エルス学園は15歳成人となった貴族の子女が通う義務がある。
教育レベルを底上げるため。将来国を支えるための重臣を育成するため。
学生たちは将来の自分のあり方に高い野望や向上心を持って入学する。
そんな夢と希望のあるエルス学園は今不穏が満ちている。国のトップになる予定の王太子と国を支えるべき公爵家の嫡男が一人の平民出の男爵令嬢にたぶらかされているから。
何故そうなったかはもう理由は言わずとも僕はわかる。
フローラが乙女ゲーム通りシナリオを進めているからだ。乙女ゲームといえこの世界は現実世界だ。
登場する人物には命があり、その人の人生がある。
だが、キャラクターの設定はそのままなので、攻略キャラが持つ悩みや過去もそのままのわけで。
だから、シナリオ通りの手順を進めればどんなに難易度が高いキャラであろうと攻略できる。
ゲームの世界ではステータスと呼ばれる知力、財力、体力が一定を超えなければ発生しないが、この世界は現実世界のため強行突破で攻略できる。
今の現状があるのはフローラの手腕なのだろう。シナリオを網羅していようとこの世界で自分の想定通りに進めるのは難しいと思う。
まぁ、アドリアンたちがちょろいだけかもしれないが。
とにかく現実世界とゲームの要素が入り混じり、今の現状になってしまっている。
「それでは今年度の入学式は終了となります。オリエンテーション実施のため指定された教室にご移動願います」
司会進行役からの指示により各自移動を開始した。
クラスはα、β、γの三つに分けられる。能力は平均になるよう、人間関係も考慮し振り分けられる。
僕はβクラス。
アレイシアとクルーガーが同じ。
αクラスにレイルとギルメッシュ。どうでも良いがガスパルはγクラス。
ガスパルは学園側が配慮したのだろうな。5年前に色々あったからなぁ。
クラスを移動すると席順も決められていた。こういうところを見ると前世の高校を思い出す。
乙女ゲームの世界だから舞台は中世ヨーロッパでもこういう仕様は日本だな。
教室もドアや並べられている机や椅子は漆が塗られているように艶がありピカピカだ。
教室の作りは同じだが、貴族が通う学校だけあり家具などは高級品ばかり。
席順は入学式前に渡された番号札で割り振られているようだった。
僕の席は教室の真ん中だ。
「アレン様、よろしくお願いします」
お堅いアレイシアは僕の右隣の席、無表情ながらどこか安心している表情。
かわいい婚約者だ。
「よろしく、アレイシア。お互い頑張ろうね」
「……はい」
「どうしたの?」
お互い頑張ろうと言った後、返事をしたアレイシアの声は弱々しい。
よく見れば少し俯いていて、不安そうにしている。
重度のあがり症であるアレイシアは未だに克服できていない。
この5年間で改善されつつはある。以前ならば僕はもちろん父親のラクシル様にも緊張してしまっていたが、今では柔らかい態度になりつつある。
「大丈夫、何かあればすぐ僕を頼ってくれればいい」
『ドクドクドクドク』
安心させるように発した言葉だったが、アレイシアの表情は堅い。
しかも鼓動が異様に早い、久々だこの感覚。
どうするべきか。
……そういえばライトノベルとかでヒロインを安心させるために頭をナデナデするシーンがある。やるのは正直恥ずかしい。
でも、頭を撫でられると心が落ち着くと聞くし、言葉だけでは足りない気がする。
「……え?」
「大丈夫だから」
僕は右手をアレイシアの頭に乗せて優しく撫でる。
するとポカンと口を開けてぼーっとしていた。
『ドッ…ドッ……ドクン…ドクン』
……落ち着いたらしい。
僕を見つめながらいまだにぽかんとするアレイシア。
鼓動も落ち着いている。
頭ナデナデ効果抜群だな。……こんなに効き目があるならもっと早くにやっておけば良かった。
だが、周囲の視線が厳しくなるのを感じるが、気にしない。周りの視線より目の前のアレイシアだ。
『レイルさんにあとで言っておきましょう』
聞き覚えのある声……この声はクルーガーか………後で揶揄われるかもな……。
偶々ガヤガヤと騒がしいかった教室だが、僕の行動によって静かになったことでたまたま聞こえた。
僕はこのあと起こる未来に内心ため息をした。
あいつら男子高校生のノリをするようになったからな。
あれ?……てか、なんでアレイシア何も言わないんだ?鼓動が落ち着いているなら話しかけてもおかしくないと思うけど。
「アレイシア?」
僕は心配で声をかけるもポカンと口を開けいまだに見つめるアレイシア。
ここで僕は一つ勘違いしていたことに気がつく。
アレイシアは鼓動が穏やかになって落ち着いたと思っていた。
「久々だなぁ……これ」
アレイシアは……フリーズしていた。
鼓動がゆっくりになった理由は不明だが。
「アレイシア、大丈夫?」
僕は3年ぶりとなるフリーズからの対処をする。肩を軽く揺らし名前を呼んだ。
「……アレン様、異性へ気安く触れるのはどうかと思いますわ……婚約者といえ節度は弁えるべき、そんなこともわからないのですの?……これはお父様に報告が必要ですわね。エルス学園に入学し気が緩んでいるのではありませんの?しっかりしてくださいまし。我がソブール公爵家に泥を塗るつもりですの?」
「ごめんよ」
懐かしい……この毒舌、これが照れ隠しであり、あがり症を誤魔化すためにしているんだよな。
出会った当初は怖かったけど、今となっては可愛く見える。
『アレイシア様ってやはり怖いですよね』
『私パーティで話したことあるけどずっと睨まれて……震えちゃった。私近づかないようにしよ』
『僕も苦手だなぁ……あまり関わらないようにな』
『それが適切だな。公爵家は我々からしたら空の上の存在だしな』
……やばい。
アレイシアの評価が。
今のアレイシアの言葉に周りはコソコソと話し始める。例に漏れず僕の耳には入るわけで。
どうにか訂正せねば……そう動こうとしたーーその瞬間だった。
『生アレンきゅんマジパねぇ……アドアレ?オラアレ?……ああ、カプならないかなぁ?』
……ふぁ?
カプ?
その謎すぎる言葉が入り口からした。
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