「それってつまり、さらにメイド増やすってことか?」
「いや、メイドを増やすっていうか……うん、まあでも、メイドはいくらいてもいいし……そうじゃなくて!前提として、私の大切な人だからっていうのがあって。あとは、その、エトワール・ヴィアラッテアに解雇されたらしいから」
「解雇?元は、お前のメイドで、ねと……じゃなくて、奪ったっていうのに解雇したのかよ」
「今なんて言おうとしたの!?ねとら――」
「あーいい、いうな。優秀なメイドだったんだろ?そいつを解雇か……何か訳があるのかもしれねえな」
「いや、訳なんてないよ。ただ、きっとむかついただけだと思う」
アルベドは、そんな理由で……と同情してくれ、私の顔色を伺うように満月の瞳を向けてきた。自分だったらそんなことしないのに、といったそんな感情が伝わってきて、彼は、使用人のことを大切にしているんだろうなというのが分かった。アルベドも、言葉にはしないけれど優しいし、部下おもいというか。けれど、エトワール・ヴィアラッテアにはそんな感情はないわけで。私のメイドだったから、という理由で解雇したのだろう。洗脳すれば、それこそ役に立つメイドになるんじゃないかと思ったがそうはいかなかったらしい。それかもしくは、洗脳できなかったとか……
(それも考えられるかも。前世の記憶までは上書きできないとか?)
できないというよりできても、少しのほころびから思い出してしまうと言った方が正しいのかも知れない。リースには頑丈にかけたが、ルーメンさんや、リュシオルにはそこまで強い洗脳魔法がかけられなかったのかも知れない。ルーメンさんがリュシオルを好きだと知ってか知らずか解雇した。そのせいで、ルーメンさんはかなり心にダメージを負っているようで、もしかしたら、リースの記憶を取り戻せる手助けになってくれるかも知れない。エトワール・ヴィアラッテアの行き届かなかったその小さなほころびこそ、私がつけ込める部分なのだと。
「ただ、その……ルーメンさん?リースの補佐官の人も、どこに行ったのか分からないって。幸いっていう言い方も変だけど、殺されていないだけマシかも知れない。でも、聖女の侍女を解雇された人が何処かで働けるっていうのも難しい話だと思うから……のたれ死んでいたらって思うと……」
「そういう理由だったか。勝手に想像しちまって悪かったな」
「いや、こっちこそ……ノチェも自らこっちに来たいって志願してくれて、私の周りにメイドが沢山いるのは事実だし。それが、嫌なわけでもないから……」
「そうか……でも、手がかりがないと探しにくいよな。そいつに魔力があればいいが、その様子じゃないんだろ?」
「う、うん……魔力は持っていないけど、武術にはたけてるっていってた。護衛を務められるほどではないけれど、護身術というか。そういうのはあるらしくて」
「魔力を手がかりに追うのが一番手っ取り早いがそれができないとなると、かなり骨が折れる作業になるな」
「ごめん、仕事を増やしてる……かも」
「だったら、ノチェが適任かもな。ノチェと、ファナーリク。彼奴らは、そういう情報収集が上手いからな。俺も勿論強力はするが、やることは他にもあるしな」
と、アルベドはグビッとお茶を飲み干して、手の甲で口を拭いた。
彼も彼でやることがあるのは知っている。その合間に、部下に指示を出して……とやってくれるのだから、これ以上高望みはしてはいけない。私も、全てをなげうってリュシオルを探しに行きたいところだけれど、辺境伯令嬢が外出ばかりして何をしているんだと周りに噂されでもしたら大変だ。噂話はすぐに広がっていくから。それに、最もやるべきことに目を向けなければならない。リュシオルのことを後回しにしてもいいとは思わないし、そんな薄情な人間にはなりたくないけれど。
「話がかなり戻るけど、やっぱりアルベドは、エトワール・ヴィアラッテアと……その、話、したとき、変な感じした?」
「変な感じって、洗脳のか?まあ、やたらと目を見て話してきたが、内容は、別に当たり障りの無いものだったな。普段は何をしているのだとか、俺の願いとか聞いてきて」
「その願いって、話した?闇魔法と光魔法が手を取り合える世界の話」
「するわけねえだろう。俺は、信用しているヤツにしかこのはなしはしねえよ。それに、馬鹿にされるって分かってんのにするか普通。しかも、俺達の敵に」
「し、しないけど。その目を見て話してきたってことは、目を見て洗脳をする魔法の一種なのかも知れないじゃん。目、あわせてない?」
「ずっとあわせたわけじゃねえけど、顔を見て話さねえのも失礼だろ。それに、お前と同じ顔だし、きになるっつうか」
アルベドは視線を逸らしながらいう。いいたいことは分かるが、洗脳されるかも知れないと分かっているのなら気をつけるべきだろう。
リースたちを洗脳した魔法はそれじゃないと分かっていても、エトワール・ヴィアラッテアが他にどんな魔法を使うか分からない以上は、私も注意が必要だ。いや、私に魔法をかけるかすら怪しいのだが注意するにこしたことはない。今回は、アルベドは洗脳されなかったから良いものの――
(ああそうか、光魔法だから、夜の時間は効果が弱いのか……)
改めて、魔法の弱点について思い出しつつ、これが朝方だったらヤバかったな、とやはり、フィーバス卿の元にエトワール・ヴィアラッテアがくるのを阻止しなければと思った。くるとしたら、昼間だろうし……
「険しい顔してんな。もっと気楽に考えろよ」
「気楽にって、気楽に出来る訳無いじゃん。アンタはもっと危機感持った方がいいし」
「お前よりも魔法の使いにはたけている。それに、常に防御魔法をしている状態だ。簡単には洗脳にかかるわけがない」
「その余裕が命取りなんじゃないの?」
「余裕じゃねえよ。常にかつかつだ。いっただろやることは山積みなんだ、こっちも」
「ご、ごめん……本当に、色々して貰ってるのに、私」
「別に責めたかったわけじゃねえし。互いに辛いよなって……そういうこった」
彼は強引にそう終わらせると、ふうと息を吐いた。アルベドもアルベドでいいたいことがあったのだろうが、それを飲み込んでくれた。本当にどこまで私は彼に気を遣わせれば気が済むのだろうか。頼れるのが彼しかいない仲間を増やさない以上は、本当に――
(……最初に仲間にできそうなのっていえば、彼しかいないのよね……)
ただしどこに行けば会えるのか、は問題である。けれど、これ以上アルベドの手は患わせられないわけだし、動くしかない。何度も動くしかないと言っているのに結局動くことができていないから、辺境伯領から出ても問題ない時間と、日数さえ確保できれば……
「ステラ、また何か考え事か?」
「大丈夫。私は、大丈夫だよ」
「どうしたんだよ……何かまた怒ってんのか?」
「ううん、怒ってないって。アルベドも忙しいのにありがとね。パーティーの日のこと、本当にありがとう。リースに会えたの、少しだけ安心した。まあ、全然こっちの声は届かなかったけど、でも……会えたのだけでも進歩かも」
「そうか……お前がそれでいいなら、いいんだが。酷い目に遭わされなかったか?」
「酷い目に?まさか。一応、皇太子だし……い、一応ってか、皇太子だし、そんな辺境伯令嬢を邪険には扱えないでしょ!この話がお父様の耳に入ったらどうなるか、アルベドだって分かると思うし」
「そうだな。あの皇太子も馬鹿じゃない。それに、お前の婚約者だったんだ……記憶が無くとも、覚えている部分はあるだろう」
「そう……だといいね」
もしそうならいいのだが。私の前世の名前を聞いたら思いだしてくれただろうか。前世の名前を言えない、ということはそれをトリガーに思い出せるかも知れないということ。だから言えない。酷い目には遭っていないが、胸は張り裂けそうだった……なんて、そんなこといったらまたアルベドを心配させそうだからやめた。一人でもできるって事を私は見せなければならないのだ。誰もが安心するために。
(大丈夫。心は壊れていない……復讐を、奪い返すその時まで、この心はおれるわけにはいかないの)
ギュッと固く結んだ拳は、ほどかれることなく、爪が食い込んだ。







