。すでに平均よりも上じゃねえか」
「練習ならね。試合になったらグッと下がるはずだよ。ディフェンダーがピッタリついてくるんだ。そう簡単には打たせてもらえないよ」
「まあそうだな。で、話は変わるけどよ、宮部。そろそろ帰らないか?」
「帰らないかって、さっき来たばっかりじゃん。まあ、僕も正直帰りたいんだけど……。でも、とにかく練習しようよ」
そう言葉を返しながら、僕は足元にあったボールを手に取った。
「よし、とりあえず始めるか」
僕は目の前に仮想のディフェンダーを作り、軽く体を右に振る。恐らく、これでディフェンダーは右に意識が向くことだろう。
それが、たった一秒でも0.5秒でもいい。相手がブロックしてくるタイミングを少しでも遅らせることができれば僕の勝ちだ。
相手が右に意識したと仮定して、すぐさま左に一歩移動。そして思い切り跳び上がり、リリースポイントを最大限まで高くする。
「ハッ!!」
ラインを超えないよう気を付けながらロングシュートを放つ。『スパッ』という音と共にゴールの中にボールが入った。いつ聞いても、この音は心地良い。
「やっぱすげえな。スリーポイントで思い切り跳んでジャンプシュートとか。それ、高校生でできる奴なんてそうそういないぞ?」
「ん? まあクセだよ。身長がそんなに高くないからさ、僕は高く跳ぶしかないんだよ」
「跳ぶしかないとか言ってるけど、お前、今は何センチまで跳べるようになったんだ?」
「この前測ったら70センチだった」
「は!? 70センチ!? お前、もしかしてダンクできんじゃねえのか?」
「んー、いつかはできるかも。今はまだ無理だけど、あと5センチ高く跳べるようになれれば。難しいけどね。まだこのボールにも慣れてないし」
そう、身長だ。悲しいことに、僕は174センチしかない。だからシューティングガードに徹するしかなかったんだ。本当は大木と同じ様にパワーフォワードになりたかったんだけどね。
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でも、幸いだったのは今のポジションが僕に向いていたという点だろう。
「おっ待たせ―! マネージャーの明里様が来ましたよー。いやー、でも私も見てみたいなあ。大輔がダンクしてるとこ」
「ほら宮部。嫁が来たぞ嫁が」
「嫁じゃないって何回言ったら分かるのかな……」
両手にプラスチック製のスポーツドリンクの入ったボトルを持ってこちらにやって来たのは、僕―― 宮部大輔の幼馴染であり、バスケットボール部のマネージャーでもある天堂明里だった。
「いやあー、さすがは大木くん。お嫁さんだなんて照れちゃうなあ。しかも天女だとか聖女だとか褒めすぎだって。さすがに照れちゃうなあー」
「そこまで言ってねえよ……」
「いいのいいの。照れなくっても」
「いや、照れてねえし」
「でも大木くんの言う通り、お嫁さんていうのは確かだしね。婚姻届もあるから」
「は? 婚姻届?」
僕の疑問を無視するかのように、明里はポケットの中から一枚の用紙を取り出して僕達に突き出した。よくよく見せてもらうと、それはいわゆる婚姻届だった。
「ほら、ここに私と大輔の名前が書いてあるでしょ?」
その婚姻届には、確かに署名の欄に僕と明里の名前が書かれていた。
けどさ……。
「あの……これって幼稚園時代に書いたやつじゃん。というか、なんでそれを今持ってるわけ?」
「え? すぐに提出できるようにだけど?」
「それ、普通に怖いんですけど……。それにさ、署名欄には平仮名で書いてあるし、昔のものすぎて受理されないって」
「なーんでそんな寂しいことを言っちゃうかな? まあ、いいや。はい、これ。大木くんの分」
明里は大木にスポーツドリンクを手渡した。いつもの陽だまりのような笑顔を浮かべながら。
「なんだよ。俺の分も作って持ってきてくれたのか?」
「あったり前でしょ。これでも私、バスケ部のマネージャーですからなあ。いやいや、気が利くねえ私ってば」
当たり前なことで胸を張るなよ、と思った僕だった。言わないけどね。コイツ、怒ったらめちゃくちゃ怖いから。
「大輔、今私に対して何か考えてるでしょ? 『マネージャーなら当たり前だろ』だとか」
う……相変わらず鋭い。
「それに、今は部活中じゃないでしょ? なのに私がこうやって差し入れに来たんだから、感謝して頭でも撫でなさいよ」
「犬を撫でる感じでいいなら――て、痛っ!!」
頭をバシッと平手で叩いてきた明里は不満気にぷくりと頬を膨らませた。それはそれで可愛らしいものだと思えてしまうのは親バカ――いや、親ではないか。幼馴染バカか。そんな言葉は存在しないけど。
天堂明里は僕と同い年の十六歳。元々はロングヘアーだったが、バスケ部のマネージャーになるということで、高校生になった際にバッサリと髪を短く切ったのだ。なので今はミドルのボブヘアーになっている。
これはこれで似合ってはいるのだが、しかし、僕としてはロングヘアーのままでいてほしかった。
あの艶やかな長い黒髪は、明里の美貌をよりいっそう輝かせていたから。
「何よ大輔ったら。私のことをジーッと見て。あ! 分かった! ご褒美!? ご褒美だよね! では、ありがとうのチューをひとつお願いします!」
「頬を赤らめるな。両手で頬を当てがうな。体をくねくねさせるな。それと、ハンバーガーショップで『スマイルお願いします』みたいな軽さで言うんじゃない」
チラリと大木を見やる。やっぱり苦笑いしてるじゃん。
「まあ、でもドリンクはありがとう。さっそく飲ませてもらう――ブーッ!!」
ドリンクを一口含んで速攻吹き出した僕である。だって味がおかしいんだもん。
「ゴホッゴホッ……な、何を入れたの、明里」
「スッポンのドリンク! これで精を付けてね。それで今夜にでもこの前の夜みたいに私のことを。ウフフッ」
「ウフフじゃないでしょ……。それと、そんな夜は存在しないから」
「え? じゃあ今晩でもいいよ?」
「そういう意味じゃないんですけど」
相変わらず愛が重い……。というか、それ以前にその妄想癖をどうにかしろ。
もちろん、さっき否定した通り僕と明里はそんな関係ではない。大木が本気にしたらどうするん、だ……。
「へえ……そうか。そうなんだ。嫁だ嫁だとからかってたけど、二人はもうそこまで行っていたのか……進展してたのか……へえ……へえー……」
真っ黒なモヤが見えるかのようなオーラを放つ大木である。ほらね、勘違いしちゃったでしょ? 面倒くさいことこの上ないんだけど。
その前にめっちゃ怖いし。大木よ、僕に呪いをかけたりするんじゃないぞ。
「どうしたの大木くん? もしかして、彼女がいないのが悲しいの?」
「……いいんだ。バスケしかねえ。バスケしかねえんだよ、俺には」
先に言っておくが、僕と明里は付き合っているわけではない。あくまでも幼馴染であり、部のマネージャーだ。それ以上でも以下でもない。
『今は』という括弧付きだけど。
しかし、不思議だよなあ。大木って顔は良いし運動神経も抜群。しかも身長は180センチを優に超えている。なのに、モテない。全くと言っていい程に。
「え? なんでそんなに落ち込んでるの?」
「俺、モテねえから……」
「んー?」
明里は手を顎にあてながら不思議そうに首を傾げた。
「でもさ。大木くんのことをカッコいいって言ってる女子、たくさんいるの私知ってるよ? 同じクラスの女の子達なんだけど」
それを聞いた瞬間、目をカッと開いた大木だった。そして詰め寄る。明里の前まで。それからがしりと彼女の肩に手を置いた。
「本当か! 本当なんだな!? 昔からお前は嘘をついたりなんかしねえもんな! 紹介しろ! いや、紹介してください天女様!!」
「う、うん。別にいいけど……」
必死すぎる大木に、明里はドン引きしている様子。しかし、コイツをここまで引かせる奴も珍しい。
まあ、これで大木がモテない理由がなんとなく分かったけどね。大木とは中学時代からの付き合いだし。
「おっしゃー!! あははっ! いやいや、これでついに俺も彼女持ちか! 気分がいいぜ!」
「お前な……気が早すぎるって」
「んなの知らねえよ。あ、宮部。それもらうぞ。今からしっかり精を付けておかねえとな」
「「え!?」」
僕からドリンクのボトルを奪い、豪快にゴクゴクと飲み始めた。で、全てを飲み終えた瞬間のことだった。
「ぷはあっ! なるほど、これがスッポ……あれ? な、なんだこれ。頭がなんかフラフラす……る……」
立っていられなくなったのか、大木はその場にゆっくり腰を下ろしてから、バタリと倒れてしまった。鼻血を出しながら。
あのー。これ、ヤバいんじゃないの?
「明里。お前のせいだからな」
「え? わ、私のせいなの!? いや、普通思わないでしょ! まさかスッポンのドリンクを一リットルがぶ飲みするとか……ええ……」
無理やりスポーツドリンクを飲ませてから徐々に回復していったけど、大木よ。お前、必死すぎるってば。
「どうしようか、大輔。とりあえずフラフラしてる内に顔にいたずら描きでもする?」
「お前、悪魔かよ……」
【続く】
コメント
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読了したわ!スポーツもので、しっかり青春してる感じがいいね。幼馴染の明里の愛の重さと、大木のナチュラルに拗らせてる感じのバランスが絶妙で笑ったわ。バスケ描写もリアルで、高く跳ぶシュートの工夫とか「強さの理由」がちゃんとあって好み。軽快なテンポで読めるし、続きが気になるなあ。