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暑い。とにかく暑い。車のエアコンから温風が出ているかのように車内はサウナ状態だ。しかもハンドルを握っている部下も暑苦しくて嫌になる。この男と組まされて碌なことが無いのに、上司に何度言っても変えてくれないし。あたしはもっとベテランな刑事の方が話しが合うのよ。本庁にいた時だってそうだったし。但しまさか口説かれるとは思わなかったけど。
「はぁ。暑い。なんで捜査一課が人探ししなきゃなんないですかねっ?」
「甲賀くん。そもそもキミが焼死体を見て卒倒したからでしょ?。火災現場の現場検証だってあたしたちの仕事なのに。…あ。あそこみたいね?」
「七月診療所。間違いないですね。…へぇ。案外と綺麗な洋館ですねぇ。」
「そうね。医院長さんのセンスが良いんだわ。…ほら?そこに停めて?」
初めて訪れた名も知らない街。賑やかな商店街を横目に到着したそこは、少し小高い丘に建っていた。まるで絵本にでも出てきそうな可愛らしい佇まいで、白く塗られた木の塀と華やかな花壇が出迎えてくれた。庭には芝生が敷かれ、無作為に並ぶ洋風な飛び石も可愛らしい。もの凄く和んだ。
「はい。タチバナ先生は確かにわたしの患者さんですけど。…なにか?」
「おっ!お休みの日に申し訳ないのですが!そ!その館花さんの件でお尋ねしたい事がありましてっ!。わたしは県警そうさいっ!?。…警部?」
「君はいちいち声が大きいって何回言わせるのよっ?。すみません、わたくし県警捜査一課の紫かのえ《ムラサキ・カノエ》と申します。これは部下の甲賀です。あの…五月蝿くして、たいへん申し訳ありませんでした。(なんて綺麗な人。銀色の髪と青い瞳なんて、おとぎ話のお姫様だわ…)」
焼き付けるような太陽が少し傾いて、川沿いに吹き渡る風のお陰で、その洋館の庭はいくぶん過ごしやすかった。真っ白なサマードレスのフレアーな裾を風にそよがせながら、天然色な花々が競うように咲いた花壇に水をやっていた美麗な女性に声をかけたのだ。…医者には全く見えなかった。
「タチバナ先生に何かあったのですね?。あ。コチラへどうぞ?。コウガさん?も、たくさん汗をかいてますし冷たい物でも召し上がって下さい。それからご要件を伺いますので。さ。強すぎる日光はお肌の敵ですよ?」
「え。あ、ですね。……それでは、お言葉に甘えます。…ほら行くわよ?」
「は…はい。(そんなに声…でかいのかなぁ?ぼく。しかし美人だなぁ…白人系なのかな?。スケベそうな体してぇ…あの腰つきも堪らないなぁ…)」
その長い銀髪の麗人は、刑事手帳を見せつけたわたしたちを訝しげに見ることも無く、実に爽やかな笑顔で誘ってくれた。同性であるはずなのにこの格差はなんだろう?。いやそんな事よりも、世間では警察とゆうだけで眉を潜められてしまうのに、こんなにも優雅に、にこやかに、そして丁重に迎えられたのは初めてだと言える。思わず目頭が熱くなってしまった。
「あっつ〜。レオくんって暑さに強いよねぇ。汗とか全然かかないし…」
「ん〜?そうでもないよぉ。こうして料理してると集中できるからな〜身体が勝手に忘れてるだけさ。…リン?…もう少しエアコン強くしたら?」
「う〜ん。カスミ先生が何もかも無料にしてくれてるから、なんだか気が引けるのよねぇ。電気だってタダじゃないし、使い過ぎるのも…ねぇ?」
現在午後の三時の少し前。キッチンでマヨネーズを手作りしていたレオ君のお手伝いを終えたところ。銅のボールに卵黄を5コ入れて、塩コショウしてからサラダ油を少しずつ垂らしつつホイッパーで混ぜ続ける。途中で何かのビネガーを足して味を見たら、またサラダ油を足しながら混ぜるの繰り返しだ。わたしはそのサラダ油を注す役で、ずっと見ていられた。
「だからって…体調壊したら意味ないだろぉ?。ほら、手伝ったご褒美のミルクセーキ。そのマドラーでかき混ぜながら飲んでくれ。うまいぞ?」
「これがミルクセーキ?。喫茶店とかのより…なんだか色が濃くない?」
「ミルクセーキの材料は主に卵黄と牛乳と砂糖なんだけど、卵黄を多くするほうがコクがあって美味いんだよ。それに卵黄はスタミナ源にもなるからな?。色んな意味で人の身体に良い事も分かってきてるんだってさ。」
「ふぅん。勉強してるのねぇ?レオくんも。ちゅぅ〜。凄い美味し!?」
「だろぉ?。暑さ疲れの身体には、サラッと飲めて、しかも栄養価の高い飲み物が良いんだよ。糖質も少しは摂らないと頭が働かないしな?」
こうして料理の話になると目を輝かせるレオくんが可愛い。あとは自然の事とか動物のこととか詳しくて、二人になると話題が尽きない。かく言うアタシは現在、看護師の資格を取るべく猛勉強中だ。カスミ先生はあたしなら医師にもなれると言ってくれたけど、大学も辞めたばかりだし、この診療所から出るのがまだ少しだけ怖い。あの豚は死んだけど、あんな男はどこにでもいるものだ。今は安心な場所で…安心をして暮らしていたい。
「ヤツカドさん?。その身体に良いミルクセーキを三つほど作ってもらえますか?。さ、コチラへ。リンちゃん、そこの椅子を取ってもらえる?」
「お邪魔しま…なんて素敵なキッチン。…中も中世の欧風なんですねぇ♪」
「あらあら。わかって頂ける方がいて嬉しいわぁ。このテーブルや椅子たちも、みんなヨーロッパ圏から取り寄せたのですよぉ。アンティーク専門のブローカーにお願いして♪。あらあら、わたしったら。さ、どうぞ?」
「……はい。…ありがとうございます。(声をおさえて…声を抑えろ…僕…)」
「わぁ♪ほんとに素敵ですねぇ♪。(まるでメルヘンの世界観だわぁ♡)」
レオ君特製のミルクセーキが身体に沁みるようだ。そんな事を考えてたら突然に裏口のドアが開いた。いつも綺麗なカスミ先生が入ってきてレオくんになにか言っている。扉の開いた勝手口には、大柄な男と…少し背の高い黒髪な女性が申し訳無さそうに立っていた。この暑いさなかにスーツ姿とはなんて気の毒な二人だろう。もう少しエアコンを効かせてあげよう。
「え?。館花先生が消息不明に?。あらあら、それは大変ですわねぇ。」
「そうなんです。それでタチバナ氏の運転手の証言では…消息を絶ったその日、タチバナ氏はこの診療所から出てこなかったと証言しています。確認ですが…その日に提出されたんですよね?防犯カメラの映像データを。(一応はちゃんと伝えておかないと。いちおうは捜査なんだし。でも…)」
「はい。あ、私はここで看護師をやっています、黒咲と言います。川向うの警察署にそのデータを届けたのはわたしです。七月先生への痴漢行為の証拠画像として提出しました。…私も確認しましたが…酷い画像でした…」
この診療所は美人しかいないらしい。赤い髪の女の子や青い髪の女性に金髪なギャルまで。それぞれが個性的ではあっても美形すぎだ。当然のように左右対称な顔立ちは標準装備なの?。しかもそれぞれが美しい形の顔のパーツを、さも当然のようにバランスよく嵌め込まれている。庭先で感じた七月先生へのコンプレックスまで溢れてきた。酷く気が滅入りそうだ。
「それはわたしも署で確認しています。明らかな痴漢行為でした。そしてその被害届から、今回の消息不明が浮上したんです。…あ、ありがとうございます。(え!?。この青年もここのスタッフなの?。もはや楽園じゃない!。…ん?なにコレ?。ミックスジュース?。でも…この薫りは…)」
「ありがとうヤツカドさん。…ん♪美味し♡。刑事さん達も…どうぞ?」
「は、はい!。…ズッ…ズルズーーッ!。凄いぞコレ!なんて旨さだ!。ほら!警部殿もご馳走になりましょう!。いゃあ!ホントに美味いっ!」
「ひっ?。この大きな刑事さん…声デカいっすねぇ…。ちゅ〜。美味し♡」
「…ははは。申し訳ありません。では…わたしも頂きますね?。ちゅう。おっ美味しい♡。すごく濃いミルクセーキですね。本当に美味しいです。(おい…甲賀。…後で説教だからな?。ってゆうか…バディ解消な!?)」
この男は本当にっ!。いくら署長の甥っ子だからってボンボン振りもいい加減にしてもらわないと!恥をかくのはわたしの方だとゆうのにっ!。しかし他の捜査官で女の私とバディを組みたがる者はいない。自分より階級が上の女とだと捜査がやり辛いらしい。まったく男社会は見栄ばかりで。
それにしてもこんなミルクセーキは初めてだ!。と言うかミルクセーキって今日まで飲んだことあったっけ?。滅多にお目にかかれない気がする…
すっと鼻を通るバニラエッセンスの薫りが心地よくさえある。美味しい。
「ここが診察室です。防犯カメラはあそこに。令状がある以上は診療所としても全面的に協力いたします。…何かありましたらお尋ねください…」
「ごっ!ご協力にっ!あう!?。…痛いですよ警部殿ぉ。蹴らなくても…」
「あんたは鑑識班をここに誘導しなさい。庭は絶対に傷付けさせないように!。絶対によ?…いいわね?。…ほら!さっさと行く!。……申し訳ありません七月先生。…個人的にはまったく必要ないと考えているのですが。」
「警察とはそうゆう組織なのでしょう?。貴女が気に病むことではありませんよ。あ、音々ちゃん?後をお願いしてもいいかしら?。少し汗をかいたからお風呂に入りたいの。それにすこしお昼寝がしたいし。…いい?」
「はい。大丈夫です。…刑事さんも構いませんよね?私が代わりでも…」
「はい。それと、あくまでも念の為ですので、その、気を悪くなさらないでくださいね?七月先生。……ご協力に…深く感謝いたします。…どうぞ。」
あらかじめ渡されていた家宅捜索令状。疑わしきは罰せず。とか言っている割には権力に弱いのが日本の司法と国家権力だ。とある政党の党首が消息を絶ったと、所属する党員から申し出られただけで叩かれた蜂の巣だ。
只でさえSNSで誹謗中傷をして、死者まで出しているタチバナ氏を探す価値がどこにあるのだろう?。攻撃を得意とする者は攻撃されると脆い。最近ネットで袋叩きにされているから…雲隠れしているに違いないのに。
「こちらが外の防犯カメラの映像ですね。そしてこちらが診察室で、こちらが玄関と入院室と、こちらが裏口の前です。…当日の映像データに切り替えますので見たい所を言ってください。左上で日付確認ができます…」
いきなりの捜査令状にも嫌な顔ひとつせずに応じてくれた七月先生と、どえらく美人な看護師の黒咲音々さん。今も受け付けのモニターの電源を入れてパソコンまで立ち上げてくれた。彼女は私が憧れるプロポーションの持ち主でもある。ああ神よ…願わくばわたしも黒咲さんみたいにして!
「…では当日に受診しに来たタチバナ氏に関連する映像をお願いできますか?。特に…診察室に入る前と出た後の影像を重点的にお願いします。」
「はい。……ではタチバナ氏を追いかける形で写していきますね?。…これが診察室に入る前です。そしてこれが問題の…受診されている間の映像です。…ここで触ってるんですよねぇ。音声が無いのは仕方ないので…」
「本当に…モロに掴んでますよねぇ。これで痴漢じゃなかったら何だっていうのでしょうか。(わ♪。七月先生、怒った顔も素敵♡。しっかしこの男、こんな事したら嫌われるとか考えないのぉ?。先生にプロポーズまでしてるって聞いた時、開いた口が塞がらなかったわよ。あー嫌だ嫌だ。)」
しかし刑事の仕事とは、考えられる可能性を追いかけ、その確認を漏れなく熟さなければ二度手間になることも珍しくない。わたしは黒咲さんにお願いして防犯カメラの映像を受け付けのモニターに写してもらっている。30インチの大型画面に映し出されたクリーム色なスーツ姿の館花党首は随分と機嫌が良さそうだ。しかし気が付いた事がある。カメラの死角だ。
「…黒咲さん。診察室に出入りする角度は映らないんですね?。それに診察室も七月先生にカメラが向いているし。…でもタチバナ氏の上半身は映ってるわね。……ここで立ち上がって…診察室を出ているのね。…でもホール側のカメラには写っていない。…トイレ側は…あ。…裏口方面だけね…」
「確かに診察室を出た所は写っていませんでしたね。…だとすると…ちょっと来ていただけますか?。玄関や裏口以外でも外に出られるんです。この診療所のトイレには緊急避難用のドアがあるんです。案内しましょう。」
わたしは黒咲音々さんに言われるがまま、その背中に着いてゆく。なんてスレンダーな女性だろう。そのくせとても色気のある歩き方をする。わたしのお尻もあんな感じに形良く、程よい大きさなら、自慢のクビレがもっとはっきり分かるのに。就寝前のストレッチをもう少し頑張ってみるか。
「これは。…全て個室のトイレなんですね?。そして突き当りには扉が。これは女子トイレも同じなんですか?。(なに?この香り。普通の芳香剤じゃないわ。…えっ!?トイレの中に花束が!?。なんて気遣いなの?)」
「はい。ご案内いたします。その前に…その扉やその外を確認されてはどうですか?。もしかしたら何か解るかも知れませんし。…これは私の独り言ですが、あの方はネットでも辛い思いをされていたようですし、その上で痴漢行為の被害届を出されたのでは、もはや政治家としての道さえ閉ざされたのではないでしょうか?。私ならその厳しい現実から逃避します。そして誰も知らない土地で、密かに暮らして、心の回復を試みますわ…」
「そうですよね。政治家は厚顔無恥も才能の1つとされてますけど、やはり人の子ですから逃げ出したくなるのも当然ですよねぇ。実はわたしも同じ意見なんですよ黒咲さん。でも貴女の言葉通り、念の為に鑑識に調べてもらいます。……あ、甲賀くん?。鑑識の人を男子トイレに……ええ。そっちは何か出た?って。…そうルミノールも。…まぁ…出るわけ無いわね…」
ほら。言わんこっちゃない。刑事歴三年のわたしの推察通りじゃない。こんなにも患者さんに気を使っている診療所で殺人事件なんか起こりっこないのよ。それをこの病院から行方が知れなくなったからって決めつけ過ぎだっての。どうせ例の政党から『とにかく逮捕しろ!』とか言われて圧力をかけられたに決まってる。同じ公僕なのに…なんて情けないんだろう。
「それでは七月先生。この度は大変ご迷惑をおかけしました。そしてご協力に大変感謝をしています。ありがとうございました。ほら?甲賀くん。ちゃんと片付けたか確認して。それが終わったらさっさと戻るわよ?。結果的に、男子トイレのドアノブからタチバナ氏の指紋がべったり出てるんだから、自分から失踪したと考えるのが正解なんだし一件落着よ?。報告書はキミに任せるから手柄にしていいわ。それでは先生。失礼致します。」
「はい。ご苦労さまでしたぁ。あ。ムラサキ警部?。このあとお時間ありませんか?。少しばかりわたしに付き合っていただきたいのですけど…」
「え?あ。……ちょっと待ってくださいね?。……甲賀くん…後は任せていいわよね?手柄もあげるんだし!。…あたしはちょっと急用ができたから先に帰って?。報告書だけはちゃんと書きなさいよっ!?いいわね!?」
「は、はい!。後は僕にお任せ下さいっ!。…あの本当に僕の手柄にして良いんですか?。…政治家関係の手柄の評価って…凄く大きいんじゃ…」
「あーあーそんなの興味ないから。さっさと帰って、報告書かいて、一週間後に表彰でもされてなさい。金一封も出るかもね?。じゃ、お疲れ。」
およそ三時間に及んだ検証作業。行方不明者の指紋も出たことで鑑識課の皆さんも含めて、どこか満足そうな顔で帰って行った。とにかく大声がうるさい甲賀武蔵に付き纏われなくて済むと思うと清々する。明日は非番だしのんびり過ごしたい。そこに美人な医師からのお誘いなのだ、看板ではカウンセラーもできるらしいし、この際だから悩みも聞いて貰っちゃお♪
「サクラ?。……ナ〜イス♪。ホントにデキる様になったわねぇ♡ 」
「音々姉さんの言いつけ通り、裏庭に運び出す時にトイレのノブを握らせといたっす♪。ついで八門の兄さんが芝生を綺麗に刈ってくれたっす♡」
「それなら血液反応も出ないわねぇ♪。ナイスコンビネーション♡」
「へっへっへ♪。伊達に夜中に虫けら狩りやってないっすよお。そもそも姉さんは警察が来るように仕向けたんすよねぇ?。診察室以外のカメラの向きも少しズラして死角を作って、カメラに映らずに移動する事が出来るように錯覚までさせて♡。さすがは魔界剣士長ネルの娘さんっすねぇ♪」
「そこまで知ってたのね。…まぁ、こっちでは関係ないし。何にしてもお腹が空いたわ。八門くんが『今日はいい卵が入ったから今夜は卵尽くしにする』って言ってたから楽しみだわぁ♪。また食べ過ぎそうだけどぉ…」
たかが人間の行う調査など穴だらけだ。それに司法でも、たった1つの動かせぬ証拠があれば永遠に疑うことをしない。たとえ少しくらい回りくどいやり方でも、確実性を追えば国家権力を利用するのがもっとも手堅い。
そもそもあの身のほど知らずはもう死んだのだ、サクラが殺っていなくともわたしが時間差で殺しただろう。私達に暮らしを与え、いつも優しいカスミ先生に仇なす輩の排除は私たちの役目だ。それはこれからもずっと。