テラーノベル
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「翔太、起きて?もう行かないと…」
「んん“ぅ…あとちょっと…」
「置いてっちゃうよ?昨日、朝早いって言ったのに遅くまでスマホ見てるから…」
「久々の休みだったから…よふかし、したかったんだも…ん、すぅ…」
「あ。寝た。んもー」
昨晩、俺は涼太と夜ご飯を食べながら、明日の予定について話していた。
俺は久々の休みで、涼太も明日は店休日であること。
涼太は明日予定があって、朝早くから出掛けること。
そこまでの情報共有をしたところで、俺は、涼太がどこに行くのかも確認せずに「俺もついて行く」と言った。
涼太は、驚いたと言うふうに、少し目を見開いた。
「そう?久しぶりのお休みなんだから、お家でゆっくりしてたら?」
「いや、涼太が近くにいないと休まらないから。いろんな意味で」
「?そっか。なら、明日は7時には起きるから、いつもみたいに寝る前にスマホばっかり見ないようにしないとね」
「え。そんな早起きなの?」
「うん、出掛ける前の準備もあるし、帰ってきた後の晩ご飯の準備もあるし」
「ふーん、そっか」
今になって思う。
ちゃんと確認しておけばよかった。
涼太がどこに行くのかを。
やけに軽装だな、とは思った。
涼太はどこに行くにもきっちりとおしゃれをして出掛けるから、夏場でも服装に合わなければサンダルは履かず、先のとんがった革靴を履く。
寒くても、着たいと思うなら、大きく穴の空いたジーンズとか、スカスカ?透け透け?のトップスを選んでは、なんでもさらっと着こなす。透けていると、周りの人が見てくるから、俺としては極力控えてほしいのだが、涼太は服が好きなので、俺はあまり強く言えないでいる。
好きなものを制限したくはないし、心配なら俺が守ればいいとも思うので、今までも特段指摘したことはない。
そんな涼太が、今日は無地のTシャツに無難なスエットという姿で玄関に降り立ったものだから、俺は少し驚いた。
腰には何の変哲もない、工事現場の人が持っていそうなフェイスタオルがくっついていた。
それがオシャレの範疇に入るのか、ただただ動きやすさを重視したためのものなのか、ファッションにそこまで興味がない俺にとっては、判断出来かねた。
「今日、服いつもと違うね」
「うん、今日はこういう気分なの」
「そっか」
涼太は、じっくりと服を選ぶ。
家を建てた時に、大工のおっちゃんがデカいウォークインクローゼットを作ってくれた。
いつもそこに一度足を踏み入れれば、涼太はしばらく出てこない。
デカさを別のもので喩えるなら、ちょうどめめが、つい最近までしつこいくらいに聞いてきたせいで無駄に詳しくなってしまった間取りで言うところの、およそ十畳くらいだろうか。
俺の物はその中の一角で充分に足りていて、それ以外のスペースは、全部涼太の服と靴、帽子やら、アクセサリーやらで、綺麗に埋め尽くされている。
綺麗に並べられているが、隙間なく様々なアイテムが並んでいるので、軽く小さな服屋くらいの規模はあるんじゃないかと思う。
「涼ちゃん服好きだっつってたから、なんて言うんだっけ?あ、そうだ。デカいオークションクローゼット、作ったぜ。あとで見てみな」
「ありがとうございます!ウォークインクローゼットですか?」
「あ、それだそれだ!カタカナはよくわかんねぇから困っちまうよ。」
「ふふっ、とっても嬉しいです。」
出来上がった家を涼太と見に行った時、大工のおっちゃんたちと涼太がいつの間にか仲良くなっているのにとてつもなく驚いた。同時に、出会う人誰もが涼太を好きになるのは相変わらずだなと、やれやれと肩をすくめるような心持ちでもあった。
そんな思い出があるからなのか、涼太は、そのクローゼットが大好きなのだ。
以前、家の中で涼太を見失って、どこにいるのかと探していたら、涼太はその収納の中に置いている小さな椅子に座って、ぼーっと自分の服を眺めていた。
「どうした?」と聞くと涼太は、「ここ、好きなの。守られてるみたいな感じがするから」と言った。
涼太の好きなもので溢れていて、大切な大工のおっちゃんたちが作ってくれた空間なのだ。きっと涼太にとっては秘密基地、隠れ家、癒しの場、と感じる部分があるのだろう。
俺が「良い収納にしてもらえてよかったな」と返すと、
涼太は、「うん。だけど、やっぱり翔太の腕の中が一番好き」と言って、俺の腰に腕を回したのだった。
久方ぶりの涼太からの接触に嬉しくなる。
甘えるように、立っている俺のお腹にぴったりくっついて頬をすり寄せてくれる。それが愛おしくて、たまらず涼太を寝室まで攫ったのが、つい昨日のことのように思い出される。
昼間から何をしているんだと、その後、結構な勢いで怒られたが、「昼じゃなかったらいいの?」と聞くと、涼太は耳まで真っ赤にしていた。
話が大幅に脱線したので戻すが、とにかく、涼太は今、いつもと雰囲気の違う服を着て、どこかへ歩いていった。
着いた先は、つい一年前くらいに建てられた高層マンションだった。
「ここでなにすんの?」
「お友達のお引越しのお手伝い」
「友達?……まさか…」
「ふふっ、そのまさかだよ」
最近、メンバーであるめめから毎日強制的に聞かされていた新居やらベッドサイズやら、間取りやらの話と、涼太の軽装の理由が、その瞬間全部繋がった。
「ほんとに行くの…?」
「うん、二人じゃ大変だろうし、数は多い方がいいじゃない」
「そうだけどさぁ…休みの日まであいつに会うの?」
「なら、翔太だけお家戻る?夜ご飯までには帰るよ?」
「それはやだ。俺も行く」
今日はお互い休みの日なのに、涼太と一緒にいられないのだけは嫌だ。
別に依存しているわけじゃない。
ただ、ちょっと寂しいだけだ。
めめと阿部ちゃんと涼太の三人で集まって、俺だけ参加しないというのが。ただ、それだけだ。
俺と涼太と、お互い休みの日が被ったとしてもバラバラに過ごす時もあるし、束縛とか、そういうのは面倒くさいからしない。されてもしても、どっちも億劫だと感じる。
今日はたまたま涼太と一緒に過ごしたい気分だっただけだ。
きっと、一度決めた今日の予定は曲げないだろうと、いい加減諦めて涼太の後ろにくっついて、阿部ちゃんたちが来るのを待った。
阿部ちゃんたちの新居の前で、少し経ってから到着した二人に軽い挨拶をすると、二人とも俺たちがここにいることに驚いていた。
引越しのトラックが、二台入れ替わりで連続的にマンションの前に止まる。
その光景は、五年前、ちょうど俺たちが引っ越しをした時とぴったり重なった。
懐かしい気持ちで、そのトラックを遥か上、阿部ちゃんたちの新しい部屋の前の渡り廊下から眺めていた。
段ボールと家具、家電がトラックから全て運び出されると、俺たちは買い物に出かけた。自分たちが既に持っているものはあれど、買い替えたいものや新しく購入したいものもあるだろう。
俺にも覚えがあった。少し苦い記憶だ。
「涼太、これ買おうぜ」
「えっ、そんなに大きいやつがいいの?」
「うん、こいつが一番デカくて、一番俺そっくり」
俺たちが今の家に引っ越した日の買い出しでのこと。
必要なものは全て揃って、あとはブラブラと他に欲しいものがあればと、雑貨屋を見て回っていた時のことだ。
そこで、俺は例の俺そっくりなあの白い犬のぬいぐるみを発見した。金持ちの家のでかいテレビくらいの大きさだったと思う。
自惚れも甚だしいが、俺が家を空けている間、涼太が寂しくないように、俺の分身になってくれたらいいなと思った。
泊まりがけで仕事に出てしまう時もあるから、そんな時に俺の代わりに涼太のそばにいてやってくれないか、と店頭に飾られたそいつに心の中で話しかけた。
恐らく得られた了承を脳内で感じ取って、俺はそいつを抱き抱えて涼太の元へ行った。
涼太は俺と白い犬を交互に見て、困ったような表情で言った。
「大きいね…車に入るかな、、他にもたくさん買いものあるし…」
「あ、考えてなかった。こいつだとデカすぎるか」
「もう二回りくらい小さい子にしたら?」
「…そうする……。」
結局、俺は泣く泣くそいつを諦めて、もう少し小振な大人の上半身くらいあるサイズの分身を連れて帰った。
あの日の出来事で一つ勉強になったが、まさかこんなところで、その時の少しやるせない思い出が役に立つとは思っていなかった。
めめのことだから、何にでも阿部ちゃんを関連付けて、目に入ったもの全てをカートに突っ込んでいきそうな気がした。
阿部ちゃんも阿部ちゃんで優しい人だから、そんなめめの「欲しい」に、きっと何でも承諾するであろう光景がありありと目に浮かぶ。
こいつらが気兼ねなく買い物できるように、車に入りきらないかもしれない、なんて思わなくてもいいように。俺も車を出して、めめの車と二台で買い物に向かった。
案の定、めめは度々ふらっとどこかへ消えては「これは亮平と使いたいやつで、これはいつか必要になりそう」と言って手当たり次第に掻っ攫ってきたものを、そのままカートに入れていった。
阿部ちゃんは、「いつ使うんだろう?これ、本当に必要なのかな?」という顔を全面に出しつつも「そっか、持ってきてくれてありがとう。今日は今必要なものだけにしよっか」と、自分の意思をやんわり伝えていた。
なんだかんだ良いバランスが取れているように見えた。
全く、同じメンバーながらガキかよ、なんて思いながらめめを見ていたが、俺も大概だったと思い直せば、「ふはっ」と小さな笑いが込み上げてきた。
買い物も無事に終わって、俺たちはまた阿部と目黒さんの新居に舞い戻った。
翔太と目黒さんが家具や家電の組み立てと配置、その他大きい段ボールなどを開けてしまっていく作業をしてくれている間、俺たちは買ってきたものの整理をしていった。
袋から出したり、ラベルを剥がしたりして、お皿や新品のバスタオルを洗うため、台所と脱衣所にそれぞれを持っていく。
他にも、洗剤やティッシュなどの日用品も買っていたので、収納場所を阿部に確認しながら、それぞれしまっていった。
黒と緑色ばかりの日用雑貨や消耗品を眺めながら、阿部は幸せそうに顔を綻ばせていた。
「ふふ」と笑う声とふにゃふにゃと溶けている顔が可愛らしくて、「嬉しそうだね」と伝えると、阿部は真っ赤な顔をお揃いのマグカップで挟んでいた。
二人の中に流れる空気は、日を追うごとに親密でお互いを強く思い合って行っているように感じる。
どんな時でも、阿部のことを第一に考えて、大切に愛してくれる目黒さん。
どんな時も、優しく、深く目黒さんを包み込む阿部。
この二人なら、きっとこの先、何があっても大丈夫。
そんな風に感じては、心が暖かくなった。
久しぶりの引越し作業が落ち着いたのは、今朝の見立て通り、夜ご飯の時間の少し前くらいだった。
俺も、他の三人もやり切ったというように、フローリングの上に大の字になって寝転がった。程よい疲労感が、冷たくて気持ちの良い床に染み渡っていくようだった。
お腹空いたな、なんて考えていると、自分のお腹が大きな音を立てた。
少し恥ずかしかったが、起き上がって「これから、みんなでご飯食べない?」とみんなへ伝えた。
阿部と目黒さんの家を出て、今度は俺たちの家へ向かう。
これから何を食べるのか察知した阿部は、ずっと申し訳なさそうにしていた。
俺がしたくてしていることなのだから、そんなに気にしなくていいのにと思う。
前々から聞いていた引越しの日、大切な人に何かしたいと思っての俺の勝手な行動だったから。
今日の朝、夜ご飯の仕込みをして家を出たから、今から作っても本当に楽なんだよと伝えたけれど、やっぱり阿部は恐縮するように肩を縮こませながら手元のレタスを千切ってくれた。
「俺ら今度、三日くらい泊まりで仕事がある 」
ご飯を食べながら、唐突に翔太が言った。
「あ、そうだった。亮平ごめん、言うの忘れてた…」
「ううん、大丈夫だよ。頑張ってね」
「ありがとう!」
俺も初耳だった。
晩御飯の用意もあるし、予定を把握しておきたかったので、俺は翔太に「いつから?」と尋ねた。
「来週の金曜日から」
「そう。気を付けてね」
「ん。」
翔太が家を空けるのは久しぶりのことだった。
俺はあることを思い付いて、阿部に話しかけた。
「じゃあ、俺たちもその日から一緒に過ごそうか」
「えっ?」
「お泊まり会、してみたかったの 」
「なるほど!いいですね!」
「じゃあ決まりね。お仕事終わったらうちにおいで」
「はいっ!」
急遽決まった予定に、わくわくと心が弾んだ。
翔太以外と夜を過ごすことが今までなかったから、とても楽しみだった。
「ぇええー…いいなぁ」
「亮平…さみしい…」
翔太と目黒さんは、俺たちの会話を聞きながら、なんだか残念そうにちまちまとお米を食べていた。
「今日は、本当にありがとうございました!」
「いえいえ、こちらこそ、いつもありがとうね」
「しょっぴー、また明日ね。ありがとう」
「ぉう。羽目外しすぎんなよ。」
「?うん?」
「…伝わってねぇな」
店先で軽く言葉を交わして、阿部と目黒さんは帰って行った。
二人のその背中を見送りながら、俺は翔太へ話しかけた。
「ねぇ、翔太。」
「ん?」
「俺、一つやりたいことできた」
「うん、そう言うと思ってた。いんじゃない?」
細かく言わなくても、翔太だけには全て伝わるこの感じが、俺をなんとも言えない幸せな気持ちにさせる。
そう感じてるのはきっと翔太も同じで、俺たちはお互いに顔を綻ばせながら、家の中へ戻っていった。
To Be Continued………………
コメント
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やりたいことってなんだー!?!?🤭💙❤️