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「え、嘘どうして……」
言葉を失った。目の前の光景に。
アルベドが短刀を引き抜くと少量の血が村長さんから噴き出し、村長さんは後ろへよろめいた。
騎士達も今、目の前で起こった出来事を頭で処理しきれていないのか、動けずにいて、場は混乱の渦に飲まれそうになっていた。だが、そんな中いち早く動き出したのはルーメンさんだった。
「何をやっているんですか。レイ公爵!」
と、アルベドの肩を掴んで制止に入るが、アルベドは村長さんを睨み付けたまま短刀を手から放そうとしなかった。一体何が起こっているんだろうと。
村長さんは、アルベドの事を凄い見幕で睨んでおり、私達に助けを乞うように見てくるが、その目は如何せん血走っており、狂気が渦巻いているようにも見えた。その目で見られただけでも怖いと身震いしてしまうほどに。
「何をって……そうだな、害虫駆除?」
「はい?」
アルベドの言葉にルーメンさんは理解できないといった声を上げた。
周りにいた皆もそうだ。私だって、彼の素行の悪さは知っているが、コレはあんまりだと思う。村長さんのことを害虫呼ばわりして駆除だなんて。あり得ないと私も声を上げようとしたとき、アルベドは来るなとでも言うように私を睨んだ。
「ひぃい、助けてください。皆さん」
と、村長さんは私達に向かって叫んだ。
だが、誰も動こうとしないのだ。それは、先ほどから感じる気配のせいだろう。
私も今になって気づいたのだが、私達は囲まれている。騎士達は剣の柄を握って、どこから現われるか分からない敵か、それとも魔物に注意を払っている。
村長さんは、あわあわとして涙ぐみながら私達に必死に助けを求めていたが、それがどうも嘘っぽかった。
「今回の首謀者が誰かはわからねえが、皇太子と聖女もろとも排除するって魂胆だったか。それに気づかない皇帝もどうかと思うが、俺が来て正解だったな」
「……な、何を言っているのか分かりません。き、気にくわないからと言って貴族が平民に手を挙げるなど……!」
「平民は平民でもヘウンデウン教の教徒なら関係無いよな?」
と、アルベドが口にした瞬間、それまでどよんとしていた空気が一変した。
全てが繋がったとでも言うように周りの騎士達の顔つきも、全てを理解したルーメンさんもリースも皆が皆村長さんの方を見た。
村長さんはそれでも取り繕って笑顔を浮べるが、やはり演技にしか見えなかった。
アルベドはルーメンさんの手を振りほどいて短刀を振り上げた。
「さっきは急所を外してやったんだ。今すぐ失せろ」
「ハハハッ! 貴様に命令する権利などない!」
そう村長さんはいったかと思うと懐からダガーを取り出し、アルベドに向かってダガーを振るった。間一髪の所でアルベドはかわし、チッと舌打ちを鳴らすと、短刀を握り直した。
「貴様が来なければ、作戦は上手くいったというのに……やはり、厄介な奴だ。光にも闇にも嫌われたはぐれものが!」
村長さんの様子が一変し、彼がパチンと指を鳴らすと家屋の影やらに隠れていた暗殺者らしき衣服を纏った人達が一斉に飛び出してきた。その数およそ二十人ほどだろうか。
彼らはそれぞれ武器を手に取り、アルベドに襲いかかる。
しかし、彼はそれらを軽々と避けては斬り捨てていく。その動きは無駄がなく、まるで舞っているかのように綺麗だった。村長さんは、その様子を見て、顔を歪ませながらも笑みを浮かべた。
私はただ呆然と立ち尽くしているだけで、何もできなかった。この世界に来て、こんなことばかりだと頭が痛くなる。
「ぼさっとすんな。狙いは、聖女だぞ!」
と、アルベドは短刀で暗殺者の攻撃を塞ぎながら叫んだ。
そこで、弾かれたように我に返った騎士達は、迫り来る暗殺者の攻撃を受け流し、戦闘態勢に入った。
以前にも同じ事があったために、そこまで驚きはしなかったが、魔物と戦うのとはまた違って、人間同士が傷つけ合う光景はいつ見ても慣れないものであった。目を塞ぎたいし背けたい。だが、隙を見せればやられると思い私は身体を強ばらせていた。
「大丈夫です。エトワール様は俺が守りますから」
と、そんな私の肩をそっと抱いてくれたのはグランツだった。
グランツは私が与えた剣を握りしめて、駆けだした。勿論、とんでもない方向から飛んできたダガーを全て弾いて、私には一切当たらないように。凄い芸当だなあとぼんやりしているとズザザザ……と地面を滑って返り血を浴びたアルベドが私の元までやってきた。
「怖いのか?」
「……ううん、何だかアンタといると同じ事が起きるから……怖いって言われれば怖いよ。だって、人が人を傷つけてるんだもん」
(私の生きていた世界ではもうそれは犯罪だから)
あっちは平和だったなあと思いつつ、私はアルベドをちらりと見た。紅蓮の髪は少し逆立っているようにも見え、いつもの何処かつかめない雰囲気ではなく殺しを楽しんでいるようにも思え私は少し目を細めた。
初めて会ったときは快楽殺人鬼だと誤解していたけど、やはりあながち間違いではないのでは? と思っている。
確かに、善人は殺さないといったから、これはそれに当てはまるのだろうけど、それでも、ナイフを握ると性格が変わるというか雰囲気が一変するというか。やはり、危険人物には変わりないのだろう。
「まあ、もう少しで終わるから待ってろよ」
「気をつけてね」
「……? ああ、あんがと」
満月のごとく目を丸くしたアルベドは、私の言葉を受けて一瞬驚いたようだったが、すぐにいつもの調子で嘲るように笑うと地面を再び蹴って暗殺者の元に駆けていった。
身体能力はきっとここにいる攻略キャラの中でも飛び抜けている方だろう。この場にいない攻略キャラはどちらかというと魔力特化である為、身体特化のキャラはリース、アルベド、グランツぐらいだろうか。
だが、乙女ゲームに戦闘力の高さとかいるのかと聞かれればなんとも言えない。
ヒロインストーリーでは、そんなのを気にしたことはなかったが、もしかするとエトワールストーリーでは重要なポイントなのかも知れない。
(まあ、別にそれは置いておいてだけど……矢っ張り、魔物の調査ではなくヘウンデウン教の調査って言うのが大きかったのかも知れない。だって、皇帝がリースに嘘をつくはず無いもの)
実際は、皇帝とリースの親子関係は冷えているようだったが、皇位継承権のあるリースをみすみす殺すわけ無いし、リースもリースで反抗はするものの皇帝の言うことは聞いていた。まあ、中身が遥輝だからどうかは知らないけど、遥輝は確か親の話をすると私同様に嫌なかおをしていたから、あまり親というものに関心がない、若しくは毛嫌いしているのではないかと思う。
そんなことを考えていると、いつの間にか暗殺者の死体の山が出来ており、戦闘が終わったのだなと私は我に返った。見るに堪えない血の海にうっと嘔吐きつつも、私は何とかその場で踏ん張って倒れないようにした。これだけで倒れていたらまた心配かけるし、迷惑だと思われるかも知れないから。
「さて、生かしてやったんだ。俺がいったときに失せなかったお前らが悪いんだからな? ここで何をしていた?」
アルベドは、先ほど急所を外したといった村長さんを捉え尖った靴で踏みつけると、いたぶるのを楽しむように口角を上げながら尋ねた。村長さんは口を頑に閉じて話そうとしなかったが、アルベドは面白くないとでも言うように村長さんの太ももに短刀を突き刺した。
ぐあッと村長さんの悲鳴が響き、私は思わず目を閉じた。見ていられない。これはまるで拷問だと。
「エトワール様は見なくてイイです」
と、ふと私の視界は暗くなり、同時にグランツが私の目を塞いだのだと理解した。
けれど、音はいつもより鮮明に聞えるが為に生々しい。
「大凡、あの怪物を動かす為の実験といったところか」
「何故それを!」
ビンゴ、とアルベドは楽しそうに声を弾ませた。
村長さんはしまったとでも言うように、声を漏らしていたが、アルベドはさらに続けた。
「まずは、この村を襲い負の感情をばらまいた。それから、その負の感情を集めてあの怪物を作ったというわけか。災厄時に自分たちが世界を支配できるように……まあ、その実験に皇太子と聖女を呼んだってわけだ。正常に動くかどうかと、邪魔になりそうな人物を排除するために」
淡々とアルベドは言うと、場の空気が凍った。
何故、彼がそこまで詳しいのか、きっと皆そこに疑問を持ったからだろう。不信の種が広がっていくようで、アルベドと村長さんに一気に視線が集まるのを肌で感じた。
まるでアルベドがヘウンデウン教と繋がりがあるように。
「何故貴様はそんなに詳しいんだ?」
そう口を開いたのはリースだった。
沈黙を破るように響いた声が、場の空気をまた一変させる。
やはり、アルベドはヘウンデウン教と繋がっているのではないかという疑いの波紋が広がっていく。
(でも、前に彼は違って言っていた。弟は確かにヘウンデウン教と繋がっているって言ってたけど、本人は……)
ここで口を開かなければアルベドが悪者になってしまうと私は口を開こうとしたが、それよりも先にアルベドが言葉を紡ぐ。
「何だ? 皇太子殿下は俺がヘウンデウン教と繋がっているって言いたいのか?」