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胸の鼓動が収まる気配を見せない。それどころか激しくなる一方だ。まるで、高熱にでも浮かされているかのように。
理由は明白だ。
僕達は今、ひとつのベッドで同じ布団の中にいる。誰と一緒に眠りに就こうとしているのかと問われるならば、幼馴染で僕の恋人である陽向葵であると答えよう。
あれから僕達は少しの勉強を挟んで、明日の学校のためにも早めに寝ることにした。『一緒に寝る』ことになるのは想定していた。あのお風呂場での出来事の後だ。当然と言えば当然のことだ。
流れは必ず集約するのだから。
「――憂くん? 私のこと、嫌いになってない?」
浴室で涙を流していた時に発した時と同様に、葵の言葉には寂しさや切なさが多分に含まれていた。
「嫌いになる理由なんてひとつもないよ。むしろ、僕はより葵のことが好きになっちゃったかな」
嘘をついて葵を安心させようとしているわけではない。心から自然と湧き出してきた僕の本音だ。
「あんなことしたのに? いやらしい女だとか、ふしだらな女だとか、そういうことを思ったりしないの?」
「思わない。ちょっとビックリはしたけどね。でも、葵は僕と離れたくないからこそ泣いてくれたんだ。それだけ僕のことを好きでいてくれてるんだなって、改めて感じさせられたよ。だから嫌う理由なんかこれっぽっちもない」
「――ありがとう」
安堵した葵の言葉をシグナルにして、僕と葵は抱き合った。
ふたつの心をひとつにするために。
そして溶け合う。葵の優しい体温と僕の体温が。恋人同士ってこんな感じなんだと改めて気付かされた。
「ねえ葵? ひとつ訊いてもいいかな? どうしてさっき、お風呂場で僕のことを誘惑しようなんて思ったの?」
葵は僕の胸に顔を埋めた。
そして教えてくれた。「私だけの憂くんにしたかったから」と。
「そっか――」
少しの沈黙が訪れる中、僕は思い出していた。葵と時間を共にした大切な思い出を。昔からそうだった。寂しがり屋で、泣き虫で、ちょっとしたことで不安がる、僕の隣にいつも一緒にいてくれた葵のことを。
そんな思い出を共有したいと、僕はギュッと力強く葵を抱き締め返した。葵も同じようなことを思い出していたのかもしれない。さっきまでよりも深く、僕の胸に両腕を回してきてくれた。気強い意志を持って抱き締め直すために。
葵の果実の感触が僕の鼓動をより速くする。Tシャツだけで下着を着けていないのか、葵のそれの柔らかさが僕の全てを支配した。
「――変なこと訊いてもいい?」
「いいよ。でも、変なことって?」
「や、やっぱり憂くんも竹ちゃんの胸を、さ、触ってみたいとか考えたりするの? ほら。男の子って大きい方が好きだって言うし」
葵を不安がらせている原因は僕にあふことに間違いはない。
けど、竹田さんに告白されたと葵に言ってからずっとこの調子だ。弱くて鈍い僕と、竹田さんの件があったから、ここまで葵のことを追い詰めてしまったのだろう。
「そりゃ触ってみたいかもね」
その刹那。葵は顔色を曇らせた。だからこそ、僕は言葉を紡ぎ続ける。
「触ってみたいけど、ただの好奇心かな。だから、触りたいと思ってもまず触らないだろうね。僕には葵がいるんだから」
それに――と。僕は葵に理由を伝える。
「それに、仮に触ったところで何も感じないと思うし、葵以外の女子の胸なんかに興奮なんかしない。葵だから、僕はこんなにも胸をドキドキさせてるんだ。だから、これからもずっと『葵だけの憂くん』で僕はいたいんだ」
それを聞いて、ようやく葵の表情にいつもの柔らかさが戻ってきた。向日葵のように常に太陽を向いている、あの秀麗な笑顔と一緒に。
「あははっ! もーう。本当に憂くんってデリカシーないよね。彼女の前で他の人の胸を触ってみたいとか。そんなこと普通言わないって」
「嘘を付くよりずっといいでしょ」
「そうだね。だから私は憂くんのことを好きになったんだと思う」
結局のところ、僕達はやっぱり似た者同士なんだ。
恋に臆病で、とても弱くて、そして怖がりで。だからこそ、惹かれ合ったんだ。陰地憂と陽向葵は。
気付けば、僕と葵の唇は重なり合っていた。幼馴染という関係もあって長い間ひた隠しにしてきた想いを開放し、心の隙間を余るかのようにして。
「電気、消すね」
葵は一度ベッドから立ち上がり、ローテーブルの上に置いてあったリモコンを手に取って照明を落とした。
薄暗さにまだ目が慣れていない中、葵がTシャツを脱ぎ捨てる様子がぼんやりと見えた。そして再度布団の中に戻り、僕のことを抱き締め直す。
「――もう、我慢しないね」
僕達は幾度となく唇を重ね、お互いのを求め合った。
「憂くんはもう、私だけのものだから」
「僕だけじゃないよ。葵もだからね」
そして、僕達は重なり合った。
心も。
そして、体も――。
* * *
「あ! 葵ちゃんおはよーう!」
翌日。
僕と葵は一緒に登校し、教室へと入っていった。そこに、朝の挨拶と共に駆け寄ってきた竹田さん。
葵は罪悪感でも感じているのか、曇り空のような少し暗い表情を見せた。それを見て、竹田さんはぷくりと膨れっ面を作った。
そして――
「フンッ!!」
「ウッ……!!」
竹田さんは何故か僕にボディーブローを繰り出してきた。ピンポイントで溝落ちを狙って。い、息ができない……。
「あ、あの……竹田さん? ど、どうして僕のことを……」
「だって葵ちゃんが暗い顔をしてるんだもん。それがなーんか腹が立って。あははっ!」
「そ、それでなんで僕が殴られなきゃいけないの……」
「そこに陰地くんがいたから」
「『そこに山があるから』みたいに言わないでよ……」
「えー。でも葵ちゃんに腹パン食らわせたら可哀想じゃん。それにぶっちゃけ、陰地くんにも腹が立ってたし。だって私の告白を断ってきたんだよ? 勇気を振り絞ってやっと言えたのにさ」
教室中が一気にざわめき出した。竹田さんさあ……わざと大きな声で言うことないでしょ。そういうのってお互い隠すことだと思うんですけど。
「ご、ごめんね竹ちゃん。その……わ、私……」
「なんで謝るの? せっかくスッキリしたと思ったのにまた腹が立ってきた。というわけで。陰地くん、もう一発腹パンさせて」
「や、やめてください竹田様……」
竹田さんはとことこと葵の眼前に立ち、肩の上にポンッと優しく手を置いた。
「葵ちゃん? 私、恨んでも妬んでもいないから。だからそんな顔をしちゃダメだよ? 葵ちゃんはいつもみたいに笑顔でいなきゃ」
「で、でも、それじゃ……」
竹田さんは慈しみをいっぱいに含んだ笑顔を葵に向けた。
「『でも』じゃないの! 同情とかそういうのって、ただただ人を傷付けることもあるんだよ?」
「それは……わ、分かってる」
「あのね。私は葵ちゃんのことをずっと応援してるから。その気持ちはずっと、ずっと変わらない。それだけは覚えておいてね。じゃないと、陰地くんがまたお腹殴られて苦しむことになるよ?」
だからなんで僕が――と思っていた矢先。竹田さんは、まるでお手本を見せるかのようにして、満面の笑みを浮かべてみせた。
「こういう時は堂々としてなきゃダメだよ? 葵ちゃん。今は無理やりにでも笑おう。じゃないと、私がまた陰地くんのこと好きになっちゃうよ?」
竹田さんの愛のある叱咤を聞いて、少し俯き加減だった葵も顔を上げた。
そして――
「ありがとう、竹ちゃん」
こちらを見ている人全員の心を奪うかのような、素敵であり、魅力的で魅惑的な笑顔を顔いっぱいに咲かせてみせた。
それを見て、竹田さんは嬉しそうに目尻を下げ、頷く。
「それでこそ葵ちゃんだよ。にしても」
竹田さんは僕と葵を交互に見やった。
「なーんか二人とも妙にぎこちないなあ。なになに? もしかして昨夜でついに一線を越えちゃった? スク水でも着て一緒にお風呂に入ったり、Cまで行っちゃったりした? ヤバッ。鼻血出そう」
竹田さん。キミって絶対にエスパーか何かでしょ。あと、毎日ティッシュを持ち歩きなさい。教室中が垂らした鼻血でいっぱいになっちゃうから。
『幼馴染の陽向葵はポジティブがすぎる』
第3章 章末