テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
こちらの茨さん🖌️
35
71,560
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
この場で湯に浸かると決めたシトリンは、一つの躊躇いも無く登山着を脱いでいく。 グローブ、ブーツ、靴下、ジャケット………脱いだ服を、まるで洗濯籠にでも放り込むように、ロシュフォールの腕に積み重ねていく。
登山着は、身を守るための服なので、露出面積は極めて少ない。ドレス姿も、ドレスという物はそもそも、フリルなどで身体のシルエットが分かりづらいようにデザインされている。
そのお姫様が、今まさに一糸纏わぬ姿を晒そうとしているのだ。
下賤の者からすると、王国の宝物庫の奥に突っ込まれた秘宝を拝むような気分だ。
有難いというより、畏れ多い気分の方が強い、無論いやらしい考えなど湧かせる余地もない。
シトリンがいよいよ下着をも脱ぎ捨てると、今までどぎまぎとしていた男衆が、はっと息を呑んで固まった。
そこにあったのは、石膏像のように白く、艷やかで、汚れの一つも無い、まるで美術品のような肢体だった。
美しい、否、美しいという枠組みを超え、神聖なものを感じさせる。神の御身を現した偶像のような、高潔さを感じさせる。
外から射し込む僅かな光と、篝火だけの暗い洞内なのに、そこだけ満月の光でも当たったかのように、輝いて見える。
細い手足に細身の体、年の割に幼気な体付きが性的な視点を排除し、神聖さに磨きをかけている。
先程男衆は、王国秘蔵の宝でも見させられるような気分になっていたが、シトリンの肉体美は、そのまま宝物庫に収まっていてもおかしくはないとさえ思えた。
シトリンは、キリリと勝ち気な顔のまま、赤竜が浸かる湯船へと向かう。
先程の語気を強めた命令口調の合わせると、まるで戦地に赴く将のようだが、今からするのは当然ながら入浴である。
「失礼いたします」
シトリンは、臍の高さほどの縁を乗り越え、足を湯に浸けると、思わず感嘆の声を上げた。
「あぁ……これは……」
かつての人々が、夢中になったのも分かる。城にもバスタブくらいあるが、一人分のスペースに、沸かした湯と冷水を混ぜたぬるま湯を、座ってようやく腰まで浸かる程度の水位まで貯め、身体を洗うためのものだ。
ここは違う。地面に湧き出す自然の湯で、天然の巨大なバスタブだ。
大量の湯が溜まった広々とした湯船は、ここが暗い洞窟の中だと忘れてしまいそうな開放感を覚えさせてくれる。
ざぶざぶと足で湯をかき分けながら進む。足に絡みつく温かな湯が、上半身さえも温めるような心地がしてくる。
「いつまでも立っていないで、腰を下ろすといい。昔の者は、皆そうしておったぞ」
シトリンの頭上から、赤竜の声が降ってきた。いつもと変わらぬ声であるはずなのに、いつもより優しげに響いた。
シトリンは、その言葉に従ってゆっくりと腰を下ろす。水底は岩肌のはずなのに、不思議とざらつきを感じない。
「あぁ………」
鎖骨の辺りまで浸かると、さっきまでの怒気はどこへやら。今は恍惚とした表情を浮かべた。
全身が温かな湯に包まれるという体験。ほとんど初めての体験だが、本能的に心地良い事だと理解出来る。
「どうだ?下々の者を呼んでも、問題なさそうか?」
「え……ええ、問題ありません……きっと、喜んでくれると思います……」
温かな湯であまりにもリラックスしすぎて、危うく入浴した目的を忘れる所だった。
安全な事は確認出来たし、それどころか、広い湯船がこれほどに素晴らしとは予想外だ。
これだけの快適性を、皆に教えてあげたい。人を呼ぶのが楽しみになってしまう。
「そうか、それは良かったな。それはそれとして………」
赤竜は、この状況に呆然としている男衆に目をやった。男衆は普段なら、竜に睨まれたら震え上がって縮こまるのだが、状況が状況なので、睨まれている事にさえ気づいていない。
「これ、湯汲みの手が止まっておるぞ。シトリンが叱らぬのなら、儂が折檻してやるからそう思え」
久々に出した、意図的なガラガラ声が洞窟内に響く。
その一声で、男衆は我に帰り、慌てて作業を再開した。
大慌てで湯を汲み、必死に運び出す男衆。その姿は実に滑稽で、赤竜は笑いを堪えながら眺めていた。