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裏表のない人は良いと聞く。
でも皆が言う「裏」とは何を示しているんだろう。子どもの頃から、そんな素朴な疑問を抱いていた。
ひとりの少年がいたとして、学校で全然喋らない方が表。家では多弁になるのが裏。そんな風に捉えていたけど、すぐにそれはただの内弁慶だと知る。
両極端な二面性があっても、それが「裏表」とは限らない。成長する過程で、教わらなくても感じ取っていった。
ただ普段は見せない“顔”……。隠している部分がある人間は、裏表がある、と言えるのかもしれない。そして大抵良い部分が「表」、悪い部分が「裏」と分類される。
なら悪人は良い部分が「裏」になるのか?
考えれば考えるほど複雑化していく。親や教師は裏表のない人間になれと口を揃えて言うけれど、そんな人間が果たしてどれだけいるだろう。
誰もが二面生を持っている。心理学者だろうと自己開示を極めた人間だろうと、自分の知らないもうひとりの自分が存在している。
どんなに心優しい人間も心の奥底に譲れない一線があり、そこに踏み込んできた人間に対しては異常なまでに攻撃的になれるはずだ。相手の出方次第で雨にも嵐にもなる。
本当に怖いのは、そう。自分自身も気づいてない、裏の顔。
『……気持ちわるい』
あんな酷いことを、言うつもりなかった。
十年前に自分が親友に放った鋭利な言葉。
正直、あんな台詞を口に出したことに自分が一番驚いていた。
同性愛者だと知られたくなかっただけ。
親友を拒絶する気なんて、傷つける気なんて毛頭なかった。
舌の滑りにしても、もっとマシな台詞があったと思う。
あの時、あの台詞が無意識に出てしまったのは……俺も知らない裏の自分が出てきたからかもしれない。
人を傷つけてでも自分を守りたい、という感情。盾ではなく矛をとった過剰防衛。やり過ぎだが、あの時の自分は誰か別の人間になった気がしていた。
フィルターを通して、秦城清心という人間を見ているようだった。彼が勝手に、親友を傷つける台詞を吐いたのだ。自分ではない、自分はそんなつもりじゃなかった……。
「はぁ……」
そんなくだらない妄想が頭の中を蹂躙する。
どれだけ歳をとろうが、自分が変わらない限り幼稚な言い訳が思いついてしまう。今日も陰険な性格に舌打ちして、夜が更けていった。