テラーノベル
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朝の光が、カーテンの隙間から静かに差し込んでいた。
鳥の声。
遠くで走る車の音。
いつもと変わらない、平和な朝――のはずだった。
ベッドの上で、
アラタはゆっくりと目を開ける。
「……ん……」
体が、妙に重い。
寝すぎたわけでもないのに、手足に力が入らない。
喉が乾く。妙に、ひりつくような感覚。
まぶしい。
思わず腕で目元を隠す。
「朝……?」
いつもなら気持ちいいはずの光が、今日は少し痛かった。
上半身を起こす。
布団がさらりと落ちる。
その時だった。
視界の端に映った、自分の手。
――白い。
やけに血の気がない。
「……あれ?」
ぼんやりしたまま首をかしげる。
まだ寝ぼけているのかもしれない。
その時。
コンコン、と軽いノック音。
「アラター? 起きてる?」
聞き慣れた声。
ドアが開き、
エリ が顔をのぞかせた。
「朝ごはんでき――」
言葉が途中で止まる。
ベッドの上。
アラタは布団の真ん中にちょこんと座っていた。
膝を抱えるようにして、背中を丸め、
まるで寝起きの子犬みたいに目をこすっている。
髪は少し跳ねていて、完全に無防備。
そして。
「エリ、おはよ〜……」
眠そうに笑った。
その声は、いつもより甘くて、力が抜けていた。
エリは一瞬だけ微笑む。
「うん、おはよ――」
……違和感。
ふと、視線が止まる。
アラタがあくびをした、その瞬間。
ちらり、と見えた。
白い牙。
「……え?」
エリの声が小さく震える。
アラタは気づかない。
「なんかねぇ……今日ちょっと変なんだ」
ふらふらと布団の上で体勢を崩しながら言う。
「朝なのに、眠いし……喉かわくし……」
言いながら、エリの方へ手を伸ばす。
無意識に。
「エリ……」
呼び方が、少しだけ幼い。
「……そっち行っていい?」
許可を待つというより、
安心できる場所を探すような声。
エリが近づくと、
アラタは安心したように小さく笑って――
そのまま、彼女の腕に額をこつんと預けた。
「……なんか、エリの近く落ち着く」
体温を確かめるみたいに寄り添う。
エリの心臓が跳ねる。
そして気づく。
アラタの瞳。
ほんのわずかに――赤い。
「アラタ……」
名前を呼ぶ。
その時。
アラタが顔を上げた。
距離が近い。
近すぎる。
赤みを帯びた瞳が、とろんと揺れる。
視線が、首元で止まった。
「……いい匂い」
ぽつり。
本人は完全に無自覚だった。
次の瞬間。
エリは理解する。
これは――
ただの寝ぼけじゃない。
「……アラタ?」
呼びかけると、
彼は首をかしげ、困ったように笑った。
「ねえエリ……」
少し甘える声。
「オレ、なんか……変になっちゃったみたい」
朝の光の中。
護星天使はまだ知らない。
自分が――
吸血鬼になってしまったことを。
リビングには、焼きたてのトーストの香りが広がっていた。
テーブルにはすでに朝食が並び、
アグリ は腕を組みながら椅子に座っている。
「……遅ぇな」
向かいでは
モネ がジュースを飲みながら時計を見る。
「エリはともかく、アラタまで遅いの珍しいよね」
普段なら真っ先に起きてくるのに。
静かな違和感が部屋に漂う。
その横で、資料を読んでいた
ハイド が本を閉じた。
「……確かに遅すぎるな」
立ち上がる。
「様子を見てくる」
アグリがパンをかじりながら言う。
「寝坊してんじゃねーの?」
「その可能性も否定できない」
そう言い残し、ハイドは廊下へ向かった。
静かな廊下。
アラタの部屋の前で足を止める。
中から物音。
起きているらしい。
ハイドは軽くノックもせず、ドアを開けながら声をかけた。
「アラター、エリー。遅いぞ――」
言葉が止まる。
視界に入った光景。
ベッドの横。
アラタが――
エリ に。
ぎゅう、と。
完全に抱きついていた。
顔を肩に埋め、
離れる気配ゼロ。
しかも。
「……エリ、あったかい……」
眠そうな声。
エリは真っ赤になりながら固まっている。
「ア、アラタ!?ちょっと!」
ハイドの思考が停止した。
数秒。
完全沈黙。
そして。
「……はぁ!?」
珍しく素の驚きが漏れる。
アラタはまったく気づかない。
むしろ安心したようにさらに寄る。
ハイドは即座にドアを閉めた。
数秒後。
リビング。
足早に戻ってきたハイドの様子がおかしい。
呼吸が乱れている。
アグリが眉をひそめる。
「どうした、ハイド?」
ハイドは言葉を探すように口を開く。
「アラタが……!」
真剣な顔。
「アラタが……!」
モネも立ち上がる。
「え!?なに!?ケガ!?」
ハイドは勢いよく言った。
「モネに抱きついてる!!!!」
沈黙。
「……は?」
アグリ。
「え?」
モネ。
三秒後。
「「はぁぁぁ!?」」
同時に叫んだ。
ハイドはようやく気づく。
「……違う!…言い間違えた」
咳払い。
「エリだ」
「余計ダメだろ!!」
アグリが机を叩く。
モネは顔を真っ赤にする。
「ちょ、ちょっと待って!?朝から何が起きてるの!?」
ハイドは額を押さえた。
「俺にも理解不能だ……」
真面目な声で続ける。
「だが――」
一瞬、言葉を選ぶ。
「アラタの様子が……明らかに正常ではない」
リビングの空気が変わる。
ただの騒ぎじゃない。
護星天使としての直感が告げていた。
――何かが起きている。
その頃。
部屋の中では。
「エリ〜……」
まだ抱きついたままのアラタが、小さくつぶやいた。
「……なんか、離れたくない」
エリの心臓がまた跳ねた。
異変は、静かに始まっていた。
リビング。
「そうとなったら!」
勢いよく立ち上がったのは
アグリ だった。
「放っとけるかよ!アラタのやつ絶対なんかおかしい!」
腕を鳴らしながら廊下へ向かう。
「ちょ、アグリ待って!」と
モネ。
その後ろをハイド が続く。
アグリは迷いなくドアの前に立った。
「アラタ!入るぞ!」
ガチャッ――
ドアを開けた、その瞬間。
影が動いた。
「!?」
次の瞬間。
――ドンッ!!
何かが真正面から飛び込んできた。
「うおっ!?」
気づいた時には。
アラタ(ゴセイレッド) が
アグリの首元にしがみついていた。
そして。
「はむっ」
「!?!?!?!?」
ハム。
ハムハム。
完全に小動物。
アグリ硬直。
モネ絶叫寸前。
ハイド思考停止。
部屋に妙に平和な咀嚼音だけが響く。
「……はむ……」
数秒後。
アラタの動きが止まった。
首をかしげる。
もう一回。
はむ。
沈黙。
そして。
「…………」
ぺっ。
アラタがゆっくり顔を離した。
涙目。
ものすごく困った顔。
「……筋肉の味しかしない……」
部屋が凍る。
アグリ「は?」
アラタはしょんぼりと肩を落とした。
目尻に涙を浮かべながら、
小さな声で言う。
「アグリ……」
期待していた子犬みたいな目。
そして。
「……嫌い」
世界停止。
「――――は?」
アグリの心が砕けた音がした。
アラタは完全に落ち込みモード。
「おいしくない……」
追撃。
致命傷。
アグリはふらりと後退した。
魂が抜けた顔のまま部屋を出る。
廊下。
モネとハイドが駆け寄る。
「どうだったの!?」
アグリは震える声で言った。
「……俺はもう……ダメかもしれねぇ……」
肩に手を置くハイド。
「何があった」
アグリ、遠い目。
「アラタに……嫌いって言われた……」
モネ「ええええ!?」
ハイドが静かに結論づける。
「……重症だな」
その背後。
部屋の中から聞こえる声。
「エリ〜……」
甘える声。
そして再び――
ぎゅっ。
エリに抱きつくアラタ。
エリは顔を真っ赤にしながら固まっていた。
どうやら。
護星天使のリーダーは現在。
完全に。
エリ専用甘えん坊吸血鬼になっているらしい。
数分後。
ようやくリビングへ現れたのは――
エリ と
アラタ。
……ただし。
普通ではなかった。
アラタはエリのすぐ後ろを歩き、
まるで迷子にならないようにする子どものように
服の裾を軽くつかんでいる。
「アラタ、自分で歩けるでしょ?」
「歩けるけど……」
小さく答える。
「エリの近くがいい」
アグリ、椅子から落ちかける。
モネ、口を押さえる。
ハイド、無言。
二人は席についた。
――その直後だった。
アグリたちが目撃したのは。
アラタが自然な動作で。
本当に自然に。
エリの首元へ腕を回したことだった。
「……え?」
完全に。
恋人の距離。
アラタはエリに寄りかかるように座りながら、
「あー……」
と口を開ける。
待機姿勢。
モネのフォークが止まる。
アグリの脳が理解を拒否する。
エリは少し困ったように笑った。
「もう、しょうがないな〜」
まるで日常みたいな口調で。
パンを小さくちぎり。
そのままアラタの口へ。
「はい、あーん」
ぱく。
もぐもぐ。
アラタの表情が一瞬で緩む。
「……おいしい」
満足そうに目を細め、
さらに首元へすり寄る。
完全安心モード。
沈黙。
長い沈黙。
アグリ(思考停止)
モネ(顔真っ赤)
そして――
ハイド。
静かに紅茶を口へ運びながら。
表情はいつも通り。
だが内心。
(……可愛い)
理性が一瞬崩壊した。
すぐに咳払い。
「……コホン」
分析しようとする。
だが視界の端で、
アラタがエリの肩に頬をすり寄せる。
(……非常に可愛い)
再崩壊。
ハイドは静かに視線を逸らした。
アグリが震える声で言う。
「なあ……」
モネも小声。
「うん……」
「俺らのリーダー……」
二人同時に。
「赤ちゃんになってねぇ?」
その瞬間。
アラタがふと顔を上げた。
赤みを帯びた瞳。
そして。
「……エリ、もう一口」
完全甘え声。
エリは苦笑しながらまた食べさせる。
ハイドは確信した。
これは単なる体調不良ではない。
護星天使アラタに――
重大な変化が起きている。
しかし同時に思った。
(……しばらく観察も悪くない)
朝食の時間。
リビングには穏やかな空気――
のはずだった。
アラタは相変わらず
エリ にぴったりくっついたまま食事をしている。
肩に寄りかかり、完全安心状態。
「あー……」
自然に口を開けるアラタ。
「はいはい」
エリが苦笑しながらパンを運ぶ。
その様子を、
向かい側の三人は無言で見守っていた。
その時。
エリがふと思い出したように立ち上がる。
「あ、ごめん!ちょっとトイレ行ってくる!」
席を離れる。
一瞬。
アラタの手が空をつかんだ。
「……エリ?」
不安そうな声。
扉が閉まる。
静寂。
数秒後。
アラタの肩がしょん、と落ちた。
「……いない」
明らかに元気がなくなる。
それを見た瞬間――
椅子がガタンッと鳴った。
立ち上がったのは
アグリ。
「よし!!」
胸を叩く。
「アラター!!」
妙に高い声。
「私エリ!!ご飯食べさせてあげる!!」
モネ「やめて!!」
ハイド「待てアグリ!!」
止める間もなかった。
アグリは勢いよく隣に座り、
ぎこちなくパンを差し出す。
「ほら!あーん!」
満面のドヤ顔。
アラタはゆっくり顔を向けた。
じー……。
沈黙。
そして。
「……アグリは」
嫌な予感。
「筋肉の味しかしないから嫌」
即答。
致命傷①。
アグリ固まる。
モネが吹き出しそうになるのを必死でこらえる。
しかし。
追撃は終わらなかった。
アラタは少し眉を寄せて、
本気で困った顔で言った。
「あと……」
間。
「気持ち悪い」
世界終了。
アグリの魂が抜けた。
「…………」
パンが床に落ちる。
スローモーション。
ハイドが静かに目を閉じた。
モネ、小声。
「アグリ……生きて……」
アグリはふらふらと立ち上がる。
「俺は……」
遠い目。
「そんなにダメか……?」
そのまま壁際へ歩き、
体育座り。
完全敗北。
その時。
リビングのドアが開く。
「ただいまー」
エリが戻ってきた。
次の瞬間。
アラタの顔がぱっと明るくなる。
「エリ!」
即移動。
ぎゅっ。
再び抱きつく。
エリ「もう、ちょっと離れてってば」
でも嬉しそう。
その光景を見ながら。
ハイドは紅茶を飲み、
心の中で静かに結論づけた。
(……やはり、エリ限定だな)
そしてもう一つ。
(……非常に可愛い)
朝食のテーブル。
相変わらず――
アラタ は
エリ の腕に軽くしがみついたまま離れない。
安心しきった表情。
完全に警戒心ゼロ。
「あー……」
自然に口を開ける。
「はいはい、ちゃんと噛んでね?」
エリが苦笑しながら食べさせる。
その光景を少し離れた席から観察していた
ハイド が、静かに口を開いた。
「……おそらく」
真剣な声。
アグリとモネが顔を向ける。
「アラタは、スカイックパワーの循環に異常が起きている」
腕を組む。
「護星天使としてのエネルギーバランスが崩れ――」
ちらりとアラタを見る。
エリの肩に頬をすり寄せている。
「……あのような状態になっている可能性が高い」
モネが小声で言う。
「つまり?」
ハイドは淡々と答えた。
「吸血鬼化に近い現象だ」
沈黙。
次の瞬間。
アグリが勢いよく立ち上がる。
「そうか!!」
机を叩く。
「吸血鬼化が解ければ!!」
希望に満ちた顔。
「俺のことも普通に好きになるんだな!?」
ハイド、即答。
「いや……」
一拍。
「アグリの件は元からかもしれない」
致命傷。
「…………は?」
アグリ硬直。
モネがぶふっと吹き出しかけ、必死に口を押さえる。
肩が震えている。
「ぷっ……ちょ、ハイド……」
笑いをこらえきれない。
アグリはゆっくり椅子に座り直した。
「俺……元から……?」
遠い目。
精神ダメージ継続中。
その一方で。
エリが少し席を外した隙に、
モネ がそっとアラタの隣へ移動した。
「アラタ?」
優しく声をかける。
アラタは顔を上げる。
少し不安そう。
「……エリ?」
「すぐ戻るよ」
安心させるように微笑みながら、
モネはぽん、と頭を撫でた。
その瞬間。
アラタの肩の力が抜ける。
「……ん」
目を細める。
完全に撫でられ待ち。
モネは思わず笑った。
「ほんと子犬みたい」
パンを小さくちぎり、
「はい、あーん」
ぱく。
ちゃんと食べる。
ハイドが観察するように呟く。
「……拒絶反応はない」
だが。
アラタは食べ終えるとすぐ周囲を見回した。
落ち着かない様子。
「……エリ、まだ?」
やはり違う。
ハイドは確信する。
依存度が明確に異なる。
その時――
リビングの扉が開いた。
「戻ったよー」
エリの声。
次の瞬間。
アラタの表情が一気に明るくなる。
「エリ!」
即移動。
ぎゅっ。
再び抱きつく。
モネは苦笑した。
「はいはい、交代ね」
ハイドは静かに眼鏡を押し上げた。
(これは……予想以上に深刻だな)
しかし同時に。
(だけど…こんなアラタいいかも…)
朝の光がカーテンの隙間から差し込み、部屋の中を淡く照らしていた。
食事を終えたばかりのアラタは、モネの膝にもたれかかるように座り込み、まぶたを重そうに何度も瞬かせていた。頬はほんのり赤く、どこか満たされた子どものような顔をしている。
モネが優しく頭を撫でる。
「はい、もう一口。ちゃんと食べないと力出ないよ?」
「ん……」
アラタは素直に口を開け、差し出されたスプーンを受け入れる。その様子は完全に飼い慣らされた子犬のようだった。
その横で、アグリはまだ落ち込んだまま壁にもたれている。
「……俺、そんなにまずいか?」
ハイドが腕を組みながらため息をついた。
「いや、“まずい”っていうか……生命としての方向性が違うんじゃない?」
「方向性!?」
モネは吹き出しそうになりながらも必死に口元を押さえる。
そのとき。
アラタがふらりと体を揺らした。
「……眠い……」
「え、もう?」
エリが近づいた瞬間だった。
アラタはぼんやりした目のまま、まるで本能に引き寄せられるようにエリへ寄り――
無意識に。
はむ。
「ひゃっ!?」
エリの肩が跳ねる。
アラタはエリの首元に顔を埋め、小さく甘えるように噛みついていた。吸血鬼特有の鋭い牙が軽く触れる。
部屋の空気が一瞬止まる。
「ア、アラタ……?」
エリは真っ赤になりながら固まる。
しかしアラタは完全に半分寝ている状態で、安心した猫のようにすり寄っていた。
「……あったかい……」
小さく呟く。
しばらくして――
状況を理解しきれていないアグリが腕を組み、大声で言った。
「いや待て!!エリの首も筋肉の味しかしない……と思う!!」
全員がアグリを見る。
沈黙。
アラタはゆっくり顔を上げ、眠そうな目のままエリの首を見つめた。
そしてぽつり。
「……エリの首、柔らかい……」
エリ「!?」
「……おいしいな」
エリの顔が一気に真っ赤になる。
モネは完全に笑いをこらえきれず肩を震わせていた。
だが次の瞬間。
アラタの視線が、すっとアグリへ向いた。
「それに比べて……」
アグリが期待したように身を乗り出す。
「……アグリのは筋肉の味しかしないし……」
「うんうん!」
「……なんか賞味期限きれた揚げ物みたい」
「!?」
アグリ、硬直。
「揚げ物!?しかも期限切れ!?」
床に膝をつく。
「俺そんな扱いなの!?」
ハイドが静かに肩を叩いた。
「現実を受け入れよう、アグリ」
モネはついに吹き出した。
「だ、だめ……もう無理……っ!」
エリは首を押さえたまま、恥ずかしさで視線を泳がせる。
その間にもアラタは再びエリにもたれかかり――
「……すき……エリ、やわらかい……」
完全に眠りへ落ちていった。
部屋には笑い声と、ひとり崩れ落ちるアグリの嘆きが響いていた。
部屋の空気は、さっきまでの騒がしさが嘘のように静まり返っていた。
エリにもたれかかったまま、アラタは完全に眠っている。
規則正しい寝息が小さく響き、時折指がエリの服をきゅっと掴む。
「……重くない?」
モネが小声で聞く。
エリは少し困ったように笑いながら首を振った。
「う、うん……大丈夫」
だがその瞬間――
アラタの口が、かすかに動いた。
「……エリ……」
全員の視線が一斉に集まる。
寝言だった。
「エリ……好きだよ……」
エリ「!?」
空気が凍る。
アグリがゆっくり振り返り、モネは目を見開き、ハイドは驚いた
アラタは眠ったまま続ける。
「……エリ……優しくて……俺の……昔からの幼馴染……」
エリの頬がみるみる赤くなる。
逃げようにも、当の本人が腕を回して離してくれない。
「……だから……大好き……」
――完全沈黙。
数秒。
誰も動かない。
そして次の瞬間。
ハイドがバンッ!!と机を叩いた。
「わかったぞ!!!」
全員「!?」
ハイドはビシッとアラタを指さす。
「吸血鬼化の理由が!!」
アグリ「な、なんだ!?」
モネ「急に名探偵みたいになった」
ハイドは自信満々に宣言した。
「それは――!」
dramatic な間。
「エリへの日ごろから言えない事を言うためのやつだったんだ!!」
部屋、再び沈黙。
エリ「えぇぇぇぇ!?」
顔が爆発しそうなほど赤くなる。
「ち、違うよ!絶対違う!!」
モネは肩を震わせながら笑いを堪える。
「いやでも……理屈としては合ってるかも」
アグリは拳を握りしめた。
「つまり!!普段のアラタは恥ずかしくて言えないだけで!!」
ハイド「吸血鬼になることで理性が外れ、本音が漏れる!」
モネ「めちゃくちゃ都合いい体質だね」
その間にも――
アラタは眠ったまま、エリの肩に頬をすり寄せる。
「……エリ……いないと……やだ……」
エリ「~~~~っ!!」
限界だった。
「も、もう無理!!起きてアラタ!!今すぐ!!」
揺さぶるが、アラタは幸せそうに微笑むだけ。
ハイドが腕を組む。
「確定だな」
アグリ「確定だな」
モネ「確定だね」
エリ「確定しないで!!」
そのとき。
アラタがさらに小さく呟いた。
「……エリは……特別……」
――トドメだった。
エリは真っ赤なまま固まり、動けなくなる。
そして部屋の隅では。
アグリが膝を抱えて震えていた。
「……俺には賞味期限切れ揚げ物って言ったのに……」
ハイドが静かに肩を叩く。
「比較対象が悪かったな」
笑い声と赤面と失恋(未満)が入り混じる中、
吸血鬼アラタは何も知らず、安心しきった顔で眠り続けていた。
朝の光が差し込むリビング。
ソファにもたれかかる形で眠っていたアラタのまぶたが、ゆっくりと動いた。
「……ん……」
小さく声を漏らし、目を開ける。
視界に入ったのは――見慣れた天井。
そして、すぐ近くに感じる温もり。
「……あれ?」
体を起こそうとして、ふと気づく。
自分の手が、誰かの服をしっかり掴んでいる。
視線を下げると。
「……エリ?」
すぐ隣で、エリが固まったまま座っていた。
距離、ほぼゼロ。
肩が触れているどころか、完全にもたれかかって寝ていた状態。
数秒の沈黙。
そして――
「えええええええええええええええ!?」
アラタが飛び上がった。
「な、なんで!?なんでエリの隣で寝てるの俺!?!?」
勢いよく後ずさるアラタ。
エリは顔を真っ赤にしたまま視線をそらす。
その背後。
腕を組んだハイド、ニヤニヤしているモネ、魂が抜けかけたアグリ。
ハイド「ようやく起きたか、吸血鬼くん」
アラタ「……吸血鬼?」
モネ「覚えてないんだ」
アラタ「え?なに?俺昨日普通に寝ただけだよ?」
三人が同時にエリを見る。
エリ「……」
アラタ「エリ?どうしたの?」
エリは深呼吸を一回。
覚悟を決めた顔になる。
「……全部、話すね」
――数分後。
「…………」
アラタ、完全停止。
「……え?」
エリ「だからね、朝起きたらアラタが吸血鬼になってて」
モネ「ずーっとエリにくっついてて」
ハイド「血を吸うと言って首に噛みつき」
アグリ「俺には筋肉の味しかしないって言った!!」
アラタ「待って待って待って待って!!!」
頭を抱える。
「なにそれ!?俺そんなことするわけ――」
ハイド(静かに)「寝言もな」
アラタ「寝言?」
全員、再びエリを見る。
エリ「……」
アラタ「……エリ?」
エリは真っ赤になりながら、小さな声で言った。
「……好きだよって」
アラタ「」
モネ「大好きって」
アグリ「特別って」
ハイド「幼馴染だから離れたくないとも言っていたな」
アラタ「ーーーーーーー!!?」
顔が一瞬で爆発したみたいに赤くなる。
「う、うそ!!絶対うそ!!」
モネ「残念ながら全員証人」
ハイド「録音しておけばよかった」
アラタ「しないで!?」
アラタはゆっくりエリを見る。
エリも視線を合わせられない。
沈黙。
気まずさMAX。
そしてアラタは両手で顔を覆った。
「……ご、ごめんエリ……」
小さな声。
「変なこと……してない?」
エリは少し考えて――
ふっと笑った。
「……うん。ちょっと甘えん坊だっただけ」
アラタ「ちょっと!?」
モネ「子犬レベル」
ハイド「いや依存レベル」
アグリ「恋人レベル」
アラタ「やめてぇぇぇ!!」
ソファに突っ伏すアラタ。
その耳まで真っ赤だった。
すると。
エリがそっと言う。
「……でも」
アラタが顔を上げる。
「嫌じゃ……なかったよ」
静かな一言。
アラタ、再起動停止。
ハイドは小さく呟いた。
「……なるほど」
モネ「これは進展だね」
アグリ「俺だけダメージ受けてない?」
誰も答えなかった。
こうして――
吸血鬼事件は終わった。
だが。
アラタとエリの距離だけが、
少しだけ変わってしまったのだった。
朝の空気は、さっきまでの気まずさを引きずったままだった。
テーブルには朝食。
ハンバーグ、サラダ、スープ。
いつもと変わらないはずなのに――妙に静か。
アラタは必要以上に明るい声を出した。
「と、とりあえず!!朝ごはん食べようよ!!ね!!」
モネ(絶対誤魔化してる…)
ハイド(わかりやすいな)
アグリ(俺まだ賞味期限切れ扱いなんだけど)
エリはまだ少し顔が赤いまま、小さく頷いた。
「う、うん……」
全員が席につき、食事が始まる。
カチャカチャと食器の音だけが響く。
アラタはやけに真面目な顔でハンバーグを切っていた。
(普通にしよう。普通に。いつも通り。)
そう思った、その時。
エリ「ん」
ハンバーグを食べた拍子に、口元に少しケチャップがついた。
ほんの小さな赤い点。
誰よりも先に――アラタの視線がそこに止まった。
次の瞬間。
アラタは椅子を引き、自然な動きで身を乗り出した。
「エリ、ついてるよ」
エリ「え?」
指で取る――はずだった。
でも。
なぜか。
本当に無意識に。
アラタの顔がそのまま近づいて――
ぺろ。
……いや。
軽く触れるように。
唇が、エリの口元に触れた。
一瞬。
時間が止まる。
エリ「…………」
アラタ「…………」
モネ「」
ハイド「」
アグリ「」
数秒後。
エリの頬が一気に真っ赤になる。
「!!??」
椅子がガタンッと鳴った。
アラタも遅れて理解した。
「え?」
自分の行動を思い出す。
「……え?」
さらに理解が進む。
「ええ!?!?俺いま何した!?!?」
勢いよく後ろへ下がる。
顔が爆発寸前。
「な、なんで!?俺なんで今!?!?」
エリは両手で口元を押さえ、完全フリーズ。
モネは机に突っ伏して震えている。
「むり……朝から事件……」
ハイドは深くため息をついた。
「後遺症だな」
アラタ「後遺症!?」
ハイド「吸血鬼状態の行動が無意識に残っている可能性が高い」
アグリ「つまり本能ってことか」
アラタ「違う!!違うって!!」
しかし。
アラタの視線はまた無意識にエリへ向く。
エリと目が合う。
二人同時に逸らす。
沈黙。
そしてハイドがぽつり。
「……ちなみに」
全員を見る。
「吸血鬼は“気に入った相手”にしかああいう行動を取らない」
アラタ「ハイド!!」
エリ「やめて!!」
モネ、大爆笑寸前。
アグリは遠い目。
「俺には筋肉って言ったのにな……」
アラタは頭を抱えたまま叫ぶ。
「もう今日戦い行けない!!無理!!」
するとエリが小さく言った。
「……でも」
アラタ「?」
エリはまだ赤い顔のまま。
「……ちゃんと拭いてくれて、ありがと」
アラタ、再び停止。
ハイド(重症だな)
モネ(青春だねぇ)
こうして――
吸血鬼事件の後遺症は、思った以上に深刻だった。
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あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ尊い!