荷馬車隊が損害を出しながらも何とか保護されている頃、市街地では激闘が続いていた。
マーサ、ユグルドは逃走しつつ弓を射て追手の数を減らしてはいるが、それでも未だに百人を越える数の襲撃者が二人を追い詰めていた。
不利を悟った二人は巧みに逃走しながら、『シェルドハーフェンの掃き溜め』とも言われている『旧市街地』へと逃げ込んだ。
ここはシェルドハーフェン最南端にある区域であり、発展していく過程で取り残された区画でありマトモなインフラも残されておらず廃墟が広がっている。
それ故に身を隠すには最適で、何らかの理由で追われる者や組織を持つまでに至らない半端者、浮浪者などが住み着いていた。
「はぁ、はぁ!しつこいわね、まさか旧市街まで追い掛けてくるなんて!」
廃屋のひとつに身を潜めたマーサは乱れた呼吸を整えつつ座り込んでいた。
「ああ、よっぽどマーサを始末したいらしいな」
ユグルドは窓の側で外を確認しながら答える。
「……一緒に商会を大きくした仲間なのにね。仲良くやれてると思ったのに」
悲しげに呟くマーサ。その瞳には涙が浮かんでいた。
「人間の欲望は底無しだ。『暁』と取引を始めてから奴等は狂い始めた」
「売上が数倍に延びたからね」
「そうだ。そしてそれに目が眩んだ。『暁』は新興勢力だ。対等な取引に拘るマーサを排除して、強引な手段で農作物を奪って利益を増そうと考えても不思議ではない」
「それが間違いなんだけどね」
「あの娘の、『暁』の実力を正しく認識するのは難しいのだろう。十七歳の少女が率いる新興勢力、その先入観があるからな」
「悲しいわね……この半年で何とか説得しようと頑張ったんだけど」
「『エルダス・ファミリー』の壊滅が彼らを焦らせた。『暁』がより強くなる前に取り込みたかったんだろう。愚かなことだ。『海狼の牙』、『オータムリゾート』が後ろ楯になっているのにな」
「そうね……私達が抜けた以上、シャーリィは『ターラン商会』に容赦しない。終わりね」
「ああ、終わりだ。だが、それでも百人がマーサと心を同じにして再出発に付き合ってくれる。人間も捨てたもんじゃないな」
「あー……ダメね、長生きすると涙脆くなる」
頬を涙が伝う。
「悪いことじゃない……ん」
ユグルドは外を観察する。
「エルフの雌を見なかったか!?」
「なんだ、エルフの雌がいるのか!?探してやっちまおう!」
「見つけた奴には金貨をやるぞ!」
襲撃者達が浮浪者などを煽り始める。
「ここに逃げ込んだのは間違いだったかしら?」
「だがあのまま市街地で戦えば、無用な諍いを起こしていた可能性がある。これから世話になる『暁』に迷惑は掛けられん」
「シャーリィは極端だものね。ユグルド、この先は?」
「このまま旧市街を横断して、『ラドン平原』を横断しつつ『黄昏』を目指す他あるまい」
「ハイキングにしては刺激的すぎない?」
「全くだ。だが、危険ではあるが他に道はない。それと、矢はどれだけ残ってる?」
「私は四本ね。ユグルドは?」
「私は三本だ。人間の矢を奪うしかない。扱いが難しいが、贅沢は言えん」
「矢羽や木材からして違うから、仕方無いわよ。無駄にしないように、大切に扱わないといけないわね」
「嫌な話ばかりだな」
二人は矢筒を確認して長く戦えないことを覚悟しつつ行動を開始する。
一方救援部隊は。
「このまま旧市街へ向かいます」
ベルモンドに抱えられる形で馬に乗ったシャーリィは行き先を指定する。
「旧市街だと?あの掃き溜めになにか用事があるのか?俺が代わりに行くぞ?」
出来ればシャーリィを旧市街に入れたくないベルモンド。
「いえ、生存者の話ではマーサさん達は南へ逃れたみたいです。市街地で戦えば、流れ弾が別の組織に当たる可能性がありますからね。余計な諍いを避けるなら、旧市街ほど適した場所はありません」
「それはそうだが……治安は十六番街以下だぞ。お嬢を連れていくような場所じゃない」
「マーサさん達を助けるためですよ。ベルの心配も分かりますが、渡らなければいけない橋もあります」
「分かった。だが万が一お嬢の勘が外れたら事だからな、第一小隊はこのまま市街地に向かい捜索を行わせるぞ?」
「問題ありません。既に|偵察部隊《スカウト》にも捜索を命じていますから」
「よし!他の小隊は続け!これから旧市街に入るぞ!全方位を警戒しろ!」
救援部隊もまた旧市街へと侵入する。それから一時間後。
「はぁ!はぁ!流石に不味くなってきたわね!」
「はぁ!はぁ!ああ、逃げ回るのも限界があるぞ!」
二人はゲリラ戦を仕掛けながら旧市街を移動していたが、旧市街に住まう者達も欲望に目が眩み襲撃者に加担。結果二人は遂に広場に佇む小さな塔に追い詰められてしまった。
「と言うか、奴等数が増えてるんじゃない!?」
「浮浪者達が参加しているみたいだな!二百人は居るんじゃないか!?」
「取り囲めーーーーっ!!!さんざん逃げ回りやがって!もう逃げ場は無いからな!」
「エルフの女だ!傷物にするなよ!」
「褒美は俺たちが貰うぜ!」
浮浪者や犯罪者達を吸収して二百人近くにまで増えた襲撃者は、塔を完全に包囲していた。
既に入り口に作ったバリケードを破壊するために攻撃を開始している。
更に三階建ての塔のあらゆる窓には絶え間なく矢が放たれて顔を出せない状態となっていた。
「バリケードが破壊されるのも時間の問題だな」
「万が一の時は自決するわよ。慰み物になんかされて堪るもんですかっ!」
「その時は付き合うさ。大丈夫、シャーリィなら他の皆を無下には扱わないだろう。矢は?」
「もう一本だけよ。あなたは?」
「無くなった。後は奴等の矢を使うしかないが……弱ったな、奴等が下手だから補充が出来ない」
たくさんの矢が放たれているが、全て窓の周囲に当たって弾かれるだけで、屋内に入って来ないため補充が出来ないのだ。
「相手が下手くそで困る日が来るなんてね」
「全くだ……マーサ、私は後悔していないぞ」
「えっ?」
「掟に背くことになったが里に、森に居てはこんな経験できなかった。例えここで果てようと、後悔はない。それだけは伝えたかった」
ユグルドはマーサをしっかりと見据えながら気持ちを伝える。
「こちらこそ、よ。右も左も分からない人間社会で同族のあなたが側に居てくれたから頑張れた。ありがとう、ユグルド」
マーサもまた感謝を述べた。
「……ふふっ、人間の物語ならここで愛の告白でもする場面よ?」
「違いない、だが私達にそれは必要ないさ。もし生き残れたら、『あの娘』を呼び寄せようじゃないか」
「それは良いわね、シャーリィがびっくりするわよ?それに、あの娘の良い刺激になるわ」
「それは楽しみだな、なおさら死ねん……!?マーサ!」
ユグルドの視線に、近くにある廃屋の屋根からこちらを狙う狙撃手が映った。
「頭には当たるなよぉ!エルフがぁ!」
ズダァアンッ!っとマスケット銃が火を噴き、撃ち出された丸い弾丸は空気の抵抗を受けながら突き進み、咄嗟にマーサを庇ったユグルドの身体を貫いた。
「ぐっっ!」
「ユグルドっ!っ!」
マーサは素早く最後の矢をつがえて、狙撃手に向けて放つ。
「ぐべっ!?」
真っ直ぐ突き進む矢は狙い違わず狙撃手の眉間を貫き、彼の命を刈り取って落下させる。
だがそれに構わずマーサはユグルドを抱き寄せる。
「ユグルド!ユグルド!」
「ぐっっっ!……大丈夫だ、急所はっ!外れているっ!だが、もう長くは走れない。私が囮になる。君だけでも逃げてくれ!」
「嫌よ!あの娘のためにも、最後まで足掻くの!あなたを置いて逃げたりしないわ!」
その時。
ガシャァアアンッ!!!!!!っと、無情にもバリケードが破壊される音が響いたのである。
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