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王宮の広すぎる庭。
天気がよく 心地よい風が吹いている。
「……」
夕方になる前の庭にぽつんとある木のベンチに腰を掛け ぼーっとしているのは、この国の第三皇女のソフィア・フォレストである。
長いキラキラとした銀髪に宝石のような反射で 赤やピンク色にもなる目。
この目の色のせいで皆からは気味悪がられているようだ。
( 本でも持ってくれば良かった )
久しぶりに外に出たソフィアだったが無計画に出たため、たくさんの花やきれいに整えられた草木を眺めるくらいしかやることがない。
こんなにも天気が良いのに…ただぼーっとしているだけなのは勿体無い気がした。
そんなことを考えていると、こちらに 誰かが走ってくるのが見える。
「ハァ…ハァ…お嬢 ! 」
頭に葉っぱをつけたままこちらに走ってきたのは 庭の管理をしてくれている庭師の一人の ノルンだった。
茶髪に茶色目とありふれた見た目の男性。騎士にも負けないような体つきで熊のような人だ。
「どうしたの ? 」
城内ですれ違えば笑顔で挨拶してくれるノルンが こんなに慌てている姿は違和感が残る。
それほど大変なことがあったんだろう。
ノルンは息を整えた後、気持ちを落ち着かせながら口を開ける。
「そ、それが、陛下の執事が庭に来て…」
庭に陛下の使いが…?
ソフィアは、珍しさに目を少し見開き驚く。
陛下の使いが あまり所要で庭に来ることはない。仕事関係や陛下が庭に出たときは来ることがあるかもしれないが、それはごく僅かだ。
庭師であるノルンがソフィアを探し、わざわざ走ることになるような言伝てをしにきたということは…
ソフィアはなんとなく、次の言葉がわかる気がした。
「…会いたくない」
ノルンには聞こえない程度で呟く。
ノルンが私を探し 慌てた様子なのは
「陛下がお呼びだそうです」
このことを伝えるためだろう。
「…わかった」
「お嬢」
ノルンが悲しげな表情で見てくる。
私が 周りから良く思われていないから陛下やそのまわりに、何かされないか
不安なのかもしれない。
私が王宮にいる人達に嫌われているのは周知の事実である。
嫌われているのは この目や髪のせいでもあるが、ほとんどの理由は魔法や魔力を見せたことがないからソフィアが魔法を使えないと思われているようだ。
貴族は、夜会やパーティーなどで自分が使える魔法をお披露目するという謎のルールがあり、そこで魔法を人に見せるのだが、いつまでたってもお披露目しないソフィアに貴族の間で疑いの噂や良くない決めつけが起こっているらしい。しかし、ソフィアは一応皇女であるため直接暴こうとするものや直接暴力をするものはいなかった。
ソフィアは母を亡くしたときから、暴走を防ぐため 魔力を意図的に制御し、一部の魔力は幼少期の頃 母がどこかに封印してしまった。本当はソフィアも魔力を持っているし魔法も使える。だが、魔法を使って 人前で暴走などしたら…死人が出ると母に注意され、今まで人前ではあまり魔力を表に出さなかった。
幼少期に魔力を暴走させ怪我人を出したソフィアは人前で魔法を使うのを躊躇っているのだ。
そのため、周りの人からは魔法が全く使えないと思われ、奴隷と同等かそれ以下として認識されている。
この世界の奴隷以外の人間は皆魔力を持ち、学習できる貴族は魔法が必ず使えるとされていた。魔力量や魔法を使いこなせるかで地位や職種が大体決まる事もあるのだから相当大事な能力なのだろう。
最近は平民でも教育が設けられ魔法が普及されてきている。魔法は日常的に使えればとても便利だという認識だが、魔法を使うための魔力量が少ない人やそもそも魔力があっても魔法が使えない平民も多いため、いざというときのための魔法の教育を取り入れたらしい。
侍女や執事、宮廷魔導師は特に、強い魔法が使える貴族に憧れて仕える平民も少なくない。
皇族とはいえ 魔法が全く使えない奴隷と同等の私には、媚び売りも仕える必要も感じないのだろう。
そんな中でも庭師であるノルンは唯一ソフィアを皇族としてみてくれている。
「心配してくれてありがとうございます。ですが、陛下はそのようなことをなさる方ではありませんよ」
座っていたベンチから立ち上がり、淡々と笑顔でノルンにそう告げる。
「…そうですよね」
仕方がないという表情だ。
ノルンはとても良い人だが、たまにソフィアと関わっていることで 他の仕事仲間からいじめられていないか不安になる。
「では……」
ノルンにお礼を言い 急いで陛下の元へ向かう。
広い城内を歩き、陛下がいる部屋の扉の前まで来たが…騎士に部屋に入ることを止められていた。
「本当に陛下が貴様を呼んだのか ? 」
まだ若い青年、王宮騎士特有の赤と黒色の制服を着ている。
どうやら 陛下に呼ばれたことを疑われて
いるらしい。
「そう聞いています」
剣を腰にぶら下げている騎士に威圧的にされても気にせず返答するソフィア。
この騎士は陛下の部屋の前で常に見張っている門番のような人なのだろう。
(槍でも剣でも向けてくれたらそれを理由に部屋に帰れるのに)
正直このような足止めが毎回あるため、外に出るのは面倒…いや、時間が無駄にされることが多いのである。だからソフィアはあまり部屋から出ない。今日陛下に呼ばれたのは、久しぶりにソフィアが部屋から出たためだろう。
数分間、騎士と話をしていると部屋の扉がキィ…と開く。
「何の騒ぎだ」
「… !! 」
扉から出てきたのは紛れもなく陛下だった。
部屋の前で騒がしくしすぎたのか部屋の中まで声が聞こえていたらしい。
金髪 金眼で身長も高く 見た目はとても若いが威厳を感じる。
フォレスト帝国の皇帝、ロイベル・リオ・フォレストは ソフィアの実父である。
「…この国の太陽に挨拶を申し上げます」
一緒にいた騎士は驚きながら膝を付き 、 ソフィアはワンピースの裾を持ち上げ姿勢良く挨拶する。
ロイベルは顔を上げさせた後、 騎士を睨みながらソフィアを部屋の中に通した。
「陛下、さっそくですがご用件を聴きたく存じます」
ソフィアは部屋に入り、扉の前で直ぐに用件が何かと聞いた。陛下は客用の赤い高級そうなソファに座り用意された茶を飲もうとしている。とても絵になる光景だ。
ソフィアはこの部屋に入ったことがなかったため少し部屋を横目で見渡す。
…陛下の執務室、とても広いというわけではなく必要最低限の家具が置かれ、仕事部屋として環境が良さそうな場所。
「うむ…」
ロイベルは部屋の中にいた臣下などをさげたのだろう。
部屋にはソフィアとロイベルしかおらず、
後は仕事机、大量の書類や財政関連の本などがある。
見るだけで陛下の苦労と多忙がわかるような量だ。
( 用件を聞いたらすぐに部屋に戻ろう…)
「……」
「……? 」
陛下が黙ってしまわれた。
何か言葉を選んでいるような、とても難しい顔で考えている。
「陛下 ? 」
呼んでみると、はっとしたように気がつき軽いため息と共に渋々言葉を発した。
「…最近、変わったことや何かあったかを 聞きたい」
変わったこと?
えっと、それはつまり……近況報告?
少し言葉が 物足りないが、そういうこと
だろう。
なにか事件があったのかもしれない。
「特には何もないかと思われます。王宮は騎士が見守っていますし……」
そう言うと、ロイベルは違うと言わんばかりに首を横に振る。
「違う。城ではなくソフィの近況だ」
ソフィとはソフィアの愛称で 今のところ陛下だけに呼ばれている。
陛下は他の者とは違い、誰にでも平等に扱い 誰かひとりを贔屓することはない。
それにソフィアや魔法が使えない者をいじるようなこともない。
ソフィアだけではなく全員にこの質問をしているとすると、そうとうな事件があったのかも。
「私の? 」
ロイベルは大きく頷く。
だが、普段引きこもっている私の近況を聞いて何か情報が手に入るだろうか。
「特に変わったことはありませんが…」
「そうか、身体の調子はどうだ ? 」
身体の具合?
さっきの質問よりも 探りを入れるような目付きになるロイベル。事件などに関係なく探りをいれているのだろうか。
この手の質問は、前科があるため 余計に疑われているのだろう。
当然、陛下に嘘は通用しないだろうが隠せない訳ではない。
ソフィアは具合は悪いがそこまででもない、という風なことをいうことにした。
「…天候の関係で少し拗らせていますが問題はありません」
「医者を…」
「大丈夫です」
ロイベルが医者を呼ぼうとしていたので嫌だと即答した。
ロイベルがシュンとしている 気がするが 気のせいである。
「…陛下の調子はいかがですか? 」
気まずくなってしまったので、きかれて聞き返さないのもどうかときいてみたが…。
きかれると思っていなかったのか腕を組んで座ったまま固まっている。
「…特には。仕事は多いが休息も取れているからな 」
顔をフイッと机があるほうに向けるロイベル。
この数年は他国の内政が安定せず、この国でも数ヶ月はいつもより城内がバタバタと慌ただしい様子だった。陛下の目の下には隈が出来ていて、少しやつれているように見える。
誰か見ても、忙しいのだろうなと思うだろう。
「そうですか。皆は陛下がいつでも健康でいることを願っております。お身体にはお気をつけてくださいませ」
これ以上は、休息の邪魔になるだろうとお辞儀をしてそのまま帰ろうと振り返るが、ドアノブに手をかけたところで 、扉に紫色の魔法陣が浮かび上がる。
「待ちなさい」
ロイベルに素早く魔法で扉を
開けられないようにされてしまった。
「…陛下」
まだ何かあるのかと言わんばかりに陛下を見つめるが 、気にせず陛下が話し始めたため諦めた。
「欲しいものや してほしいことはあるか? 」
それから、客用のソファに座らせられた。
新しく侍女に用意させた紅茶とお菓子が机の上に広がり、向かいの椅子にはロイベルが座っている。
「ありません。それより、お仕事は大丈夫なのですか? 」
少しぶっきらぼうに質問する。自分は忙しいはずなのにソフィアを足止めしてまで話すことだろうか。
「大丈夫だ…というより、お前と話をしたくて数日 頑張ったんだ。少しは付き合ってくれ」
私と…… ?
思わず首を傾げてしまった。
それを見たロイベルは悲しげな表情になった。
「王と皇女としてではなく、父と娘として色々話をしたかったのだ」
「今更だがな…」とボソッと聞こえた。
その後、机に置かれたクッキーを気まずそうに手に取り口に運ぶ。
ロイベルは温厚な性格で、魔法や剣術に関しても右に出るものはいない程強い。
だから、国民にも臣下にも誰からにも愛されている。
もちろんソフィアもその一人だ。
だからこそ、ソフィアはあまりロイベルには関わりたくないと思う。
「そうですか…」
娘と言われても実感が湧かない。
ロイベルときちんと話をしたのはもう約3年ぶりだ。
仕事に追われている陛下と、夜会やお茶会、パーティーにも顔を出さない引きこもりの第三皇女。
他の血の繋がりのない皇女や皇子にもあまり会わないのだ。
忙しいロイベルでも、ソフィアが皆に嫌われていることはわかっているはず。
何もできない皇女は、放置か道具にするのが
基本だと思う。
呼ばれて、面倒とは思っていても いけないと考えてもソフィアは少しだけ嬉しかった。
「陛下」
「ん? 」
今、娘として自分の夢を伝えたら 陛下はどう反応するだろうか。
「……」
今はまだ年齢的に早いだろうか。
言ったらそれこそ 道具としてどこかに嫁がせられるかもしれない。
「なんだ? 言ってみなさい」
…… !
陛下に気を使わせてしまった。
今しか話すチャンスがないかもしれない。
ソフィアは気恥ずかしそうに勇気を出した。
「わ、私は…城から出て、平民として暮らしながら旅に出たいのです! 」
平民として生きるというのは、皇族の名前を捨て 二度と王宮には戻らないということ。
血の繋がった 家族とも 他人になる。
そして、旅をしたいのは単純に色んな所に行ってみたいと思ったからである。だが、それは皇女という立場ではなかなか難しいことだった。
「へ!? 」
ゴトッ
ロイベルが持っていた空のティーカップが赤色の絨毯の上に落ちた。
ロイベルは普段絶対に見せないような顔と声になっている。
少し顔が歪みそうになったが、我慢した。
「ぜっっったいにダメだ!! 」
身を乗り出し否定された。
否定されるとは思っていたがそこまでとは。
ロイベルは我を忘れ、ブツブツとなにか言っている。
「一応理由を聞いても? 」
「…ソフィはまだ子供だし? それに…」
外に出たら、今まで以上にひどい目に合うかもしれない、と考えているのだろう。
それは、親としての反応だろうか。
皇族の血筋を外には出せないというのが 本音なのかもしれない。
第三皇女の容姿は世間に知れわたっている。
魔法による変装や髪などの変色はできるものの、変装魔法は速攻でバレてしまうだろう。
かといってそのままの姿では、色んな犯罪に巻き込まれる。
「わかっています。それは承知の上です 」
ソフィアは背筋を伸ばし胸を張る。
その格好はあまり少女には似合わない。
「強いのは父として誇らしいが、それでも
ダメだ。お前はまだ十五才だろう? 」
本当は先週で十六だが、それは余計なことなので言わない。
「…」
その時、扉からノック音が聞こえた。
ソフィアが扉に向かおうとしたが、ロイベルに手で止められた。
「何だ 」
「公爵様がいらしております」
扉越しに侍女らしき声が聞こえる。
陛下は仕事に戻る時間帯だ。
「まだ 取り込み中…」
ロイベルが断ろうとしたが、ソフィアは仕事の邪魔になる。それにこれ以上は話しても意味がなさそうだ。
「陛下、それでは そろそろ…」
そう言い足早に部屋を出た。
去り際に、「なっ!? ……恨むぞ公爵」
というのがぼそっと聞こえたが 聞こえてい ないフリをした。
また広い城内を数分歩き、ソフィアは王宮の一番端にある 十二畳ほどの質素な部屋に戻ってきた。
扉を開け 中に入る。
「はぁ…陛下にはバレなかったみたい」
正直、身体が発熱してきていて 悲鳴をあげているように頭痛が酷かった。
我慢できない程ではないが、倦怠感があり、これ以上は動きたくないと思うくらい身体が重い。
部屋に入ったところでよろよろと数歩進み、そのままソフィアは倒れこむように寝そべり、冷たい床でそのまま気絶するように眠るのだった。