テラーノベル
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#ワンナイトラブ
#ざまぁ
病み上がりの体に、五月の爽やかな風が心地いい。
今日は社内親睦バーベキュー。
河川敷の特設会場には、いつものスーツを脱ぎ捨てた社員たちが集まっていた。
(……バレないように、距離を置かなきゃ)
私は自分に言い聞かせ、涼さんから一番遠い場所で、せっせと野菜を切る係に徹していた。
遠くで、ポロシャツ姿でも隠しきれないオーラを放つ涼さんが、役員たちと談笑しているのが見える。
「天音さん、体調もういいの? 無理しちゃダメだよ。ほら、これ焼けたよ」
声をかけてくれたのは、同期の河野くん。
彼は「あーん」とばかりに、箸で焼きたてのお肉を私の口元に持ってきた。
「えっ、あ、じ、自分で食べられるから!」
「病み上がりのお祝いじゃん、ほら食べなって」
周囲の笑い声に流され、つい口を開けようとした、その時。
「——その肉、少し焼きすぎじゃないかな。天音さんはお腹が弱いんだ、もっとよく焼けたものを食べさせないと」
背筋が凍るような、けれど表面上はどこまでも爽やかな声。
いつの間にか、涼さんが私たちのすぐ後ろに立っていた。
「あ、一ノ瀬専務! すみません、気が利かなくて……」
「いいよ。彼女の管理は……いや、部下の体調管理は僕の役目だからね。河野くん、君はあっちの火おこしを手伝ってきてくれないかい?」
有無を言わせぬ王子の微笑みに、河野くんは「はいっ!」と威勢よく走っていった。
二人きり───とはいかないけれど、喧騒の中で孤立した空間。
「……専務。やりすぎです、怪しまれます」
「…僕の目の前で、他の男から食べさせてもらおうとするのが悪い。……お詫びにこれ、どうぞ」
涼さんは、自分の皿に乗っていた、一番美味しそうな厚切りのステーキを私の取り皿にポンと置いた。
そして、周囲にバレないような速さで、私の耳元に唇を寄せる。
「……昨日の夜、あんなに甘く僕の名前を呼んだ唇で、他の男の肉を食べるなんて許さないからね」
「っ……!?ど、どういうことですかそれ……!ま、また寝言…?」
顔がカッと熱くなる。
そんな私たちの様子を、遠くからじっと見つめる視線があった。
「あら……一ノ瀬専務、天音さんに随分と熱心な指導をされていますのね?」
現れたのは、取引先として招待されていた神条エリカ様。
彼女の冷ややかな目が、私の皿の上にある「専務特製の一切れ」を鋭く射抜いている。
「ええ。彼女は期待の若手ですから」
涼さんはエリカ様を軽くあしらうように微笑んだが、その目は笑っていない。
隠しているはずの「契約」という名の嘘。
けれど、涼さんの剥き出しの独占欲のせいで
私たちの秘密は今にも暴かれそうなほど、危うく揺れ始めていた。
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