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#吉田仁人
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#2 隣人の生活力
ーjntー
午後7時。
やっと荷解きが終わり、俺はテーブルに突っ伏していた。
エアコンが面倒くさそうに送風をしている音だけが聞こえて、
外は真っ暗で、月明かりが夜道を照らしている。
「………夕飯…。」
ゆっくりと目を開ける。
仕方なく起き上がり、キッチンに向かった。
新品な台上には、シミひとつないコンロ。
……なんか、勿体無いな。
そんなこと言っていたら一生使えないって分かってるのに、汚したくない。
今日は外食でもいいのか…?
いやでも、初だし…せっかくなら料理しても…。
つべこべと考えていると、俺はふと思い出した。
そういえば、お隣さんとの挨拶って…。
今朝の騒音のことも含め、顔は合わせた方がいいよな。
……でも、ちょっと怖いよな…。
う〜〜ん…………。
「……とりあえず外出よ。」
考えても埒があかないので、俺は一旦玄関に向かった。
靴を出そうと、棚に手をかける。
その時。
ボッッッッッ
なにかが爆発するような、乾いた音が響いた。
『うわぁっっっ!?!?!?』
そして、壁越しに聞こえる声。
……また、隣だ。
とても生活音だとは思えない。
……もしかして、なにかあったんじゃ…?
少し急いで玄関を出て、隣の部屋のインターホンを押す。
……少しの沈黙。
けれど、すぐに反応が来た。
『はっ、はい!!はいっ!!!』
息の上がった、男性の声。
声色からして…同い年くらいだろう。
さっきの爆発音で動揺しているのか、落ち着かない空気が壁越しに伝わってくる。
「……あの、引越しのご挨拶に…。」
こちらが警戒していると、部屋の中からドタバタと走る音が聞こえた。
あ、こっち来てる。
そう思った矢先、ドアがものすごい勢いで開いた。
「うわっ」
そこに居たのは、俺より高身長なイケメン。
やっぱり歳は同じくらい…っぽい。
瞼付近まで伸びた茶髪は、ふんわりと風に仰がれている。
そしてだぼっとしたパーカーと、そこにプリントされた気怠そうな猫のイラスト。
じっと眺めていると、彼が口を開けた。
「えっと、お隣さん…?」
「ああ、はい。えっと…俺、吉田仁人って言います。」
「仁人ね、よろしく!」
焦っているからか分からないが、馴れ馴れしい態度を向けてくる。
……まあ、そういうもんか?
「俺は佐野勇斗!!」
「佐野さん…ですか。よろしくお願いします。」
軽く会釈をする。
「っ、あの________」
騒音のことについて聞こうとした、その時。
ボンッッッッ!!
また、さっきと同じ音がした。
少し大きく、確実に部屋の中から。
「うわっ、また…!!」
佐野さんは身を縮こまらせて、俺の方に寄ってきた。
「…………対処できないんですか?」
眉を寄せながら尋ねると、佐野さんの肩が少しすくんだ。
図星。
でも、とりあえず今はこのままじゃマズい。
「失礼します。」
俺はそれだけ言い捨て、家の中に踏み入った。
入ってすぐに、焦げ臭い匂いが鼻をつく。
同時に、『ジーーーー』という無機質な機械音が聞こえる。
……電子レンジ。
早々に爆発の発生源を見つけた俺は、月明かりを頼りに、電子レンジに駆け寄った。
すぐに止め、中を確認する。
そこには、粉々に散らばった茹で卵らしきものが付着していた。
「………卵、爆発したのかも…。」
後ろで見ていた佐野さんが、小さく呟く。
「したのかも」っていうか……してるんだよ…。
「佐野さん、卵って爆発するんですよ?家庭科で習いませんでした?」
俺が呆れ気味に言うと、佐野さんは更に身を小さくした。
思わずため息をついてしまう。
こんなに知識のない人が隣人だなんて……。
これからのことを考えながら天を仰いでいると、佐野さんがゆっくりと口を開いた。
「…………俺、一人暮らししてから、ずっとこんなんなんだよね……。」
「…………え。」
マジかよ。
そう絶句したくなった。
だって…俺より先にいる癖に、毎日卵を爆発させるほどの生活力で暮らしていたなんて…。
やばい、心配すぎる。
「えっ、と……ご家族の方がお食事とかを…?」
「ううん、ひとり。」
当然のように首を振る佐野さん。
この生活力で…1人だと…!?!?
毎回何食ってんだこの人…。
考えれば考えるほど、不安が押し寄せてくる。
「…………とりま掃除しましょうか…。」
「うん…。」
俺は空気を打ち切るように提案し、ティッシュを求めてキッチンを捜索し始めた。
すると、すぐに電気が点く。
佐野さんが点けてくれたみたいだ。
よりはっきりとした視界を利用して、ふと部屋を見渡す。
決して散らかってはいない。
……が、物が異様に少ない。
殺風景だ…。
呆然としていると、佐野さんがティッシュを差し出してきた。
「あ、ありがとうございます……。」
そそくさと受け取り、卵たちを拭き取る。
佐野さんは終始何もせず、俺はそれで確信した。
本当に生活ができないんだ、この人は。
「……佐野さん、ゴミ捨てはちゃんとやってますか?」
そう尋ねた俺に対し、佐野さんはにこにこと微笑んだまま答える。
「ゴミ捨てはやってるよ!」
「……ゴミ捨て”は”ですか…。」
「ん?」
「洗濯は…?」
「あ〜、やり方わかんないけど、一応!」
「えぇ………。」
「え、なに?なんか変なこと言った?」
「いや…変というか…どうやって生活してきたんですか?」
「え?う〜んとね……」
首を傾げる佐野さん。
まるですごく難しいことを考えているかのように、喉を唸らせている。
どう生活してるか聞いているだけなのに、変な人だ。
「洗濯はね、やったことはあるよ!」
「………はい」
「でもね、なんか洗剤入れたら泡だらけになっちゃったんだよね!」
「…………」
「それからは怖くなってやってない!」
泡だらけ…………。
洗剤を入れすぎたのか、またもや手順を間違えたのか…。
どちらにせよ、俺がドン引くことに変わりはなかった。
「やってないって…今はどうしてるんです?」
「え、手洗い!」
「て………」
江戸時代かよ。
そう言いたくなったが、言葉が出てこなかった。
完全に目の死んだ俺を見て、佐野さんは焦ったように続ける。
「ああでも、ご飯はちゃんとウーバー取ってるし、水道の網?みたいなやつはちゃんと変えてるよ!」
「……………」
「冷蔵庫には一応野菜とかパックご飯とかあるし!」
……それが、なんだ。
「…………佐野さん」
「はいっ!!」
「…明日から、俺がいろいろ教えますので、今日はもう何もしないでください。」
俺は諦めてそれだけ言った。
この人は1人じゃ生きていけない。
そう思ったからだ。
「……………えっ…」
唐突な俺の話に、佐野さんはわかりやすく固まっている。
そして何を思ったのか、ずかずかと俺に近づいてきた。
「……いいの………!?」
「……はい。こんなんじゃ早死にしちゃいますからね。」
「やったぁぁぁぁ!!!ありがとぉぉぉぉぉ!!!!」
子供みたいに笑う佐野さん。
不覚にも、きゅんとしてしまいそうになった。
……いや何言ってんだ俺。
なんだよきゅんって…!
「連絡繋ごうよっ!!晴れて友達ってことで!!」
「トモダチ………まぁ、はい…」
「やった!!仁人だいすき〜!!」
「ちょっ、近いです…!!」
そんなこんなで引越し初日DAYが終わった。
実に…色んな意味で充実しすぎていた。
………まあ、こういうのもありか。
翌朝。
目が覚めると、新居の天井が顔を出す。
まだ見慣れないな、と思いながら、時計を見た。
……まだ6時。
休日にしては流石に早すぎるため、俺は二度寝しようとまた横になる。
その時。
ドンドンドンドンドンッッ!!!
扉が強く叩かれる音がした。
驚いて、反射的に玄関を見ると、そこから聞き慣れた声が聞こえた。
『仁人〜!!!!開けて〜!!!!』
佐野さん。
そう確信した瞬間、一気に血の気が引く。
もしかして…火事!?
それともまた洗濯機!?
俺は考えるよりも先に体が動いて、急いで扉を開けた。
…しかし、そこに居たのはにっこにこに微笑む佐野さん。
「………なにがあったんですか…?」
震え気味に聞くと、佐野さんはきょとんとした顔で逆に尋ねてきた。
「え?なに?」
「え?」
「いや、仁人と買い物行きたいな〜って!」
「……………は」
なんだ、そんなことか……。
安堵と同時に、全身の力が抜ける。
「心配しましたよ…なんかあったんじゃないかって……」
俺がそう呟くと、佐野さんはからかうように無邪気に笑った。
「ドア叩く力強いから、びっくりしちゃった?」
「声もデカいですし…余計にです……。」
「ごめんごめん、ほら、買い物行こ?俺もう準備しちゃったからさ。」
準備…?
早くないか…?
いや、でもよく見ると…。
だぼっとした白いTシャツと黒いズボンに、おしゃれなスニーカー。
おまけにエコバッグまで持っていて、確かに行く気満々そうだ。
これは断れないな、と呆れながら、俺は佐野さんの誘いに乗ることにした。
「……すぐに準備してくるんで待っててください。」
「んへへ、ありがとっ!!」
扉を閉め、洗面所に向かう。
眠いせいか、鏡に映った自分の顔は気怠そうにしていた。
顔を洗い、ヘアアイロンで適当に髪をセットして、オーバーサイズの服を上下合わせる。
「………よし。」
最後に手提げバッグを持って、家を出た。
「仁人!!」
待ち構えていたかのように、佐野さんが飛びついてくる。
「うっ……ちょ、重いです…!!」
「ごめんごめん笑」
俺が押し返すと、佐野さんはへらっと笑った。
なんか…罪深いな、その笑顔。
って、何言ってんだ俺!!
…そう思うのも束の間、いきなり腕が引っ張られた。
ぐい、と体が前に傾く。
「さっ、佐野さん…!?」
「ほら!はやくはやく〜!」
走るの早っ…!!
たかが買い物なのに、そんなに急ぐことないだろ…!!
……心の中でそうは思いながらも、なぜか嫌とは思わなかった。
…まぁ、たまにはこういうのもいい…のか……?
NEXT…❤︎150
コメント
4件
続きよぉおおおお早くこぉおおおおい
ぐわ…書くの上手すぎる…めっちゃ続き気になります、!楽しみにしてます!🙂↕️🙂↕️✨️✨️✨️
読み終わりました!佐野さん、生活力ゼロすぎて笑っちゃいました(笑)「洗濯は手洗い」とか「卵爆発」のくだり、仁人くんのツッコミが的確で面白かったです。でも、そんな佐野さんに呆れつつも「明日から教えます」って言っちゃう仁人くんの優しさが沁みますね…。ふたりの距離感が絶妙で、これからどうなっていくのかすごく気になります!