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「あの、すみません。この書類を一宮姫奈に届けていただけませんか。」
「部署はどちらですか。」
「部署…ですか。」
姫奈の部署…。聞き忘れてしまった。思えば姫奈がなんの仕事をしているのかも知らない。こんなに長い付き合いでも僕は何も知らないことを痛感する。姫奈の鞄の中のあの写真たちのことだって僕は全然知らなかった。
「悠晴!!書類届けに来てくれたんだ。ありがとう。ほんと助かったよ。」
「…大丈夫。暇だったし。仕事頑張って。」
「うん、ありがとう!」
「あの、姫奈?」
「どうした?」
「…やっぱなんでもない。」
振り出しに戻ってしまったようだ。
僕は七時過ぎにアパートの部屋にたどり着いて夕飯を済ませる。おそらく姫奈が帰ってくるのは十時から十一時の間だから約三時間何をして待っていようか。椅子に座って机に突っ伏しているとまぶたがだんだん重くなり、姫奈を待たなくてはと思いながらも寝てしまった。
「悠晴?テーブルで何してんの?」
眠い目を擦るとスーツ姿の姫奈がぼやぁと見える。
「あぁ姫奈おかえり。ちょっとそこ座って。」
姫奈は心当たりがないのかケロッとした顔で従順に向かいの椅子に腰掛ける。
「姫奈、あの、これ何?」
僕はさっき見つけた写真の束を姫奈に手渡す。ほとんどが成長してきた様々な局面の僕の写真だ。僕の後ろ姿とか、大学に行く電車の中とか、出所のわからない写真だって何枚か。一番不可解なのは高校時代に僕、姫奈、澄麗ちゃんの三人で取った写真の、澄麗ちゃんだけ黒マーカーで塗りつぶされていることだ。
「えっと、あれ、ちょっと悠晴、ん?あは、やだなー、はは。」
「『やだなー』じゃないでしょ。姫奈の鞄勝手に触ったのは謝るけど、これはちょっと怖いよ?大丈夫?」
だめだ、姫奈は多分混乱して何も聞こえていない。口は笑っているのに目が死んでいる。姫奈がよくやる『なんでバレた』の顔。
「姫奈は澄麗ちゃんとなにかあったの?」
「…うるさい。何も知らないくせにさ、都合の良いことしか見ようとしてないくせにさ、うるさいんだよ。もういい、私家に帰るよ。お邪魔しました。」
椅子をなぎ倒して姫奈は何も持たずに家を飛び出す。椅子が床に倒れた大きな音が耳に残って頭が痛い。空気を入れ替えようと扇風機を付けたのに、風が生暖かくて逆に息が詰まる。
大学はもう夏休みに入ったけど姫奈にはあれ以来一度も会っていない。姫奈は自分が置いていった荷物すら取りに帰ってこないので僕はそうそうに段ボールに詰めて姫奈に送りつけた。姫奈も同じことを考えていたらしく、ある日宅配便でうちの合鍵が届いた。金欠大学生の僕には常時クーラーを点けることは許されず、毎日水風呂とアイスで我慢している。でも明日からは実家に帰るので電気代の心配がなくなる。その分無邪気で元気な甥っ子、姪っ子、いとこ、はとことさんざん遊ぶ羽目になるのだろうけどまあかわいいから何でもいい。ずいぶん長い間実家に帰っていなかったけど、いざ帰るとなるとこんなにワクワクするのだな。荷詰めが終わって僕は早めに寝ることにした。
ワクワクしていた割には九時起きか…。僕の電車は十時半に東京駅発だから余裕を持って行動したいのならめちゃくちゃギリギリ。あいにく僕は荷物が少ないから助かった。少し焦りながらもカーテンのかかった部屋を出て鍵を閉める。用心のためとは言え僕の部屋に金品なんて一切ないし、一番高いものと言ってもニ◯リの掛け時計ぐらいだろう。