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マルタン邸の周りには沢山の馬車が留まり着飾る貴族達が邸に入っていく。ゾルダークの馬車は門から入り邸に向かい進んでいく。ハインスは参加しない。
ハンクを先頭にカイランの腕に手を添え厚い絨毯の敷かれた道を歩く。
「これは驚かせるね。君が来ると知っていれば外まで出迎えに行ったよ」
ベンジャミン・マルタン公爵がハンクに話しかける。
「ベンジャミン、後でな」
ハンクの言葉に片眉を上げたマルタン公爵は私達に向き笑顔で話しかける。
「ゾルダーク小公爵それに夫人、嫡男の誕生おめでとう。よく来てくれたね」
「ありがとうございますマルタン公爵」
私もカイランの隣で頭を下げる。
会場に入ると皆がハンクに驚いている。それだけ珍しいことだった。
「ねえ様!」
足早に近寄るテレンスは随分大きくなった。
「テレンス、見る度に大きくなるのね」
「成長期だからね、カイラン様くらい大きくなりたいよ。こんばんはゾルダーク公爵様、カイラン様」
二人とも頷きで答える。
「レオンは元気?また会いに行きたいよ」
ディーターの家族は出産から一月経つ頃にレオンの顔を見に来てくれた。お母様は泣いて喜びお父様も瞳を潤ませていた。お兄様は口数少なくレオンを見つめていたけど、テレンスは早く自分の子が欲しいと呟いていた。
マルタン公爵の開催の挨拶の後、ダンスが始まる。テレンスとミカエラ様が中央で踊り、私とカイランも輪の中に入り久しぶりに踊る。
「疲れてない?外に出るのは久々だろ」
「まだ平気よ。人の多さに目が回りそうだけどね」
色鮮やかな人達は美しいけど目が疲れてしまう。
「父上が消えたな」
あら、本当にマルタン公爵に用があったのかしら。
マルタン邸の一室、ベンジャミン・マルタンは葉巻を咥えソファに座り相対する全身を黒に包んだ大男に目を向ける。
公爵というよりは殺し屋みたいだな…何故今回に限って来たのかな、僕に用があるんだろうなぁ嫌だなぁ。
「君が僕になんの用だい?怖いなぁ殺しに来たの?」
ベンジャミンは葉巻を差し出すが黒い大男は微動だにしない。
「孫が生まれてよかったね、僕のはまだ先になるなぁ」
なんで何も言わないのかな。どうして年下なのにいつも偉そうなんだろ…
「ベンジャミン」
「ん?」
「お前の娘は人気者だ、早々に婚姻をしろ」
へ?何を言い出すの。
「…君…それだけ言いに来たの?」
「ああ」
こいつが始まりの夜会に出向いたという話を僕は知らない、見たこともない。ふむ…ミカエラは人気者だなんて知ってるよ、テレンスが頑張って守っているからね…安心、その守りを越えるのか?マルタンを誰が敵に回すの…
「君、何を知ってるの?」
答えないのかぁ、停止してるのかな?怖い絵画に見えてくるよ。人気者…狙う者がいるか、早々に…婚姻を早めるとミカエラに手が出せなくなるね…マルタンに手を出せる者など限られてるじゃないか。ハインスは無し、ゾルダークか王族…ふっはは…王族ねぇ。ルーカスはほぼ接点が無し…ジェイドは学園が重なるねぇ。はぁまた王族かい?
「ふっ王太子はミカエラを…ふはっ」
笑いが止まらないよ、この男は否定をしないなぁ。お馬鹿な王子を止めなかった王太子はミカエラをねぇ、強く諌めないはずだ。忌々しい。王太子と陛下は婚約に驚いてなかった…ふーん、やはりねずみがいるかな?
「君は何が目的?」
こいつがミカエラの心配なんてするわけないしね。なんか理由があるはず。ゾルダークの嫁はテレンスの姉だったね、関係ないか。
…答えない、怖い。目的ないの?
「何が欲しいの?」
…何も欲しくないのか…欲しいものなど自分で手に入れるよね。優しさ?あり得ない、なんだろ。
「ミカエラが婚姻をしちゃえばいいんだね?」
「ああ」
王太子が本当にミカエラを好いているなら、とっとと婚姻させたほうがいいな。王族とは関わりたくない。
「テレンスは喜ぶよ、ここに住みたいと願われてるからね。まだ学生だけど、いいさ。僕も早く孫が見たいしね」
いきなり立ち上がるなよ、驚くじゃないか。
「行くのかい?」
「ああ」
ベンジャミンは座ったまま動かずハンクが出ていくのを見つめる。
ふぅん、弟の婚約者ではどうにもできなかったろうね。アンダルを殺しておけば道はできたろうに、軟弱な奴。思い詰めて近づかれるのは許せないね。王宮の夜会までに婚姻させちゃうか、さすがに無理かな。テレンスを住まわせて見張らせて婚姻式の日取りも決めちゃおう。
「シャンパン?ワイン?」
「シャンパンをお願い」
カイランが飲み物を取りに離れるとお兄様が私に近づくのが見える。
「キャス」
「お兄様、お元気?」
「ああ。お前カイランとは上手くいってるのか?」
お兄様は私の耳元で囁く。私も小声で答える。
「なぜ?」
「懐妊披露の前はお前に嫌われるのが怖い、お前には好きな男がいるかと俺に聞いていたのにレオンが生まれた」
カイラン…お兄様に何を相談してるのよ、面倒な人ね。
「お兄様、レオンはカイランに似ているでしょう?」
「ああ、まさにゾルダークの色だ」
何かに気づいたのかしら。
「ならば問題ないでしょう?」
「問題はないが。お前は平気か?」
何を想像しているのかわからないけど心配しているのね。
「お兄様、私はゾルダークで幸せよ」
笑顔で伝える。何を知っているのかわからないけど、レオンはゾルダークの後継よ、自慢の息子よ。
「そうか、ならいい」
お兄様の後ろに黒い壁ができたわ。動いたらぶつかってしまうわね、教えてあげなくては。
「お義父様」
ディーゼルはキャスリンの耳元に近い位置のまま固まる。
キャスは俺の後ろを見てるよな。どっちのおとうさまだ?待て、父上は今夜の夜会に来てないだろ。なら、お義父様だろ。
「キャス…ゾルダーク公爵か?」
「ええ」
可愛い顔で笑顔だな。怖くないのか?慣れたのか?慣れるものなのか。キャスは小さいから腰が痛くなってきたぞ。
「父上、用は済んだのですか?」
カイラン!いい時に来た!
「ディーター小侯爵、いらしてましたか」
お前に会えて嬉しいと感じるとはな。
「ゾルダーク小公爵、ちょうど妹を見かけましてね」
ディーゼルは姿勢を正し、勇気を出して振り向く。
…黒い壁が…近いな。脇にずれカイランに近づく。
「ゾルダーク公爵様、夜会で会うのは珍しいですね」
頷いてもくれないのかよ…睨んでいらっしゃる。
「お義父様、ワイン?シャンパン?」
「ワイン」
「カイラン、お義父様にワインを渡して、シャンパンをちょうだい。喉が乾いたわ」
カイランが飲み物を配っている。キャスはカイランを顎で使ってるじゃないか。カイランも嬉しそうに渡すのか。ああ、ワインを味わいもせず一気に呷ってしまわれた。カイランは給仕ではないのに空の器を渡すなんて…逃げたい…
「カイランもシャンパンを飲む?」
公爵がワインを飲んでしまったからな…何故カイランに差し出したシャンパンまで公爵が飲むんだ…
「喉が乾いてましたの?」
「ああ」
キャスは公爵と普通に会話をするんだな。ゾルダークでつらい思いはしてなさそうだな。
「では、私はテレンスの元へ行きますので失礼します」
「お兄様、ありがとう」
キャスの言葉を聞きながら逃げる。
どうしてあの人はあんなに大きいんだよ。あの三白眼が怖い…あれに睨まれると震えるよ。不安定なカイランと子を儲けたなど不可解だったがキャスが笑顔ならもういいだろう。
ディーゼルは陽気な弟を探しに会場を歩く。
揺れる馬車の中、キャスリンはハンクに凭れ眠りに落ちた。
疲れただろうな。子を産んで三月経っていない。まだ、早かったかもしれんな、あどけない顔で眠っている。
これの兄は気づいたか…疑ってるかも知れんが、何も言えんだろう。弟に褒美もやれた。ベンジャミンは執拗で敏いからな、王族の嫌がることは嬉々としてやるだろうよ。
薄い茶が編み込まれて髪飾りが重そうだな。
腕に凭れる頭に口を落とし頬を撫でる。
「マルタン公爵になんの用が?」
「これの弟が指輪の暗器を教えていた」
予定より早く婚姻できるなら満足だろうよ。それが願いらしいからな。
「テレンスが?それで公爵に…婚姻が早まりますか」
ジェイドがおかしなことをするとは思えんが、面倒はいらん。想いの深さはわからんが、深いならば厄介だ。人のものになったほうが諦めもつくだろうよ。これの生きる先は穏やかなほうがいい。
「当分夜会の参加は無しだ。貴様一人で向かえ」
「前回も始まりの夜会と王宮の夜会だけですから、他家には断りの手紙を書きますよ。王宮の夜会の衣装はもうすぐできますから、父上は用意しなくていいですよ」
衣装など好きにしろ。俺が妬いたと言うとこれの中が面白いほど締まる、とは言わんがな。