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重厚なマホガニーのデスクを挟んで、私は指先が白くなるほど拳を握りしめていた。
部屋を支配するのは、圧迫感のある沈黙と、高級な香木の匂い。
その匂いさえ、今の私には死を待つ者の寝室のように冷たく感じられた。
「……これで、私の家の借金はすべて肩代わりしてもらえるのですね?」
震える声を押し殺し、私はゆっくりと顔を上げた。
視線の先には、一人の男が座っている。
王都の社交界でその名を知らぬ者はいない。
浮いた噂一つなく、常に完璧で、そして底知れず冷徹。
───「氷の公爵」の異名を持つ、シャーロット・アルフレッド公爵。
陽光さえ凍らせるような白銀の髪に、すべてを見透かすような冷徹な瞳。
その整いすぎた顔立ちは、まるで神が気まぐれに作った氷の彫刻のようだった。
かつて名門と呼ばれた我が家は
父の急死と親族の裏切りというありふれた、けれど当事者である娘の私にとっては地獄のような悲劇であっけなく没落した。
昨日まで「エルサお嬢様」と傅いていた者たちは蜘蛛の子を散らすように去り
残されたのは天文学的な数字の負債と、ショックで寝たきりになった母だけ。
令嬢としての誇り、ドレス、宝石
そんなもの、とうに捨てた。
今の私に値打ちがあるとするなら、この「若さ」と、辛うじて残った「貴族の血筋」だけだ。
それを今日、この「氷の公爵」に売る。
お母様と、家門を救うための最後の手札として。
「ああ。金に糸目はつけない。伯爵家の負債など、俺にとっては端金に過ぎないからな」
シャーロット様は、氷の彫刻のような美しい顔を微塵も動かさず
事務的に、けれど絶対的な権力を滲ませた声音で続けた。
彼の言葉一つ一つが、私の価値を測り
値踏みしているように聞こえて、心臓がチクリと痛む。
「だがエルサ、条件を忘れるな。これは慈善事業ではない。契約だ」
彼はわずかに身を乗り出し、私を射貫くような視線を向けた。
「お前は今日から、俺の『仮初めの婚約者』であり、その身も心も、髪の一本、肌の一寸に至るまで、すべて俺の所有物となる。……わかったな?」
その声音には、拒否など微塵も許さない、絶対的な支配の意思が込められていた。
「身も心も」────
その言葉の重みに、背筋が凍るような感覚を覚える。
私は、単なる飾り物の妻ではなく、彼の玩具になる契約を結ぼうとしているのだ。
「……はい、旦那様」
声を絞り出すのが精一杯だった。
「旦那様」と呼んだ瞬間、彼が動いた。
デスクを回り込み、驚くべき速さで私の目の前に立つ。
圧倒的な体格差。
彼の影に包まれた瞬間、呼吸が止まりそうになった。
逃げようとする本能を理性で押さえつけた瞬間
彼の細長い、けれど骨張った男の指が、私の顎を強引にクイと持ち上げた。