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「あの湖から―――
海まで繋がっているんですか?」
「はい。
もともと私どもの祖先は、海から来たと
聞いております。
人間族の若者たちを歓迎するため……
水中洞窟を通じて獲物を調達しに来たところ、
あのクラーケンに襲われまして。
本当に助かりました」
青空のような長髪の、下半身が魚の亜人が
頭を下げる。
あの後、浜辺に上陸した私とメルは―――
同じく近くに着陸した『乗客箱』の面々と合流し、
女王・デルタさんを始め、人魚族の方々から
事情を聞いていた。
「シンー、だいたい解体終わったよー」
「あれだけ分ければ多分問題なかろう」
「ピュ!」
メルとアルテリーゼ、ラッチがこちらに来て、
クラーケンの切り分けが終わった事を報告する。
「あの、それで……
本当にそちらはクラーケンの腕数本と、
胴体の一部だけでよろしいのですか?」
おずおずとデルタ女王がたずねてくるが、
「こちらに人数はそれほどおりませんし、
歓迎用の獲物を狩りに来たんでしょう?
他はどうぞお持ち帰りください」
「し、しかし……
ほとんどシン殿1人で倒したような
ものですのに」
あの時―――
『無効化』の能力を使い、クラーケンが動けなく
なったのと同時に飛び込んだ。
人魚族や『乗客箱』の人間から見れば、落下時に
何か一撃与えて倒したように見えただろう。
「あ! シン。
公爵様が戻って来たみたいだよー」
黒髪セミロングの妻が、上空を指差す。
そこにはワイバーンが飛んでいて、
「あ、そうだ!
デルタ様、少しお待ち頂けますか?
今、調味料を持って来てもらったんです。
醤油とか味噌とかいろいろ……
それを持ち帰ってもらえればと」
イカ焼きにはやはり醤油だろう。
彼女がコクリとうなずいて同意するのを見てから、
ワイバーンが降りて来る場所へと家族と一緒に
向かう。
そこへ、『乗客箱』にいた……
私の肩をバンバン叩いてきた、好々爺の老人が
すれ違いのようにやって来て、
「おお、あなたが人魚族の女王様か。
こんなに可愛らしいお嬢さんだとは」
「えっ!?
あ、は、はい。
私は女王・デルタと申します」
「そうかしこまらないでいい。
女王様なのだろう?
いやーワシが10年若ければ口説いていた
だろうな。
そういえばあなたは独身かね?
ワシの息子なんてどうだろうか?
それなりに地位はあるから、身分的にも合うと
思うのだが」
何やらいきなり縁談を切り出し始めたが……
代表として来るくらいなのだから、それなりに
地位があるというのは本当だろう。
そんな会話をバックに、私たちは―――
『イカ焼き』や他のイカ料理の準備に取り掛かった。
「シン殿!
匂いにちょっとクセがありますが……
これは美味しい! 美味しいですよ!」
メギ公爵様が興奮しながら語る。
ゴールドの短髪に、掘りの深い美形の青年が
串焼きのイカにかぶりつく姿は、なかなか
シュールで、
「ただしょっぱいだけではありません!
イカの甘味が引き出されて」
「女王様!
この味噌汁というのも絶品です!
魚にもよく合います!」
人魚族も、自分たちで魚をある程度捕まえて
いたので―――
そのブツ切りと、私たちが浜辺で採取した
貝も入れて海鮮汁みたいにしてみたのだが、
こちらも彼女たちに好評のようだ。
「貝って中身こうなっているんだ……
ていうか食べられたんだ」
「貝は湖にも生息してますし、今後はそれも
食料にしてみましょう」
そしてやっぱり貝を食べる習慣はなかった
らしい。
湖に戻る前に味見してもらって良かった。
「では、シン……
本当に良いのかの?」
「ピュッ?」
そこで、黒髪ロングの方の妻がおずおずと
たずねてきて、
「まあ、これだけ大きい食材が手に入る事って、
あんまり無いしね。
たまには元の姿で食事を楽しんだ方が
いいんじゃないかと」
私の言葉に、アルテリーゼは元の姿―――
ドラゴンに戻って、
「では遠慮のう頂こうぞ」
そして両手で、クラーケンの触手の一本をつかむ。
それは浜辺で全体を焼いたもので……
醤油をかけており、
「うむ、うまい!
まさかこの姿で、調理されたものが
食べられるとは……!」
ただ焼いて醤油をかけただけのものだけど、
先端からかぶりつき、引き千切り貪る。
アイゼン王国の面々と人魚族たちはそれを
見上げて、
「うは、すげぇ迫力だな!」
「ドラゴンと人間とワイバーンと一緒に、
食事が出来るなんて……
ついこの前までは考えられなかった事です」
あの老人とデルタ女王が、一緒になって
その光景に見入り、
「そういえばあのワイバーン、
イカって大丈夫なのかな」
「ピュイ?」
メルがラッチにイカ焼きを食べさせながら、
メギ公爵様と一緒にいる飛竜に目をやる。
「あー、というか食べてないよ。
どうも外見がダメだったらしい」
触腕を見せただけで首を左右にブンブン振っていた
からなあ。
やっぱり料理って見た目も大事。
特に素材からアレでは……
アイゼン王国のメンバーの中にも、食べるのを
避けている人もいるし。
まあこればかりは好みの問題だろう。
「それはそうと、シン。
あっちは人間の姿にならないんだね。
まだ人化は出来ないのかな?」
メルの質問に、私は向こうのワイバーンを
見ながら、
「いや、出来るよ?
だから私もそうなるよう勧めたんだけど、
今は仕事中だからって」
メルは次に汁物をラッチの口に運んで、
「律儀だねえ」
「ピュー!」
そこで私は彼女に顔を近づけ、
「あと、人化したら……
縁談やらお見合いの話に飛ぶ可能性が
あるからと」
小声で話すと、妻は微妙な顔で『あ~……』と
納得した声を漏らす。
こうして、浜辺での即席の食事会を堪能した後、
私たちは人魚族と別れ、アイゼン王国首都・
ゼウレへと帰還した。
「ただ今戻りました、シン殿。
ご指示の通り、クラーケンの一部は氷魔法で
保管してもらっています」
「お疲れ様です。
どうもありがとうございます」
首都に戻った私たちは、来客のために用意された
施設へ―――
そしてメギ公爵様は、ワイバーンに範囲索敵を
使える者を乗せての早期警戒の運用、
またワイバーン騎士隊の設立時期などを詰めるために
いったん別れ、
小一時間後、改めて合流した。
「帰りが遅いと思っておりましたが……
まさかクラーケンを倒していたとは」
「しかも食べていたというんですから。
驚きを通り越して何といいますか。
まあ……シンさんですし」
ラミア族の女性二名が、呆れとも苦笑とも
取れない顔で語る。
「クラーケン、ってどういう魔物ですか?」
エイミさんの隣りに定位置のように座る、
緑の短髪をした十歳くらいの少年が聞いてくる。
「大きいイカというか……
えーと、こんな感じ?」
私はささっと簡単なイカの絵を描いて、
アーロン君に見せるが、
「……??」
彼は首を傾げる。
多分、新生『アノーミア』連邦のいずれかの国の
出身だろうし―――
海の生き物に触れる機会は皆無に等しい。
「エイミさんやタースィーさんは、
ご存知だったんでしょうか?」
私の問いに、ブラウンのロングヘアーの少女が
まず口を開き、
「伝承や伝説、という形ではありますけど」
「水辺を住処としているせいか、そういう
魔物の事は知識として伝えていたのでしょう」
エイミさんより明るめの色の長髪に、
狐顔の細い顔立ちをした女性も続く。
「生活の場所が水中だもんねー」
「まあ、自然と特化してしまうのであろう」
「ピュー」
メルとアルテリーゼ、ラッチも同調する。
生活は元より、生死に直結する問題でもあるしなあ。
「そういえばシン殿、保管したクラーケンは
何に使うのですか?」
ふと、メギ公爵様が話の流れを変え、
「一部は公都『ヤマト』のパック夫妻に
研究材料として……
残りは故郷の料理を試してみようかなあ、と」
「故郷の? え?
クラーケン料理?」
目を点にして聞き返す彼を見て妻二人も、
「何か手馴れていると思ったけど、
シンの故郷ではフツーだったんだね」
「改めて敵でなくて良かったと思うぞ、シン」
「ピュウ~」
心なしかエイミさん・タースィーさん、
ラミア族二人組とアーロン君も―――
目を線のようにして私を見る。
「小さいヤツですからね!?
あんなに巨大なのはいない……わけじゃ
ないですけど、食用にしているのは
これくらいのヤツですから!」
私は手の平で挟むようにして、
三十センチくらいの空間を作って見せる。
「そ、そうです!
公爵様、これで任務は一通り終了した
わけですが……
今後のご予定は?」
そこで我に返ったメギ公爵様が、
「は、はい。
アイゼン王国から何名か、ウィンベル王国へ
『乗客箱』で運んでくれないかとの話が
ありまして。
わたくしも、早期警戒技術の提供の話が
通ったら―――
すぐにライシェ国へもワイバーン騎士隊導入の
件を、進めるようにと言われてます」
ずいぶんと忙しいな。
ライさん、彼は公爵家の跡継ぎとして戻るから、
後わずかしか隊長やれないって言ってたのに。
戻す前に酷使する気満々じゃないですか。
まあ、ワイバーン騎士隊・初代隊長という肩書……
いろいろと使えるのはわかるけど。
こうして私たちはアイゼン王国での任務を終え、
ウィンベル王国王都・フォルロワ経由で、
公都『ヤマト』へ帰還する運びとなった。
「……何とか潜入に成功しましたね」
王都・フォルロワ―――
その宿屋の一室で、痩身の女性がつぶやく。
パープルの長髪を眉毛の上で揃え、身なりは
小ぎれいにまとまっており……
テーブルを前に腰かける。
「ティエラ様。
もう気を緩めてもいいんじゃないですか?」
アラフィフの赤髪の男と、
「さすがに宿屋の中まで監視はしてないでしょう」
アラフォーのブラウンのボサボサ髪の男性が、
彼女に話しかける。
二人ともガタイのいい、肉体労働者のような
体をしており、少なくとも一般人のそれとは
かけ離れていた。
「姫様に、このような安宿に泊まって頂くのは
気が引けますが」
「警戒のため、今しばらくガマンして
ください」
それを聞いた彼女はフッ、と微笑み、
「カバーンやセオレムこそ、『姫様』は
止めてください。
今のわたくしは、ただの一商人の女に
過ぎないのですから」
彼女は同時に、ここへ来た経緯と原因を
思い出していた。
(覇権国家である我が国……
ランドルフ帝国は好戦的に過ぎます。
周辺の弱小国を支配下に置くのは、
安全保障上からもわかりますが―――
いくら何でも、海の向こうの相手に
戦端を開くのは……)
思わずため息をつくと、幼い頃からわたくしの
護衛をしてくれている二人が、
「お嬢、そう難しい顔をしなさんな。
可愛い顔が台無しですぞ?」
「まあ、お気持ちはわかりますがね。
あのアストルとかいう野郎が来てから―――
軍の連中がウキウキしていやがるからな。
おかしな方向に」
(■118 はじめての ひやしちゅうか参照)
そう……
ランドルフ帝国に亡命してきた技術者の代表、
アストル・ムラト。
元は新生『アノーミア』連邦の新兵器開発部門に
いたという話だけど、彼は今、いろいろな新機軸の
兵器を開発していると聞く。
それが我が国の覇権思想に拍車をかけ―――
「……事前交渉はすると言っていましたが、
下手をすればいきなり無条件降伏とか突き付け
かねません。
今回のわたくしたちの任務―――
最低でも、この大陸の国々がどれだけ我が帝国に
対抗出来得るのか、調べる事です」
信用のおける人物がいれば、密かに身分を明かし、
非公式に人脈を作っておくのも良い。
可能ならば王族かそれに連なる人物……
そこまで高望みはしないにしろ、いざという時
交渉する線を作っておくのは大事だ。
「海岸から上陸し、直接この国へ入って
来ましたが―――
豊かな国というのは確かでしょうな。
孤児たちすら卵や魚、鳥限定だが肉を毎日
食べていると聞いております」
「アストルの報告によると、今のところ大陸では
一番の優位性を確保しているのがここです。
ワイバーン騎士隊なるものを設立し、ドラゴンとも
同盟を結んでいればそうもなりましょう」
我が国でも飛行戦力というのは研究されていたが、
それはあくまでも無人。
あの男は『離陸』と『飛行制御』だけなら
成功例があると言っていたが……
その意味を考えると寒気がする。
「ランドルフ帝国でも、少数ながらワイバーンの
使役化が進んでいるようですが……
あまり気が進みません。
それに、人外や亜人たちを兵器として使うのは、
あまりに非人道的です。
聖女・ミレーレ様の教えにも反します」
彼女の名を口にすると、カバーンとセオレムも
両目をじっと閉じる。
「そういえば公聖女教のミレーレ様は、
海の向こう側―――
つまりこちらの大陸から来られたのでしたな」
「三百年以上前の伝承も、今ではどこまで
信じられているやら。
中には、人間以外を害虫と断じ……
駆除すべきというアホどもも司祭クラスに
出てきていますし。
ああ、頭が痛い……」
わたくしを始め、彼らも公聖女教の信者だ。
それだけに今の状況は心が痛む。
公聖女教―――
かつて人と魔族の争いを止めるために奔走したと
言われる、公聖女ミレーレ様を信仰する宗教。
そしてランドルフ帝国における、国教とも
言うべきもの。
教義は、全ての生き物に慈悲と愛を……
だが、元々は一つの教えだったものも、
長い年月の末、いろいろな解釈や宗派を生む。
人間以外は滅びるべきだと―――
本気でそれが、ミレーレ様の教えだと信じている
者たちまでいるのだ。
だからわたくしたちはこの大陸へ来た。
調査以外にある、最大にして真の理由。
「ドラゴンもワイバーンも―――
従属ではなく対等な協力関係にある……
そう『宣伝』されていたと、アストルは
言っていました。
確かに信じがたい話でしょう。でも」
わたくしの言葉が終わるのを待たず、
「命をかけてでも―――」
「この目で確かめる価値はありましょう」
カーバンとセオレムは、うなずきながら同意した。
「ラッチ~♪」
「ああ、これで……
また数ヶ月は戦えますわ♪」
腰まで伸ばした金髪を持つ童顔の女性と、
いかにも秘書といったふうの、ミドルショートの
黒髪に眼鏡をかけた職員が、ドラゴンの子供を
もみくちゃにして歓迎していた。
クラーケンを倒した翌日―――
私たちは『乗客箱』に乗り、アイゼン王国の
要人と共にウィンベル王国王都・フォルロワへ
到着。
せっかく王都に来たのだからと、肉を大量に
買い付け……
その手続きを済ませた後、冒険者ギルド本部へと
顔を出す事にしたのである。
「ライさんはまだ戻って来ていないんですか?」
私が彼女たちに聞いて見ると、
「ワイバーン連絡便で、アイゼン王国での案件が
うまくいったと聞けば、今日中にでも戻るかと」
「今では、一日あれば帰って来られますしね」
サシャさんとジェレミエルさんが、ラッチを
手放さずに答える。
「そうなんですか。
じゃあ、料理は彼が戻るまで待った方が
いいかも」
「ここで料理を?
アレを……ですか?」
なぜかついてきたメギ公爵様が聞き返す。
彼は過去にやらかした一件があるので、
ライオット=前国王の兄ライオネル、という事は
知っている。
(■68 はじめての にげきり
■70 はじめての みまわり(じょうくう)
参照)
そしてその横では、
「あの浜辺でも調理していましたが、
それ以外の方法で、でしょうか」
白と黄色の中間色のウルフカットに、
三白眼の目をしたボーイッシュな女性が、
彼と同じような質問をする。
「あー、シンの故郷でやっていたっていう
料理ね。
にしても、ホント美人だねえレジーナさん。
人間に化けられる人外って、もれなく美形さん」
「そこは庇護を与える者の影響もあるのであろう。
ルクレもヒミコもそうであったし」
メルとアルテリーゼが言う通り、彼女は人外……
ワイバーンだ。
そしてメギ公爵様の愛騎でもある。
ちなみに命名は公爵様で―――
ギルド本部までの道すがら聞いたのだが、
彼が公爵家に戻っても、彼女はついていく
つもりだという。
メギ様もまた、将来の相手として考えているそうだ。
「でも、いつの間にそういう仲に……」
「まあワイバーンの女王、ヒミコ様がそもそも
マルズ国の第九王子と婚約していますからね」
エイミさんとタースィーさんが続く。
もちろん、アーロン君はエイミさんに
くっついていて―――
「私としては応援していますよ、2人とも」
二十歳そこそこの青年は、私の言葉に深々と
頭を下げ、
「よろしくお願いします、シン殿!」
貴族階級の人に頭を下げられるのは、
相変わらず慣れないなあ、と思っていると、
「そういえばレジーナさんは、公爵様の
どこが良かったの? 馴れ初めはー?」
いや、メル。
誰もが興味があって誰も聞かないであろう事を
堂々と質問するのは。
この空気をどうしようか悩んでいると、
ノックの音が聞こえ、
「おう、今帰ったぞ。
シンたちも来ているらしいな。
ん?
メギ公爵に……誰だその美人さんは」
そこへ救世主のごとく―――
ライオット本部長が戻ってきた。
「亜人が人魚族だったと聞いた時は
驚いたが―――
しかし、友好関係を結べたのは大きい。
ご苦労だった、みんな。
公爵もまだしばらく忙しいだろうが、
頑張ってくれ」
ライオネル本部長は、そのグレーの白髪交じりの
頭を下げ、感謝の意を伝えてきた。
「い、いえ!
身に余る光栄にございます!」
公爵様は貴族として王族に敬意を示し、
平民である私や家族も返礼として頭を下げる。
「それでライさん。
クラーケンの料理を作ってみたいのですが、
構いませんか?」
「え? アレって食えるモンなのか?
何度かお目にかかった事はあるが」
見た事はあるんだ。
確かにあの見た目じゃ、食欲はわかなそう
だけど。
「クラーケン、ですか……」
「シンさんですからね。
アレすら、ただの食材に過ぎないのでしょう」
サシャさんとジェレミエルさんが、
先日のみんなと同じような目をして私を見る。
「私の故郷にいたのは小さいヤツですから!
これくらいの大きさなんです!」
そして私はまた、同じ釈明を叫んだ。
「さて、夕食はどこにしましょうか」
ティエラは街中を歩きながら、他の二人と一緒に
飲食店を探していた。
「あのソバっていうのはうまかったですね」
「僕はチャーハンが良かったです。
まさか、あの穀物があんなふうに美味しく
なるなんて」
すると彼女はカバーンとセオレムへ振り向き、
「とにかく、まだ食べていない物にしましょう。
この分だとまだまだありそうですし」
潜入してからすでに各料理を堪能していた
ティエラは―――
未知の料理に期待を膨らませていた。
「賛成です!」
「これも調査の一環……ン?」
ふと、セオレムが立ち止まり、
「どうした?
……って、この匂いは……」
「油で揚げたという例の料理かしら?
でもどこから」
彼らがその匂いの元をたどると―――
料理には似つかわしくない看板と建物があった。
「冒険者ギルド……本部?」
「でも、この匂いはここからしますね」
「のぞいてみましょうか?
もしかしたら、ここに出入りしている
業者か商人が売っているのかも」
三人はさすがにその建物に躊躇したが、
匂いには勝てず、入ってみる事にした。
「いらっしゃいませ、当ギルドへようこそ。
どのようなご依頼でしょうか?」
ティエラたちが入ると、まずはカウンターの
受付の女性から、定型文の挨拶をされる。
「えっと、ここは……
冒険者ギルドで合ってますよね?」
ランドルフ帝国にも冒険者ギルドはあるが―――
美味しそうな匂いのするギルドなんて、
聞いた事もない。
「あ、この匂いですか?
ただいま、『万能冒険者』の方が料理を
しておりまして」
それを聞いたわたくしたちは顔色を変える。
『万能冒険者』―――
それも、アストル・ムラトという男がもたらした
情報の中にあった。
ドラゴンを妻として従え、ワイバーンの群れや
多数の亜人・人外を支配下に置いた冒険者。
共存共栄、対等な関係をうたってはいるが、
それは対外的な情報操作であり……
実力で奴隷にしているのだろう、というのが
本国でも有力な見方だ。
「ば、『万能冒険者』がここに……」
カバーンが思わず声をもらすが、
「あ、シンさんにご用でしたか?
でしたら食堂へどうぞ」
笑顔で奥へ手を向ける女性職員に言われるまま、
わたくしたちは足を進めた。
「え?」
「あれは……亜人?」
「一緒にいるのは人間の少年のようだが」
食堂に入ったわたくしたちは、まず半人半蛇の
二人に目が釘付けとなった。
周囲にいるのは普通の人間のようだが、
自然な感じで溶け込んでおり―――
誰もその光景に疑問を持っていないように見える。
「ピュッピュー!」
「ああ、ダメじゃぞラッチ!
天ぷらもフライも一切れずつじゃ!」
何かの鳴き声に目をやると、今度は
小さなドラゴンが女性に抱かれていて、
「はは、じゃあ私のを」
「もー、ダメだってばシン!
そうやって甘やかして……」
一緒のテーブルにいる男女も、家族団らんのように
話している。
「シン……あの人が?」
セオレムがぽつりと話すと、周囲の冒険者が、
「何だアンタ、シンさんに用かい?
おーい、シンさん!」
「はい、何でしょうか?」
顔をこちらへ向けられ、わたくしは意を決して
彼に歩み寄る。
しかし、何をどう話していいかわからず、
「い、いえ。
外を通りかかったのですが、この匂いに
誘われて」
正直に話すとあちこちから笑い声が上がり、
「そりゃあ仕方ねぇよ!」
「シンさんの新作料理だもんな!」
するといつの間にか、テーブルと席が空けられ、
それを見た目の前の『万能冒険者』が、
「あ、じゃあ食べていかれますか?
これも何かの縁だと思って……
すいませーん、3人分追加お願いします!
アレの天ぷらとフライで!」
わたくしとカバーン、セオレムは観念したように
席に座る。
そして料理を待つ間、
「あの、シンさん。
その子は……?」
恐る恐る、ドラゴンの子供であろう
存在について聞く。
「我の子ぞ。
シンの妻、そしてドラゴンのアルテリーゼじゃ。
よろしくな」
「同じくシンの妻、メルでーす」
しかし、目の間にいる二人の女性はどう見ても
人間で―――
と思っていると、
「今は人間の姿をしているだけぞ?
ウィンベル王国は初めてか?」
「は、はい」
疑問を当てられ、思わずわたくしは
反射的に返事をしてしまう。
「えーと、ドラゴンやワイバーン、魔狼は
人の姿になれる事が確認されているんです。
あちらにいる女性もワイバーンですよ」
『万能冒険者』に指摘された方を見ると、
「う~ん、だからぁ~……
やっぱりこの人、アタシがいないと
ダメだと思ってぇ。
放っておけないっていうかぁ?」
「レ、レジーナ。
お願いだからその辺で……」
すっかり酒に酔っているであろう目付きの鋭い
女性が、貴族らしい青年を困らせていて、
「いいじゃねぇか。
ワイバーン騎士隊・初代隊長サマが、
創設時のワイバーンと一緒になるんだ」
「結婚式には呼んでねー♪」
「呼ばなかったらこっちから行くからねー♪」
それを周囲が悪ノリで祝福していた。
あまりの光景にわたくしたちが戸惑っていると、
匂いと共に料理が運ばれてきて、
「お待たせしました!
シンさんの新作料理です!」
女性職員の言葉に皿に目をやるも、
「やけに細長いな?」
「しかし、この料理なら他にもあったような」
カバーンとセオレムも、すでに食べた事のある
その薄黄色の料理を前に言いよどむ。
「ああ、調理方法は天ぷらにフライなんですけど、
素材というか具材が新しいんです。
とにかく、冷めないうちにどうぞ」
『万能冒険者』に促され、まずは天ぷらから
口に入れてみる。
「……ッ」
衣は塩であっさりと味付けされていたが、
噛むと同時に、中の具が弾力をもってそれを
はねのける。
しかし歯によってそれは切断され、口の中に
入れられたそれは―――
甘みのある味わいを舌へ提供してきた。
「魚……いや、貝?
でもそれとは異なる味わいです」
わたくしが首を傾げると二人も追随し、
「貝もこの国に来て初めて食べましたけど、
これとは違いますね」
「でも、すごくおいしいですよ」
半分ほど天ぷらを残すと、今度はフライを
フォークで取る。
すでにかけられているソースが暴力的な匂いで
食欲を刺激し―――
口に運ぶとカシュッ、という音と共に、強烈な
肉厚の歯ごたえが伝わる。
「……!!」
同時に、ソースによって引き立つ甘みとうまみ。
先ほどの天ぷらが大人しめの自己表現とするなら、
これは本性を現したかのような。
魚と貝を凝縮し、まるで獣の肉にしたような
噛み応えに対し……
天ぷらよりも単純かつ余計なものをそぎ落としたと
思える味に昇華して―――
いつの間にかわたくしもカーバンもセオレムも、
完食してしまっていた。
「これはいったい何なのですか!?
こんな味、今まで出会った事はありません!」
興奮のあまりわたくしは、『万能冒険者』へと
詰め寄ってしまっていた。
その三十代後半の、どこにもいそうな中肉中背の
男性は、驚いて硬直してしまっていたが……
代わりに妻たちがこっちに手を振って、
「あー、それクラーケン。
シンが海で『狩って』きたヤツ」
「昨日獲ったばかりで、運ぶ時も氷漬けにして
もらったから―――
新鮮じゃぞ?」
「ピュイ」
それを聞いていた周囲はすでに知っていたのか、
誰も驚きも振り返りもしない。
「クラーケン、って……」
「あの、海の魔物?
伝説の?
大きなイカの怪物……?」
背後からカーバンとセオレムの声が聞こえて
きたのを最後に、
「う~ん……」
わたくしは意識をそこで手放した。