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ゆうき あきや
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友ゴリラ
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第224話:奇跡の生還と、伝説のバズり動画
北海道、日高山脈。
あの絶望的なゲリラ豪雨と土砂崩れから、数時間が経過していた。
「……止んだ、な」
俺——株式会社インフィニティ・ワン代表取締役社長、秋谷雪(40歳)は、岩陰から泥だらけの顔を出して空を見上げた。
先ほどまで空を覆い尽くしていた鉛色の雲が嘘のように晴れ渡り、木々の隙間から黄金色の夕日が差し込んでいる。
眼下で暴れ狂っていた沢の濁流もすっかり落ち着き、元の美しい清流の姿を取り戻しつつあった。
「社長さん! 雨、上がりましたよ! これなら下山できます!」
隣で日向(ひなた)が、泥だらけの顔をほころばせて元気いっぱいに飛び跳ねた。
「ああ……。だが、油断は禁物だ。地盤が緩んでるから、慎重に下りるぞ」
俺は全身の骨が軋むような痛みに耐えながら、二十五キロの機材が詰まったバックパックを再び背負い直した。
エウリアンの版画ローン500万円を返すための、命懸けの第一回ロケ。
結果的に滝壺での焚き火飯は実現できなかったが、俺たちは大自然の猛威から生還し、そして何より「数百万の機材」と「最強の新人タレント」を無事に守り抜いたのだ。
それから数日後。
北海道、帯広市。家賃四万円のボロアパートの四畳半。
「ルシフェル様。ロケの映像データの編集が、すべて完了しました」
ディスコードの向こうから、我が社の冷徹秘書・結愛(ゆあ)の誇らしげな声が響いた。
俺は配給された塩昆布とパサパサの玄米を咀嚼しながら、PCモニターを食い入るように見つめた。
「ついに完成したか。ジェミニ先生、映像の破損やエラーはなかったか?」
『はい。社長が肉の盾となってバックパックを守り抜いたおかげで、4Kアクションカメラのデータは完全に無傷でした。結愛さんと私の高度な編集技術により、極上のエンターテインメント動画に仕上がっています』
最強AIアシスタントのジェミニ先生が、自信に満ちた合成音声で答える。
「よし……。じゃあ、さっそく全世界に向けて公開だ! インフィニティ・ワンの社運を懸けた、最高傑作を見せてやれ!」
俺の合図と共に、YouTubeのメインチャンネルに一本の動画がアップロードされた。
タイトルは、【新人VTuber】大自然で自給自足ロケしたら、社長が泥に沈んだ件【やまむすめ】。
動画は、日向の明るい挨拶と、北海道の息を呑むような大自然の4K映像から始まった。
『みんなー! こんやまー! やまむすめの日向です!』
画面の中では、日向の可愛いLive2Dアバターが、現実の沢の風景と完璧に合成されて元気いっぱいに動いている。
苔むした岩場を軽々と飛び越え、山菜をサバイバルナイフで鮮やかに収穫していく日向。
その映像は、下手な地上波のアウトドア番組顔負けのクオリティだった。
だが、この動画の本当の『狂気』は、そこからだった。
『あははっ! 社長さん、しっかりついてきてくださいね!』
日向の明るい声の背後で。
『あだだだっ! ちょ、ちょっと待て日向ちゃん! 滑る! 足が滑るぅぅっ!』
二十五キロの機材を背負い、沢で足を滑らせて無様に悲鳴を上げる、裏方(俺)の情けない生音声が、一切カットされずにそのまま使われていたのだ。
映像は美麗な4K。タレントは可愛い美少女。
しかし、音声のバックグラウンドには、常に四十歳のオッサンの「ゼェゼェ」という荒い息遣いと、「腰がっ!」「虫が来た!」という悲鳴が入り混じっている。
『ちょっと待て結愛! なんで俺の悲鳴のボリューム、日向ちゃんの声よりデカく調整されてるんだよ!』
俺が抗議すると、通話ルームのヨモが鼻で笑った。
『……あー、社長ぉ、それが最高のスパイスなんっすよぉ。美少女と限界オッサンの究極のギャップ萌えっすね……ふわぁ』
そして動画は、後半のゲリラ豪雨のシーンへと突入する。
画面が急に暗くなり、暴力的な雨音と濁流の轟音が響き渡る。
4Kカメラの映像はそこで途切れ、画面はブラックアウト。
直後、テロップと共に、あの土砂崩れの「ドッ、ゴァァァァァッ!」という凄まじい衝撃音が再生された。
『社長さんっ!?』という日向の悲鳴。
『動くな日向ちゃん! じっとしてろ! 負けるかぁぁぁっ!』という、俺の泥まみれの雄叫び。
最後は、画質の荒いスマートフォンのインカメラに切り替わり、泥だらけになった俺の背中と、それに泣きつく日向の姿が映し出されて、動画は幕を閉じた。
「……結愛、お前、天才か」
俺は思わず息を呑んだ。
ただの遭難事故の映像が、悪魔の秘書の編集によって、息もつかせぬ極上のドキュメンタリーに化けていた。
『ええ。私とジェミニ先生の編集能力を舐めないでください。……さあ、ルシフェル様。公開から一時間が経過しました。現在の再生回数とコメント欄を見てみましょうか』
結愛に促され、俺は動画のステータス画面をリロードした。
「なっ……!?」
俺の口から、塩昆布の欠片がポロリとこぼれ落ちた。
公開からたった一時間。
再生回数、50万回突破。
そして、その数字はブラウザを更新するたびに、数万単位で恐ろしい勢いで跳ね上がっていく。
コメント欄は、完全に大熱狂の渦に巻き込まれていた。
『なんだこれww神動画すぎるww』
『前半の社長の悲鳴で爆笑してたのに、後半の土砂崩れでガチ泣きした』
『タレントを守るために泥の盾になる裏方とか、少年漫画の主人公かよ』
『日向ちゃんのサバイバル能力高すぎて草。社長が完全にヒロイン枠』
『機材>自分の命の社長、ブラック企業の鑑すぎる』
『次回も絶対見るわ! 社長の腰が砕けるまでシリーズ化してくれ!』
『う○む○めより断然こっち派だわ。リアルな命の危機があるエンタメ最高』
「さ、さんびゃくまん……」
翌日の朝。
徹夜で数字を見守り続けた俺の目の前には、【再生回数:300万回突破】という、インフィニティ・ワン史上かつてないバグのような数字が表示されていた。
『ルシフェル様、おめでとうございます』
結愛の声が、珍しく優しく、そして誇らしげに響く。
『YouTubeの急上昇ランキング1位、Xのトレンドも独占。そして、動画の広告収益と、プレミア公開時のスーパーチャットを合わせた総売上高は……余裕で1000万円を超えました』
「いっせんまん……っ!」
俺は四畳半の畳に突っ伏し、ボロボロと大粒の涙をこぼした。
エウリアンに騙されて背負った500万円の借金が、これで全額返済できる。
月給10万円のヒモ生活から抜け出し、来期からは胸を張って社長としての役員報酬を受け取ることができる。
『……あー、社長ぉ、やりましたねぇ。社長の泥まみれの背中が、ガチで会社救ったっすよぉ……ふわぁ』
『ルシフェルさん、お疲れ様でした。生存確率2.5パーセントからの生還とバズりの両立。私の演算モデルには存在しない、極めて不合理で強靭な生命力です』
ヨモとジェミニ先生の言葉が、心に深く染み渡っていく。
「みんな……ありがとう。俺、やってよかった。あの山で泥水すすって、死に物狂いで機材を守って、本当によかった……!」
俺は涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら、歓喜の声を上げた。
その時、ディスコードの画面に日向のアイコンが点灯した。
『社長さーん! 動画の再生数、すごいことになってますよ! これでやまむすめ、大成功ですね!』
「ああ! 日向ちゃんのおかげだ! お前は最高のタレントだよ!」
『えへへ、ありがとうございます! それでですね、コメント欄で「次は雪山のサバイバルが見たい」ってリクエストがたくさん来てたので、私、さっそく次のロケ地を探しておきました!』
「……へ?」
俺の涙が、一瞬で引っ込んだ。
『今度は日高山脈のさらに奥、ヒグマの巣穴があるっていう伝説の尾根ルートです! もちろん社長さんも、カメラマンとして一緒に行ってくれますよね? 今回の倍、五十キロの機材が必要みたいですけど!』
「ご、ごじゅっキロ!? ヒグマの巣穴!?」
『ふふっ。素晴らしい提案ですね、日向』
結愛が、いつもの冷酷なトーンに戻って悪魔のように微笑んだ。
『ルシフェル様、休んでいる暇はありませんよ。リスナーの期待値は最高潮です。次は防寒着と雪中行軍の特訓を始めてくださいね。社長の生存確率が0.1パーセントになっても、会社のために働き続けてもらいますから』
「鬼かお前らああああぁぁぁぁっ!!」
帯広の四畳半アパートに、限界社長の絶望の叫びがこだまする。
借金500万円完済の感動は一瞬で吹き飛び、俺の目の前には「ヒグマの巣穴での雪中行軍」という新たな地獄の扉が口を開けていた。
限界社長の胃に穴が空くサバイバル労働は、どうやらこれからも続くらしい。
コメント
1件
いやー、今回も最高だったわ…! 社長が泥まみれになって機材を死守したシーン、まじでかっこよすぎて泣きそうになったし、後半のバズり方と借金返済のカタルシスが完璧すぎる🔥 でも「次はヒグマの巣穴で50キロ装備」って日向ちゃんの提案には笑ったわw 社長の胃袋、持つんかこれ…! 次回も楽しみにしてる🔥