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全ての依頼を無事に完了したので、冒険者ギルドに足を伸ばす。
扉を開けると、途端に中の空気が変わった。
ギルド職員の緊張感が冒険者たちに波及した感じだ。
「依頼完了しました。確認をお願いいたします」
カウンターに行けばギルド長が現れたので、前に行ってギルドカードを差し出す。
「お預かりします……全て水晶評価、ですか。これだけ内容が違う依頼に完璧な対応ができるのはすばらしいことです。ギルドマスター権限で、銅へランクアップさせていただきます」
「銅、ですか?」
二つほど飛ばしてのランクアップ。
ラノベ的には、そこまで派手でもない。
今でも十分に人目を引いている自覚はあるけれど、絡んでくる者が減ったと思えば、有り難いくらいだ。
「はい。守護獣たちの強さも考慮いたしました」
「考慮して、これかのぅ?」
「貴方方の戦闘の強さだけでしたら、金でも問題ありません。しかし急激なランクアップは必要以上に人目についてしまう。それを望まれないかと思いましたので、銅とさせていただきました」
仲がよろしくないらしい彩絲への対応も全く問題はない。
最初からこうであったなら、かなりの好印象だったのだが、すんでしまった過去を憂いても仕方ないだろう。
「ありがとうございます。それでは、こちらをどうぞ」
情報が書き込まれた、新しい銅のギルドカードが手渡される。
これで当初の目標だったランクアップは、想像していたよりも早く達成できてしまった。
食事をしながら、今後の予定を考え直す必要もあるだろう。
「宿や食事処などの紹介は必要でしょうか?」
「何件かあてがあるので、気持ちだけいただきます。ありがとう」
「将来有望な方へのサービスは惜しみません。必要の際はお声がけくださいませ」
ギルド長お薦めの宿や食事処も気にはなったが、今日行くべき所は既に決まっている。
機会があれば、聞くとしよう。
夜に向く依頼もあるからと、掲示板を覗いていた二人に声をかけてギルドをあとにする。
扉越しに緊張感が一気に解放されるのを感じて、思わず笑ってしまった。
獣肉萌館に宿泊の予約を入れてから、フルコース無料券をもらった店、ラフレ・シアンへ向かう。
匂いの強い料理に特化した店なのかしら? と改めて首を傾げてしまったのは、ここだけの話だ。
聞いたメニューを考えるとフランス料理かイタリア料理っぽい系列の気がする。
異世界の食材が楽しみだ。
「いらっしゃいませ! ようこそ、ラフレ・シアンへ!」
扉を開けた途端、元気な声がかけられる。
「ふむ。あの馬鹿野郎はいないようじゃの」
「中に引っ込んでいるかもよ?」
ひそひそとやりとりする二人の隣で、店員に声をかけた。
「きちんとした予約は入れていないのだけれど、店長さんに今夜伺うと言った者です。
私はアリッサ。連れは守護獣の彩絲と雪華と申します」
「店長をお呼びいたします。大変恐縮ですが、今少しお待ちくださいませ」
丁寧な対応が更に凄くなった。
やはり二人は有名人なのだろう。
「おぅ! 待ってたぞ! 三人分のスペシャルフルコース。ちゃんと用意してるからな!」
店長が両手で手を振りながら迎えてくれる。
大歓迎だ。
「うむ。楽しみじゃ、ブラックサモンのムニエール」
「私はジャンボスネイクを使った料理があれば嬉しいかなぁ」
「……共食いじゃな」
「正確には違うでしょ! それに彩絲だって、蜘蛛を食べるじゃん!」
「ゴールデンスッパイダは、クリーミーで美味じゃぞ?」
「ブラックサモンは魚料理、ジャンボスネイクはアミューズで使ったぞ。ゴールデンスッパイダは、ミニプリンならできそうだが……どうする?」
「追加料金は払うので、是非お願いしたい!」
クリーミーな蜘蛛……昆虫食はなぁと思うも、形が残っていないのなら、食べられるかと思い直して、黙っておく。
丁寧に掃除が行き届いてはいるが、そこまで高級感はない店内を突っ切って個室へ案内される。
通された個室は、別世界か! と叫びたくなる豪奢具合だった。
引いてもらった椅子の、背もたれの装飾を壊しそうで、もたれかかるのを躊躇う。
彩絲と雪華は慣れているのだろう、全く気にしない様子で寛いでいる。
「食前酒はスイーティーモーレンのスパークリングワイン。ミネラルウォーターは最近流行のビューティーウォーターに、パープルベリーの果汁を落としこんだ物だ。他に頼みたい物はあるか?」
「取りあえずはいいかな。飲み物が切れたらお薦めを聞くよ」
「おうよ! では、アミューズを運ばせよう」
流れるような所作でワインが注がれる。
フルートグラスの中で弾ける気泡の音が静かに響く。
運ばれてきたアミューズは、楕円皿の中央にこぢんまりと重ねられた彩り豊かな野菜のミルフィーユ。
どうやらこの中にジャンボスネイクが隠れているらしい。
しゃきしゃきの食感の中、やわらかな歯ごたえを感じる。
鶏のささみのような味と食感だ。
淡泊で匂いが薄い。
皿の横に描くように置かれたニンジンのソースをたっぷりとつけると、肉の甘みも増した。
初めての蛇料理はとても食べやすく、違う食べ方もしてみたい。
「次は、前菜だぞ」
「六種類もあるんじゃな!」
「普通は三種類なんだけどな……いろいろ食べさせたいと思ったら、倍になった。これでも絞り込んだんだぞ?」
イケメンスタッフが運んでくれた丸い大皿には、一口サイズの前菜が六種類盛り込まれている。
「順番に説明するぞ。この黒くて丸い物は、名付けもまだの新種キノッコ。汚れを取ってパウダーソルトをかけてある。隣がコッコームハムハ。隣がくり抜いたミニトマトゥにのぶたんのレバーペイストを詰め込んだ物。隣がギンメのマリネ。隣がズーチ入りイモッコのフリッター、赤パップリンを乾燥させて粉末にした物をかけた。最後はブッカとダイコーンのオイル蒸しになっておる。味はしっかりつけてあるからな。そのまま堪能してくれ」
まるで絵皿のように綺麗な盛り付けにうっとりする私の両隣で、二人は即座に舌鼓を打ち始めた。
「新種のキノッコは食感がすばらしい! 見つけた者の名前をつけるのが無難じゃろ?」
固めの林檎を食べているのに似た食感だった。
キノコは出汁が最強と考えていたけれど、新種キノコの食感が斬新で好み過ぎた。
これは生のままで食べるべき物だ。
火を入れて食感が変わってしまったら寂しい。
薄くスライスしてサラダに散らしても美味しい気がする。
パウダー状の塩気で程良く味にもアクセントがついているのが、料理人としての矜持だろう。
「一般人なんでしょ。だから名前がつけられない。御方様なら、馬鹿らしいと笑われるね。それにしてもコッコームハムハが美味しいわ。こんなジューシーなムハムハは初めて!」
向こうでの鶏ハム。
一時期ブームになったとき、夫が作ってくれ、私も作ったのを思い出して首を振る。
一輪の薔薇の花に見立てて盛り付けてあったので、崩すのが勿体なかった。
ジューシーでやわらかく、意外にもあっさりしている。
白胡椒の小さな粒が花粉に見立てて入っていた。
香りと食感にアクセントがつくのも好ましい。
「これはのぶたんの亜種から取った希少部位の白レバーを使ったペイストだ。味もさることながら色も自慢の一品だぞ!」
店長の説明通り、紅色に近いミニトマトの中に真っ白いレバーペーストが入っている様子は目にも鮮やかだ。
白レバーは普通のレバーより臭みがなく、更に牛乳系の素材でよくよく漉して練り上げているのだろう、舌触りも最高になめらかだ。
トマトの酸味が加わると濃厚すぎないのがポイントな気がする。
「ワカサギ……に、似てるかな?」
ギンメはサイズといい、味といいワカサギだった。
こちらの方が苦みに嫌味がなく食べやすい。
酢は効き過ぎずに、三種類の野菜、ニンジン、ピーマン、赤パプリカに似た異世界野菜が千切りで、絶妙に味が絡んでいた。
夫と一緒にワカサギ釣りに行って、二人揃っての凄まじい漁猟に、ワカサギ釣りマスターの称号をふざけてつけられた、観光地での思い出が蘇った。
食事を堪能しようと決めたのに、夫の顔ばかりが浮かぶ。
「ほほぅ。イモッコをこんな食べ方をしたのは初めてじゃのぅ」
彩絲の感心していた、ジャガイモのフリッターチーズ入りは、ちょっと洒落た感じにジャガイモを食べたいときの料理という印象が強い。
粉末状の赤パプリカも、向こうでは調味料コーナーに必ずある物だ。
ここにきて、馴染みのある味に、ますます想いが募る。
食事を一端中断して、夫に謝罪をした方がいいのだろうか。
「オイル蒸しはダイエットに効果的と聞くけど……本当なのかしらん?」
味付けとして油を少量しか使わないから、ダイエット料理として有効という話を夫と一緒にテレビで見ていた。
夫も頷いていたので、間違いはなさそう、と雪華に告げかける。
何故か涙が頬を滑った瞬間。
視界が切り替わった。
真っ暗闇の中でぎゅうぎゅうと誰かに抱き締められる。
必死の抱擁は、夫によるものだ。
何一つ見えなくても、間違えはしない。
「全部私が悪かったの。ごめんなさい。喬人さん」
縋るように抱き返せば、視界が一気に明るくなった。
眩さに目を細めて、光が緩やかに二人を照らす頃に、しっかりと目を開ける。
少しやつれたように見える夫の姿があった。
「無茶、させたよね? 今もさせているよね? それも、ごめんなさい」
「いえ。私の方こそ、すみませんでした。貴女のためと自分で決めておきながら、そばにいられない八つ当たりを彼女たちにしてしまった。今夜夢の中で、きちんと説明して謝罪をしておきます」
「うん。そうしてもらえると私も嬉しい……こっちの御飯も美味しくてね。今も、御飯をいただいているところなんだけど……喬人さんと一緒に食べたいなぁって、思ったよ」
「ラフレ・シアン。高評価をしたくなるお店ですよね。お孫さんは残念に育ってしまったようですが」
「あのままなの、馬鹿孫は」
「知っていますが、内緒にさせてください」
「ああ。タイムパトロールが来ちゃう?」
オタクでは結構信じている人が多いのではないかという、出所はどこかのSF小説辺りかと推察する都市伝説。
時空を操ってはいけない。
歴史をねじ曲げてはいけない。
どこからともなく最強のタイムパトロールがやってきて、排除されてしまうから。
「それとも、喬人さんがタイムパトロール?」
私が眠っている間に、もしかしたらこうして私と話している間にも一瞬だけ時間を止めて。
こっそりと職務を全うしている姿を想像する。
是非ともそんな攻略対象がいる乙女ゲームを出してほしい!