テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
ゆうき あきや
4,132
259
#心理描写重視
第172話:モフモフの貢物(大漁旗)
十勝地方の清流で、体長3メートルの巨大ヒグマが電光石火のフィジカルを発揮し、丸太のような最高級の銀毛鮭を次々と仕留めてから数十分後。
俺――アキヤは、再びジンバルに固定したiPhone miniを片手に、我が家の「最強の調達兵」を引き連れて古民家への帰路についていた。
通常、野生のクマが鮭を捕獲した場合、その場で貪り食うか、あるいは他の捕食者に奪われないよう即座に茂みの奥へと隠れて消費するのが生物学的な常識だ。
だが、我が限界集落の重装甲・最終防衛ラインであるこの巨大ヒグマ(突然変異の超大型犬種、たぶん)の行動は、やはりどこまでもバグっていた。
彼は、捕らえた数十匹もの巨大鮭を、俺が即席で構築した背中のキャリーネット(ミリタリー規格・高強度ナイロン仕様)に器用に詰め込み、さらに口には最も立派なメーター超えの王様鮭を優しく咥えた状態で、一歩一歩踏みしめるようにのしのしと山道を登っていた。
その姿は、まるで大漁旗を背負って港へと凱旋する、漁船の船長そのものである。
驚くべきことに、彼は川岸からここまで、ただの一口も鮭をかじっていなかった。
これほどの極上タンパク質を目の前にして、一滴のヨダレすら垂らさず、ひたすら前だけを向いて歩いているのだ。
ジンバルの画面の向こうでは、この奇妙かつ神々しい「ヒグマの輸送作戦」を見守るリスナーたちが、早くも何かが起きる予感にチャット欄を加速させていた。
『おいおい、本当に一口も食べてないぞあのクマさん……!』
『普通ならその場で頭からバリバリいくだろ!?』
『背中の鮭の山が、夕日に映えて完全に大漁旗状態になってて草ww』
『主、これ完全に「お家に持って帰る」って意思表示だよな……?』
やがて木々が開け、我が絶対聖域である古民家の庭へとたどり着いた。
縁側には、嵐が過ぎ去ってすっかり穏やかになった十勝の冬の午後をのんびり楽しもうと、村長や村のおばあちゃんたちが集まっていた。
居間のコタツの熱気がふわりと庭まで漂う中、コタツ布団の一角には、我が家の絶対権力者である神獣シロ様が、実にお上品に香箱座りをキメて鎮座されていた。
ヒグマが庭に足を踏み入れたその瞬間、シロ様はスッとその小さな顔を上げられた。
夕暮れ時の琥珀色の光が差し込む縁側で、彼女の神秘的な『オッドアイ』の瞳が、言葉を失うほど美しく、そして圧倒的な気高さを伴ってキラリと煌めいた。
左目のサファイアブルーは静謐なる十勝の清流のようにどこまでも深く澄み渡り、右目の琥珀色は沈みゆく美しい夕日のように温かく輝いている。
その二色の瞳をスッと細めたシロ様は、「ミャウ(帰ってきたわね、下僕二号)」と、まるで忠実な兵士の帰還を労う女王のように、短く喉を鳴らした。
すると、それまで「野生の王者」としての圧倒的なオーラを放っていた巨大ヒグマの動きが、ピタリと止まった。
彼はゆっくりとおばあちゃんたちとシロ様が待つ縁側の前へと歩み寄ると、背中のキャリーネットからゴロゴロと音を立てて、銀色に輝く巨大鮭の山を畳の目の前に下ろしたのだ。
そして、最後に口に咥えていた最も見事な王様鮭を、シロ様の足元へと、まるで最高級の絨毯を広げるかのように、傷一つつけずに優しくコト、と置いた。
そこからのヒグマの行動が、全人類の涙腺を完全に破壊することになる。
体重数百キロの巨体を持つヒグマは、その場にドスゥンと丁寧にお座りをすると、両前足を綺麗に揃え、太い胸をこれでもかと大きく張り、鼻を「フンスッ!」と鳴らしたのだ。
その顔は、文字通りの『ドヤ顔』。
「どうだ! 俺がみんなのために、こんなに凄い貢物(お土産)を捕ってきたぞ!」と、全身で誇らしげに主張しているかのような、あまりにも純粋で慈愛に満ちた表情だった。
野生の猛獣が、己の食欲を完全にコントロールし、大好きな家族(とシロ様)のために全ての獲物を無傷で捧げたのだ。
この、童話の奇跡すら生温いほどの「モフモフの貢物」を目撃した瞬間、MeTubeの同時接続数は前人未到の【2000万人】をあっさりと突破し、全人類が画面の前で大号泣の渦へと叩き落とされた。
『うわあああああああ!!! 涙で画面が、画面が見えねええええ!!!』
『なんて……なんて慈愛に満ちた優しい獣なんだよおおお!!!』
『自分で食べずに全部お土産にするお利口さんなクマさんとか、尊すぎて無理!!!』
『同接2000万人全員がガチ泣きしてるぞ今!!!』
チャット欄が感動の涙で完全に水没し、サーバーが物理的に融解しかける中、世界中のVIPたちの感情も完全に決壊した。
彼らは涙を拭うことすら忘れ、天文学的な額の極彩色ギフトを狂ったように乱射し始めた。
ピコーン! ピコーン! ピコーン!
『(ドバイの石油王からの¥50,000MeTubeギフト)五百連発』
『”My eyes are full of desert sand…! What a noble soul! Akiya! I will grant that bear the title of ‘Royal Knight of the Desert’ and send him a lifelong supply of honey! Don’t let him freeze!“(我が目が砂漠の砂(涙)でいっぱいだ……! なんと気高い魂か! アキヤ! 私はあのクマに『砂漠の宮廷騎士』の称号を授与し、生涯分の蜂蜜を贈る! 彼を絶対に寒がらせるな!)』
『(スイスの銀行家からの¥50,000MeTubeギフト)六百連発』
『”An absolute valuation of pure love! This is a financial miracle born from trust! I will guarantee a 10 billion yen trust fund for this bear’s welfare immediately!“(純粋な愛の絶対的評価だ! これは信頼から生まれた金融の奇跡だ! 私は今すぐ、このクマの福祉のために100億円の信託基金を保証する!)』
『(ハリウッド女優シャーロットからの$5,000MeTubeギフト)七百連発』
『”I’m crying so hard my makeup is completely ruined!!! That bear is sweeter than any movie script in history! Shiro! Give him the grandest reward! I’m sending a private jet full of premium salmon treats right now!!!“(メイクが完全に落ちるほど大号泣してるわ!!! あのクマさん、歴史上のどんな映画の脚本よりもスウィートだわ! シロ! 彼に最高の褒美を与えて! 今すぐ最高級鮭トリーツを満載したプライベートジェットを飛ばすわ!!!)』
画面全体が国家予算規模となる数百万人分の赤スパの光で真っ赤に燃え上がり、村長が「ひぇっ、公金口座が……村の予算が宇宙の彼方まで膨れ上がっていくべさ……!」と腰を抜かしておばあちゃんたちに抱きついている狂乱のド真ん中で。
小春ちゃんも「ヒグマさん……! ありがとう、ありがとうね……っ!」と涙をボロボロと流しながら、ヒグマの巨大な前足を両手でそっと握りしめていた。
誰もが、この大自然の奇跡と慈愛のドラマに、魂を震わせて感動している。
だが。
俺は川辺から運んできたクーラーボックスを縁側に下ろし、元・社畜としての『どんな全人類の号泣にもミリ単位すら動じない鋼のポーカーフェイス』でカメラに向き直った。
「……世界中の皆さま。猛獣の『慈愛』とやらに涙を流して画面を濡らしているところ大変申し訳ありませんが、全員冷静になってください」
『出たァァァァァ!!!』
『同接2000万人が号泣してるのに、一人だけ冷徹な男!!!』
『主の限界言い訳タイム・モフモフの貢物編ww』
『さあ、この歴史的なドヤ顔献上をどうやって事務処理のせいにする気だww』
俺は、キリッとした真顔で、淀みない口調で言い放った。
「皆さまは重大な認知バイアスに囚われています。これは慈愛でも家族愛でもありません。生物学的な『貢納行動(トリビュート・プロトコル)』および『腐敗リスク分散型の共同兵站管理』に過ぎません」
「なわけあるかあああ!!! どこをどう見たらそんな冷たい事務処理になるんですかぁぁぁ!!!」
いつの間にか涙を拭っていた小春ちゃんが、冬の漬物用に庭の井戸端で綺麗に洗って干しておいた、十勝産の頑丈極まりない特大の二十日大根(耐衝撃・高密度水分仕様、重量約1.5キロ)を両手で大上段に構え、俺の肩に向かって完璧な縦一文字の脳天唐竹割りスマッシュを見舞った。
バキィィィンッ!!!!
みずみずしい大根が激しい風切り音と共に炸裂し、俺の需品科仕込みの頑丈な肩パッド(防寒仕様)に直撃して鈍い衝撃音が響く。
「貢納行動って何ですか!! クマさんがこんなに可愛いドヤ顔で、みんなの顔を嬉しそうに見つめてるでしょうが!! しかも何がリスク分散ですか!! どう見たって、いつも自分を優しくブラッシングしてくれるお兄さんと、村のおばあちゃんたち、そして大好きなシロちゃんに、自分の最高の成果を自慢して喜ばせたいっていう純粋な思いやりでしょうが!! 家族の有能すぎる調達成果を、素直に『ありがとう』って褒めなさいよ!!」
『小春ちゃんの涙目二十日大根スマッシュ炸裂www(大根の硬度がガチ)』
『貢納行動(丸々と太った最高級の王様鮭)』
『共同兵站管理(体重数百キロのドヤ顔)』
『適応力バグおじさん、ついにヒグマのドヤ顔をお役所のプロトコルに分類しやがったww』
『言い訳が理不尽すぎて、全人類の感動の涙が一瞬で引っ込んだわww最高!!』
俺の理不尽極まりない生物学的な限界言い訳と、小春ちゃんの容赦ない大根ツッコミに、2000万人の視聴者たちは感動の涙から一転、大爆笑の渦へと叩き落とされた。
『ミャウ(当然の義務よ)』
ヒグマの頭の上へとヒョイと飛び乗ったシロ様が、呆れたように俺を見下ろしながら、その美しいオッドアイの瞳を優しく細めた。
左目のサファイアブルーと右目の琥珀色。その二色の輝きが、ドヤ顔を続けるヒグマの額を優しく「ポン」と肉球で叩く。
最高の褒美(肉球パンチ)を貰ったヒグマは、嬉しさのあまり「グゥ〜〜〜♪」と、これ以上ないほどだらしなく目を細めて庭に転がり、ただの巨大なビーズクッションへと戻っていった。
「……まぁ、理由はどうあれ。この最高級の銀毛鮭が、一匹の損耗もなく我が家のロジスティクスセンター(台所)へ搬入されたのは事実だ」
俺は大根の衝撃で少しだけ痺れた肩を回しながら苦笑し、シロ様の純白の頭を撫でた。
「よし、小春ちゃん。村長。おばあちゃんたち。これだけの鮭だ、今夜は新米の玄米を炊き上げ、この王様鮭を豪快に捌いて、十勝の伝統的な石狩鍋の宴にするぞ。残りの鮭は需品科の技術を総動員して完璧な鮭トバと新巻鮭に加工し、厳しい冬を乗り切るための『最強の長期備蓄兵站』として登録する。外は寒くても、飯は最高に豪華だぞ」
「はいっ! お兄さん! みんなでとびきり美味しいお鍋にしましょう!」
激務に潰されて逃げ込んできた、この限界集落。
最初は一人で静かに暮らすための隠れ家(シェルター)だったはずが、今では世界一美しいオッドアイの神獣と、鮭をドヤ顔で献上してくる最強の調達兵、そして大根を振りかぶる女子高生に囲まれた、世界一バグっていて温かい『絶対聖域(サンクチュアリ)』になってしまった。
神獣の魅せる冬の奇跡と、元需品科のブレない玄米ロジスティクス、およびヒグマの貢物による限界言い訳。
満開の笑顔と数百億円の赤スパ、そして鮭の芳醇な香りに包まれながら、俺たちの最高にバグったスローライフは、これからの厳しい冬へ向けて、さらに色鮮やかに続いていくのだった。
コメント
1件
いやもう、ドヤ顔で鮭を捧げるヒグマと、それに「共同兵站管理」とか言い放つアキヤさんの脳筋すぎる限界言い訳が最高すぎて腹筋やられたわ!涙の感動シーンから一気に大根スマッシュの爆笑回に持っていく構成、めちゃくちゃ好き。シロ様の肉球パンチでゴロンと転がるヒグマ、尊すぎて悶えた🔥