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友理奈が断りもなく三科家と子どもを交換し、それを十五年隠し続けていた事実を受け入れられないのだろう。我が子と信じていた陸を亡くし、陸の友人だった優斗こそが実子だと言われて、納得できるわけもない。優斗は、それこそが正常な反応だと思えた。

我が子を呆気なく手放し、さらに我が子同然に可愛がっていたはずの陸を亡くしても平然としている友理奈が、おかしいのだ。離婚するかもしれないと笑っていたが、笑える神経も理解できなかった。


それにやはり、違和感がある。


他人の持ち物、人間関係、実績まで横取りしていたと話した人物が、果たして子どもだけを何不自由ない生活に送り込んで、満足するだろうか。

本来なら、友理奈こそがそのポジションに収まりたいと思うのではないか。

そんな疑問ばかりが頭をよぎっていく。

──ともあれ、優斗に本当のところなど分かるはずもない。


「陸」


陸の遺した日記に触れる。


「俺と仲良くなれば、おばさんに褒めてもらえると思ったのかなぁ。俺との関係が全部嘘だったとは思わないけど──きっとおばさんのことだって、関係してたよな。……陸は、自分がお母さんに大事にしてもらえてないって、いつから気付いてたんだろう」


言いながら、優斗は顔を歪めた。唇を噛み、俯く。見えるのは自分の足先ばかりだ。

自分の足、だけのはずだった。


「っ!?」


──優斗に向き合うように、汚れた素足が見える。


泥だらけと言うほどではない。けれど痩せていて小さく、幸の薄い足だった。

全身が強張って、その足の正体を、足の持ち主を直視することもできない。

前を向いて、直視するのはナニか。賢人を始め、三科家の人間が死の直前に目にしていたと思しき座敷わらし、豊なのか。それともほかの、ほかのナニカの足なのか。

せめてそれを確認しなければと思いながらも、視線は頑(かたく)なに上がらず、冷や汗と荒い呼吸ばかりが排出されていく。

不甲斐ない自分に心中思いきり罵倒を浴びせる中で、優斗ははたと思い立った。


「……君が豊なら、俺もやっぱり、三科家の一員ってことなのか?」


天啓にも似た気付きだった。もしこの足の持ち主が真実、豊であるのなら。

やはり優斗は三科家の人間だったということになる。

それに気付き、優斗は泣き出しそうに頬を緩めた。


「だったら、いいなぁ。豊が連れて行くんならきっとみんなと──父さんや母さんと同じところに行けるもんなぁ」


少しだけ深呼吸し、ゆっくりと視線を上げていく。足の甲から足首、すね、そして膝。

しかしそれ以上は、眼球も首も、動かすことができなくなっていた。


「え、なんっ、なんで?」


見るなと、厳命されているような感覚だった。

しかもその足は部屋の外へと歩き出し、明らかに優斗を待って立ち止まる。


「……なんだよ。俺に、なにか用なのか」


視線を上げられないまま部屋を出て廊下を抜け、階段を静かに降りていく。

向かっているのはどうやら、本来稲本夫妻の寝室として使われていた和室だ。そこには陸の骨壺が安置された、真新しい仏壇が置かれている。

なんとなく近付きづらくて、なかなか足を踏み入れることさえできない場所だ。だから優斗が心の中の陸に話しかけるのは、いつもあの日記を前にしたときだけだった。

ドアを前に、足が止まる。そしてそのまま、空気中に溶けるように掻き消えた。

思わず声を上げそうになった瞬間、鼓膜を揺らさないまま、声がした。


──いつか、助けてあげて


意味がわからず、中空を見上げる。しかし当然そこには、もう汚れた足の痕跡すら残ってはいなかった。

助けてあげてとは、誰の話だ。豊のことではないのか。

理解が及ばないまま立ち尽くした優斗の鼓膜を、今度こそ話し声が揺らした。

和室の中で、友理奈が誰かに話しかけている。──否、恐らく陸の位牌に向かってだ。


ほんの少しだけ、優斗は安堵した。ああは言っても、やはり十年以上親子として結んだ絆があるのだろう。優斗には言えずとも、位牌を前にしてなら言える言葉もあるのかもしれないと思えた。

ならば助けるべきは、愛する息子を亡くした友理奈なのか。

そろりと扉に耳を宛がう。


「生きてたときから、本当に陸はいい子だったね。お母さんを大事にしてくれて、聞き分けもよくて……お母さん、陸が大好きだった」


まるで本人を前にしているかのような声色だ。

にこやかで優しく、笑顔で話しかけているのが扉越しでも伝わってくる。

やはりそうだ、友理奈は友理奈なりにきちんと陸を可愛がっていたのだと、優斗がその場を離れようとしたときだった。


「──だからね陸。お母さん、次はこのブランドのバッグが欲しいなぁ」


耳を疑った。

再度扉に貼り付き、耳を澄ませる。


「この間、お母さんを取材に来た人が持っててね、物凄く素敵だったの! でもその人はなんていうか、おばさん体型だし、お化粧も野暮ったくて……きっとお母さんが持った方が似合うと思うのよ」


笑っている友理奈の言葉を理解できず、優斗はふらついた足で近くの壁に寄りかかった。

まさか陸に物をねだっている? 位牌に向けて? ブランド物のバッグを?

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