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第149話:シニカル監督の完全浄化。おばあちゃんの温もりと、世界一尊いデトックス
秋の気配が本格的に深まり、黄金色に輝く十勝のすすき野原を、心地よい涼風が吹き抜けていく。
前話で神獣シロ様の絶対冷気バフにより、物理法則を無視した軽井沢気候を体験させられた古民家の縁側。
そこに、都会からアポ無しで突撃してきたシニカルな映画監督・黒岩徹は、いまだに佇んでいた。
数日前までの、ネットの欺瞞を暴くと息巻いていたあのトゲトゲしいオーラは、今の彼からは完全に消失している。
黒岩監督は、お気に入りのリクライニングチェア(元は俺の私物だ)に深く腰掛け、ぼんやりと庭の木漏れ日を眺めていた。
「黒岩さん、都会のテレビ局や映画の世界って、本当に息が詰まるほど忙しいんでしょう? ほら、たくさんお食べ」
縁側に集まってきた村のおばあちゃんたちが、黒岩の痩せた背中を優しく撫でながら、手作りの大きなおはぎを勧めていた。
夏野菜の爆売れによって財政難から完全に脱却した村のお年寄りたちは、今や心の余裕が宇宙規模にまで達している。
彼らにとって黒岩監督は「ヤラセを暴きにきた敵」ではなく、単に「都会の激務で泥のように疲れた、可哀想な息子世代の男」に過ぎなかったのだ。
「あ……あぁ、ありがとうございます……。いただきます……っ」
黒岩監督は震える手でおはぎを受け取り、口に運んだ。
十勝産の最高級小豆で作られた、打算も偽りもない、純粋な善意の塊のような優しい甘さが、彼の乾ききった内臓に染み渡っていく。
「美味しいかい? よかった。あんた、目が血走ってて心配だったんじゃ。この村の空気と、アキヤ君の美味しいご飯を食べて、ゆっくりしていきなさいな」
おばあちゃんたちが皺くちゃの手で、黒岩の無精髭の生えた頬をそっと包み込む。
その手の温もりは、彼が都会での壮絶な出世競争や、ネットの誹謗中傷との戦いの中で、とっくの昔に忘れてしまっていた「無条件の優しさ」そのものだった。
「監督さん! お茶のおかわり、ここに置いておきますね!」
そこへ、エプロン姿の小春ちゃんが、お茶の入った湯呑みを乗せた木製の大盆を抱えてやってきた。
彼女は黒岩に向かって、一点の曇りもない、太陽のように眩しく屈託のない満面の笑顔を浮かべた。
「たくさん休んで、元気になってください! うちのモフモフたちを見ていれば、どんな悩みも一瞬でどうでもよくなりますから!」
小春ちゃんの純粋無垢な笑顔と、その言葉。
業界のドロドロとした裏切りや、利害関係ばかりをカメラに収めてきた黒岩監督にとって、彼女の笑顔は、彼のささくれ立った心の奥底を優しく照らす、一筋の救いの光のように感じられた。
『ミャウ(まったく、本当に手のかかる人間ね)』
すると、座布団の上で丸くなっていた純白の神獣シロ様が、トコトコと上品な足取りで歩み寄ってきた。
そして、黒岩監督の膝の上へと、ふわりと飛び乗ったのだ。
シロ様は彼の目を見つめ、神秘的な『オッドアイ』の瞳――左目のサファイアブルーと右目の琥珀色――を優しく細めると、彼の胸元に頭をすりすりと擦り付け、ゴロゴロと深い音を鳴らし始めた。
「キュインッ!」「コンッ!」
足元では、キタキツネのコン吉とコン次郎が、黒岩のズボンの裾をちいさな前足でちょんちょんと叩き、「遊ぼうよ!」と言わんばかりに無邪気にじゃれついている。
さらに、縁側の傍らからは、体長三メートルの巨大ヒグマが、大きな鼻をフガフガと鳴らしながら、黒岩の手にそっと自分の濡れた鼻先を押し付けてきた。
「グルォォ……(おじさん、もう元気出せよ)」とでも言うような、信じられないほど穏やかで優しい重低音。
村のおばあちゃんたちの打算のない温もり。
小春ちゃんの、世界を救うレベルの屈託のない笑顔。
そして、世界一尊いモフモフたちが魅せる、種族を超越した絶対的な癒やしの力。
それらが黒岩監督の心の中で完全に融合した、その瞬間だった。
ぽろり、と。
都会の鬼監督と呼ばれた男の目から、大粒の涙が溢れ出し、地面へとこぼれ落ちた。
「私は……私は今まで、何を疑っていたんだ……っ。世界には、こんなに温かくて、こんなに美しい『リアル』が存在していたというのに……っ!」
黒岩監督はシロ様をそっと抱きしめ、ヒグマの鼻頭を撫でながら、子供のように声を上げて号泣し始めた。
彼の心を覆っていたシニカルな鎧、アンチとしての尖ったプライドは、聖域の圧倒的な尊さの前に、完全に融解し、デトックス(浄化)されたのだ。
最強のYAMAHAルーターを通じて全世界へ配信されている一千万人超の画面の向こうでも、全リスナーが感動の涙で海を作っていた。
『監督が……ガチで号泣して改心してる……っ!』
『おばあちゃんたちの優しさと、小春ちゃんの笑顔は反則だろ(大号泣)』
『シロ様が膝に乗るとか、全人類の羨望の的すぎる!!』
『アンチすらも一瞬で信者に変える限界集落、尊さのレベルが神話級ww』
『(ハリウッド女優シャーロットからの$5,000MeTubeギフト)=”Beautiful! The cynical director’s soul is completely saved! This is the true power of Japan’s countryside!“(ビューティフル! シニカルな監督の魂が完全に救われたわ! これが日本の田舎の真の力よ!)』
世界中が涙と感動の拍手(スパチャ)で包まれ、画面が極彩色の光で埋め尽くされる中。
俺は一人、静かにいつもの折りたたみチェアに深く腰掛け、保冷バッグからタッパーを取り出していた。
中に入っているのは、完璧な水加減で炊き上げられた『冷やし玄米』と、自家製の『大豆ミートと十勝産小豆の特製マクロビおはぎ風ペースト』である。
「……よし。不審者の精神的武装解除(完全浄化)を確認した。これより指揮官の通常エネルギー補給を開始する」
俺は、感動の涙を流して猫を吸っている黒岩監督を背景に、一切の感情を排した元・社畜の顔で、ストイックに大豆ミートおはぎを玄米の上にワンバウンドさせて咀嚼し始めた。
「お、お兄さぁぁぁん!!! 都会の尖りきった映画監督さんが、みんなの優しさとモフモフたちの尊さに触れて、人生最大の感動の涙を流してるこの素晴らしい奇跡の瞬間に、なんで一人だけ真顔で『大豆ミートのあんこペースト』食べてるんですか!!」
小春ちゃんが感動の涙を引っ込め、おばあちゃんたちが持ってきたお茶菓子が乗っていた『巨大な漆塗りの木製お盆(直径五十センチ)』を両手で構え、凄まじいジト目でツッコミを入れてくる。
だが、俺は玄米の咀嚼を止めない。
「小春ちゃん、取り乱すな。どれほど敵が涙を流そうとも、元・陸上自衛隊需品科たるもの、秋の出荷作業に向けた筋肉のグリコーゲン充填は最優先事項だ。どんな感動的なシーンでも己の兵站(ロジスティクス)を最優先する。これが鉄則だ」
俺は冷たいほうじ茶で喉を潤すと、カメラの前に向き直り、キリッとした真顔でいつもの『限界言い訳タイム』を発動した。
「世界中の皆さま。画面の向こうで、シニカルな映画監督が人の温もりと動物の尊さによって心が癒やされ、涙しているように見えているかもしれませんが、冷静になってください」
『出たァァァァァ!!!』
『監督が猫抱きしめて号泣してるのに、まだ言い訳する気か!!!』
『主の限界言い訳タイム・シニカル監督浄化編ww』
『さあ、この魂のデトックスをどう論破するつもりだww』
俺は淀みない口調で、極めてフラットに言い放った。
「あれは、彼の心が純粋な感動で癒やされているわけではありません。十勝産の小豆に含まれる豊富な『高濃度カリウム』と『ポリフェノール』の急速摂取により、彼の脳内のセロトニン濃度が異常値まで急上昇しただけです。さらに、シロの毛並みから発生している、特定の周波数を持つ『静電気パルス』が、監督のストレスでささくれた脳波(β波)と強制的に同調(シンクロ)し、一時的な『重度の脳内リラックス脳波(α波)』を出力させているに過ぎません。涙が出ているのも感動ではなく、ただの『カリウム代謝に伴う涙腺の急激な弛緩現象』です。ええ、すべてはただの『成分の過剰摂取による生理反応』と『静電気による脳波の強制バグ』ですね」
「んなわけあるかあああ!!!」
バコォォォォォンッ!!!!
小春ちゃんが、持っていた巨大な木製お盆を全力で振りかぶり、俺の背中に向かってパーフェクトな満塁ホームラン級・スマッシュを見舞った。
乾いた大爆音が、静かな限界集落に心地よく響き渡る。
「カリウムのせいで大の大人がこんなに綺麗な涙を流すわけないでしょうが!! 脳波の強制バグじゃなくて、お兄さんの不器用な優しさと、この村のあったかさが監督さんのささくれた心を完璧に癒やしたんですよ!! 素直に『うちの村は世界一の癒やしの聖域だ』って認めなさいよ!!」
『小春ちゃんのお盆スマッシュ炸裂www(いい音)』
『高濃度カリウムの急速摂取(おばあちゃんの美味しいおはぎ)』
『静電気パルスによる脳波同調(世界一尊いシロ様のゴロゴロ音)』
『適応力バグおじさん、ついに人間の魂の救済まで生理反応のせいにするww』
『言い訳が冷酷すぎて、監督の涙が引っ込んで大爆笑になったわww』
俺の理不尽極まりない生物学的な限界言い訳と、小春ちゃんのキレキレの巨大お盆ツッコミに、一千万人を超える視聴者たちは、黒岩監督の浄化された笑顔を横目に、腹がよじれるほどの大爆笑の渦へと叩き落とされた。
『ミャウ(ふふっ、本当に素直になれない不器用な下僕ね)』
シロ様が、黒岩の膝の上で呆れたように尻尾を揺らし、嬉しそうに喉を鳴らした。
キツネ兄弟も、ヒグマも、完全に仲間として受け入れた黒岩監督の周りで、平和な秋の陽光を浴びている。
「……まぁ、理由はどうあれ。陣地の安全が完全に確保され、不審者が無害化(大ファンに変化)したなら、それが一番だ」
俺は背中のお盆の痛みをさすりながら苦笑し、ほうじ茶を飲み干した。
都会のシニカルなアンチ監督すらも、一瞬で完全な信者(もふもふの奴隷)へと変えてしまう、聖域の圧倒的な癒やしの力。
最強のモフモフたちと、どんな奇跡も科学のせいにする元需品科の『限界日常』は、世界一温かい大爆笑に包まれながら、新章の日常へとどこまでも優しく続いていくのだった。
ゆうき あきや
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#心理描写重視
コメント
1件
おばあちゃんたちの温もりが、黒岩監督の心をほぐす場面、特に込み上げてくるものがあったよ。あの、打算のない「大丈夫だよ」っていう優しさが、彼の鎧を一枚ずつ剥がしていく感じがすごく自然で。「私のシニカルな目は、全部この世界への恐怖の裏返しだったんだ」っていう台詞には、思わず息を呑んだ。 で、そのあとの主の「これも全部成分と静電気のせい」理論がまたね…毎度ながら、あの現実逃避に真剣な科学的装備をかぶせるスタイル、大好きだよ。小春ちゃんのお盆スマッシュも相変わらずキレキレで、笑いと温かさが交互に来る構成が本当に上手い。 ただ、今回の圧巻はやっぱり「監督の変容に世界が涙する」っていう構図だよ。彼がデトックスしたのはシニシズムだけじゃなくて、長年こびりついていた「誰も簡単には癒せない何か」だと思う。その解放を、視聴者も一緒に味わえるのがこの話の贅沢なとこだな。素敵な話をありがとう。心がじんわり温かくなったよ。