テラーノベル
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落ち着いたBGMが流れるお洒落なサロンスペースで、俺たちは大量の書類と布と見つめ合っていた。
「テーブルクロスは何色にする?」
「こんなに色があるんだね、、翔太、どうしよっか…」
「白でいいんじゃない?色ばっかりだとガチャガチャしそうだし」
「お皿の上に乗せるナフキンの色も選べるんだけど、そっちをカラフルにするのはどう?」
「あ、それいいね。そうしよう。」
つい先日訪れた、あの幸せいっぱいの場所に、翔太とまた足を運んだ。ラウールとテーブル越しに向かい合いながら、俺たちの結婚式の打ち合わせが始まった。
お料理のコース決めと、飲み物の種類を選ぶところから始まって、今はテーブルクロスとナフキンの色を決めている。
クロスは白と決まったけれど、ナフキンの色はどうしようかと、ふむ…と息を吐きながら唇に手を添えて考える。
翔太もじっくりと考え込んでいるみたいで、ぎゅっと目を瞑りながら、うんうんと唸っていた。
「装飾もたくさんするなら、そこまで強調した色じゃなくてもいいと思うよ?これ、色の見本です」
そう言ってラウールは、俺たちの前に色とりどりの小さな布が貼ってあるアルバムのようなものを置いてくれた。
それをちらっと眺めて、翔太はまた固く目を閉じる。
何かを想像しているのだろうか。指に顎を乗せながら、三度体を前後に揺らした後、ぱちっと目を開けて、カラフルな布の中から一つを選んで指差した。
「これがいい」
翔太が選んだものは、淡くて柔らかい金色をしていた。
ベージュのようにも見えるけれど、角度を変えると、細かく入り込んだパールがキラキラと光っていた。
「はーい、それね!任せて!」
ラウールは元気に返事をしながら、翔太が選んだナフキンの型番をパソコンに打ち込んでいった。
「会場のお花と、ケーキの形も決めたいんだけど、どんなのがいいってイメージはある?」
次々に飛んでくるラウールからの質問に、翔太は一つずつ答えていく。
「花とケーキは、後で連絡する」
「わかった!」
「今は決めないの?」
「うん、これも内緒」
「そっか、楽しみにしてるね」
「おう」
「サプライズだらけだね!きゃはは!僕すっごく楽しみ!」
翔太がこんなにこだわるなんて、意外だった。
俺は、翔太なら「よく分かんないし、涼太が決めていいよ」と言うだろうと思っていた。
いつも面倒くさがりな翔太が、当日のことを想像しながら一つずつじっくり考えて決めていくなんて、と俺は内心驚いていた。
でも、俺はそれがとても嬉しかった。
俺のこと、俺と過ごす時間、俺と刻む思い出、その全部を大事に考えてくれて、翔太が行動してくれることが嬉しい。俺に向けてくれる翔太のその気持ちが、俺を幸せな気持ちにさせてくれた。
「あとは、招待状だね!提携してる印刷会社さんが出してるデザインから選ぶか、二人が一から作ってゲスト様へお渡しするかの、ふた通りの方法があるけど、どっちにする?」
「うーん、いいデザインのいっぱいあるけど、涼太どうする?」
翔太が俺に投げ掛ける。
こだわるところはしっかり主張しながら、こうやって俺にも委ねてくれる優しさにも嬉しくなる。
可愛らしいものからシックなものまで、幅広いデザインの招待状をラウールが見せてくれる。
一から作ってみたい気持ちはあるけれど、仕事もあるからそんなに時間はかけられないかなとも思う。
一通りデザインを見てから、俺はパッと目に入った一つのものを指さして、翔太とラウールに伝えた。
「ラウール、これがいい。翔太、どうかな?」
「んぉ?おぉ、いんじゃない?」
「あー!これ可愛いよね!本物の薔薇の花びらが押し花になって付いてるの!どうしてこれ選んだの?」
「薔薇は、翔太との思い出の花だから」
翔太との思い出には、いつだって花が添えられていた。
小さな頃から、翔太は俺に花をくれた。
黄色いたんぽぽ、大きなひまわり、鮮やかな色の百日草。
その中でも、薔薇は俺にとって一番特別な花。
翔太が俺を迎えに来てくれた日と、翔太が俺の人生をもらってくれて、俺に翔太の人生をくれた日にもらった花だから。
結婚式っていう大事な日のどこかにも、薔薇を添えられたらという思いで、そのデザインを選んだ。
「そうなんだー!お店にも薔薇いっぱい飾ってあるもんね!その思い出話は後でゆっくり聞かせてね」
「へ?」
「ん?あぁ、色々決まったら、あとは司会の人がお式の合間合間に二人の出会いとか思い出とか紹介してくれるから、馴れ初め聞いてるんだよね」
「…え?マジで?」
「うん、一応、全新郎新婦様に聞いてるけど…」
「それは無しに出来ねぇ?」
「どうしても嫌なら、そうするけど…」
「無しで。メンバーは呼ぶけど、それ知られんのはやだ。恥ずい。」
「えぇッ!オーナーはそれでいいの?!」
「うん、翔太が嫌なら俺もそれで大丈夫かな。いろんな人に話すほど、特別なことがあったわけでもないしね」
「そっか…。なら、二人の小さい時の写真と、二人がどんなことして過ごしてきたかって、そこだけはせめて紹介させて?流石に間が持たなくなっちゃうタイミングもあるから…」
「まぁ、そんくらいだったら…」
「ふふ、ちっちゃい頃の翔太、懐かしいな」
「それを言うなら涼太もだよ。すげぇ可愛かった。今も可愛いけど」
「はいはい、ご馳走様。招待状のデザインも決まったね。招待したい人のお名前、ここに打ち込んでくれる?」
ラウールは、少し呆れたように斜め上を見ながらパソコンを操作しては、俺たちの方へその画面を向けて、名前の登録をするように促した。
「翔太の方はメンバーの方と、深澤さん?」
「うん、照、佐久間、目黒、ふっかだな」
「俺は、阿部くらいかな。ラウと康二はお仕事ってことになっちゃうから、招待はできないんだよね?」
「そうだね、当日はスタッフとしてだけど、ずっとそばにいるからね」
「ありがとう。すっかり頼もしくなったね」
「えへへ、オーナーに褒められた。嬉しい」
うちでバイトしてた頃は、あんなに子供みたいに見えたのに。
スーツを着て、なにから始めて行ったらいいかわからないと、結婚式の準備に右往左往する俺たち引っ張って行ってくれているラウールがとても立派に見えた。
ラウールの成長がとても嬉しかった。
「最後にお衣裳を決めて終わりになるんだけど、これ、よかったら…」
「ん?なぁに?」
「んぁ?」
ラウールは二枚の紙を俺たちの前に差し出した。
それは、デザイン画のようなものだった。
一枚には、涼しげで爽やかな青いベストに真っ白いジャケットを合わせたタキシードの絵が。
もう一枚には、こっくりと深く光沢感のある赤いベストに同じく真っ白なジャケットが合わさったタキシードの絵が描かれていた。
赤いベストの方の絵には、腰からふくらはぎ部分までを覆うフリルのようなものがついていた。
それは、まるで小さなウェディングドレスのようだった。
「これって…」
「僕から、二人に結婚のお祝い」
ラウールはふわっと笑いながら、俺たちに素敵な贈り物をしてくれた。
「ラウールが書いてくれたのか?」
「しょっぴー、、僕が絵下手なの知ってるでしょ?こんな感じの衣装にしたいって、うちの衣装部さんに伝えて、デザイン画書いてもらったんだ。」
「すっごく嬉しい。ありがとう」
「喜んでもらえてよかったー!」
「うん、めっちゃいい。涼太にはドレスもタキシードも、どっちも着て欲しかったから、これならどっちも叶う。」
「しょっぴーならそう言うと思ってたんだ。気に入ってもらえて嬉しい。どっちにしろ、うちの衣裳はオーダーで一から作ることになっちゃうから、せっかくなら世界に一つしかないものを贈りたかったの」
ラウールにもう一度「ありがとう」と伝えて、俺たちの打ち合わせは終了した。
「気をつけて帰ってねー!」と元気よく手を振るラウールに、俺たちも手を振り返して車に乗り込んだ。
一週間後、宅急便が届いたので開けてみると、そこには先日デザインを決めた、あの招待状が入っていた。
鮮やかな赤を湛えた薔薇の花びらが、そのカードの右端に散りばめられていて、とても綺麗だった。
これを選んでよかったと思いながら、俺はそのカードを二枚取り出した。予備用として印刷会社さんのご好意で入れてくれていたものだった。
宛名のないカードを机の上に置いて、ペンを握った。
お客さんのオーダーで、デザートのお皿にバースデーメッセージをよく書くので、英語は苦手だが筆記体だけは書ける。
大切な人たちの顔を思い浮かべながら、するすると少し分厚い紙の上にペン先を走らせていった。
「これでよし」
そう言いながらサインペンにキャップをはめて、招待状が汚れてしまわないように箱の中に戻してから、自宅の戸棚にしまった。
今日は阿部と、ラウールと康二とのお泊まり会の日で、翔太は夕方から出かける。
先程から、遠くの方で翔太が
「っぁ“あ”ぁぁ〜行きたくない〜」とごねている声が聞こえてくる。今日は珍しく駄々っ子モードのようだ。
バタバタと聞こえてくる音に、俺は「もう、しょうがないなぁ」と一人呟いて、翔太がいる寝室へ足を運んだ。
翔太は、ボストンバックに服を一枚入れてはぼやいて、一枚詰めては駄々をこねるみたいに床の上をのたうち回っていた。
「そんなにまったりしてたら置いてかれちゃうよ?」
「三日も涼太と会えないとか無理!やだ!行きたくない!」
「お仕事なんだから仕方ないでしょ?」
「やだやだやだぁ〜っ!!」
「子供じゃないんだから、駄々捏ねないの。帰ってきたら次の日お休みなんでしょ?一日中一緒にいるから頑張ってきて?」
「…俺のしたいことなんでもしてもいい?」
「内容によるけどいいよ」
「一緒にお風呂入ってくれる?」
「うん、いいよ」
「寝る時抱き締めさせてくれる?」
「うん、嬉しい」
「ご飯、全部あーんしてくれる?」
「はいはい、翔太のお願いなんでも聞いてあげるから、早く準備終わらせよう?」
「ん”ん“〜……」
「…翔太と一緒にいられるの、あと少しだからキスしたりハグしたりしたかったんだけどなー、寂しいなー」
「今すぐ終わらせる」
やっと起き上がってくれた翔太は、滞在期間中の着替えと、大量のスキンケアグッズ、日焼け対策用の道具をせかせかと鞄に詰め込んでいった。
深澤さんがうちの前まで迎えに来てくれるそうなので、それまでは二階の自宅で翔太と二人でまったりと過ごした。
翔太は、俺と会えない間に尽きてしまうなにかを溜め込んでおくかのように、何度も俺に触れてくれた。
唇がひりついて腫れてしまうんじゃないかってくらいに、角度を変えながら何度もキスをして、手を繋いで、ソファーの上で抱き締め合う。
会えない時は、翔太のことを考えるだけで幸せな気持ちになれる。でも、こうやって、翔太が俺に恋しい気持ちを向けてくれると、同じくらい幸せを感じる。
ただ、二人でぼーっとソファーに座る。
残された時間はあと少し。
手を繋ぎながら、噛み締めるように翔太にもたれる。
「結婚式、楽しみだね」
「おう、涼太の人生の中で一番幸せな日にする」
「ふふ、ありがとう。困ったな」
「ん?」
「だって、翔太がいてくれるなら、俺の人生は毎日が最高に幸せなんだから」
「ぅははッ、ほんと、お前には敵わねぇわ」
視界の端に映る翔太の頬は、夕焼け色をしていた。
「忘れ物ない?」
「ん、大丈夫」
「あ、そうだ。翔太、これ持って行って」
「おう」
「ちゃんと渡してね?」
「わーってるよ」
翔太に、メンバーの方の分の招待状を手渡して念を押すと、翔太は照れ臭そうに頬を掻いた。
車のエンジン音が店の外から聞こえてくる。
ほんの少しのお別れの時間がやってきた。
不思議と淋しくない。
それはきっと、信じてるから。
翔太がまたここに帰って来てくれるって。
そばにいられない時間も、翔太が俺を想っていてくれるって。
俺も翔太を想ってるって。
今日から少しだけお預けになる最後のキスを交わせば、膨らむ翔太の頬。
空気が詰まった真っ白い風船を両の人差し指でつつけば、弾ける小さな口。
控えめな破裂音におかしくなって笑う俺の口を、もう一度翔太が優しく塞ぐ。
「ふふ、いってらっしゃい」
次に翔太に会える日を楽しみにするように、俺は翔太の背中を優しく押した。
翔太はくるっと前を向いて歩きながら左手を振って、ドアを開けた。
To Be Continued………………
コメント
3件
結婚式の準備のところ素敵すぎて…✨💙❤️
いよいよ結婚式ですね😍😍🍀🍀