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それから少しして、小柴くんから社長に連絡が入る。
私はその場で待機するよう言われていた事もあって社長と二人、気まずい空気の中事務所に留まっていた。
目の前で社長が小柴くんからの電話を受けている中、私には雪蛍くんから着信が入る。
「……もしもし」
『莉世! 週刊誌の事、聞いた?』
「……うん、今事務所で社長と一緒に居る。私たちが交際を続けているのかって、確認をされたよ……」
『そうか……悪い……黙ってるつもりは、無かったんだ……ただ、今はお互い忙しいし、余計な心配掛けたくなくて……』
そう口にする雪蛍くんだけど、何だか話しづらそうと言うか、出来ればこの話題は避けていたかったように感じられて仕方ない。
何か理由があるのは分かるし、忙しいのは本当だから、複雑な事情なら会った時に直接話すとか、そうしたかったんだって、頭では分かってる。
分かってるけど、こんな重大な事をこんな風に他人から知らされるなんて、一番嫌だった。
隠し事をされた事が、一番悲しかった。
だから、
「……何か事情があるのは、分かる。でも、私は隠し事なんて、されたく無かった……嘘なんて、ついて欲しく無かったよ……」
可愛くない答えだって分かってるけど、そう言わずにはいられなかった。
『――本当にごめん、莉世! 今週末、必ず時間作って会いに行くから、その時きちんと説明させて! 頼むよ!』
そんな悲痛な声をした雪蛍くんが私に訴えかけてくる。
「……うん、分かった…………それじゃあ、もう仕事に戻るから」
『莉世――!』
ひとまず彼の言葉に頷いた私だけど、頭の中が混乱しているのと今はこれ以上何も話をしたくなくて、まだ何か言いたげな雪蛍くんの呼び掛けを無視して一方的に電話を切った。
小柴くんから社長には後で本人が説明をするという事になり、ひとまずこの件は事実無根、熱愛報道は誤解だという内容で事務所の方が引き続き対応するという形で纏まり、私は業務に戻る事となった。
打ち合わせを何件か済ませ、時刻は午後八時半を過ぎた頃、コインパーキングに停めていた車を取りに行こうと繁華街を歩いていると、「あれ? もしかして、莉世? 南田 莉世じゃない?」なんて、どこか聞き覚えのある声で名前を呼ばれた私が声のした方へ振り向くと、
「……え、もしかして、遊……?」
そこには、黒髪短髪でグレーのスーツを纏った長身細身で笑顔が爽やかな男の人の姿があった。
彼の名前は佐伯 遊。
遊は高校時代の同級生で――私の初めての彼氏になった人だった。
「久しぶりだな!」
「本当に、久しぶり!」
風の噂で大手企業に入社して入社一年で海外勤務になったという話は聞いた事があったけれど、まさかこんな所で再会する事になるとは思わなかった。
「なんつーか、変わってねぇな?」
「そうかな? まあでも、遊も変わってないよね」
「いやいや、そんな事ねぇだろ? あの頃よりだいぶイケメンになったと思うけど?」
「そういう事自分で言っちゃうとことか、全然変わってないって」
「はは、マジか」
遊はなんて言うか、明るくてムードメーカーで男女から好かれていた。
当時の遊は俳優になりたいと言っていた事から、劇団出身だった事や、芸能マネージャーに興味のあった私と話が合い、そこから仲良くなって、いつしか付き合うようになっていた。
高校一年の終わりから高校三年の秋くらいまで付き合ってたけど、その頃に遊のお父さんが不慮の事故で亡くなってしまい、それが原因でお母さんが心を病んでしまった事で北海道にいる母方の祖父母宅へ引っ越す事になって、遠距離恋愛は向いてないからとお互いに納得して別れた。
遊が引越しをしてから初めの頃は連絡をしていた時期もあったけど、互いに忙しくなるにつれて連絡を取る事も無くなり、引越しをして以降会う機会も無かったから、こうして遊に会うのは本当に久しぶりだった。
「つーか莉世、お前今、あの渋谷 雪蛍のマネージャーなんだってな? 俺、ほとんど海外勤務でさ、半年前にこっち戻って来たんだよ。んで、その時久々に白石とか宮城と飲んで、二人から莉世の話を聞いたんだよ」
「ああ、そうなんだ」
白石と宮城というのは高校の同級生。
私がマネージャーをしている事はどこからか広まっていて中学、高校の同級生は大半が知っているから、別に不思議な事では無かった。
「お前は凄いな、芸能マネージャーになりたいって夢叶えて」
「ありがとう」
遊が俳優の道を諦めた事は大手企業に就職したと知った段階で分かっていたから、敢えて聞きはしない。
「そういえば、お母さんはどう?」
「ああ、母さんは今じゃすっかり元気だよ。じいちゃんばあちゃんと一緒に過ごせてたのも良かったんだと思う」
「そっか。それなら良かった」
それから私たちは当たり障りのない会話を交わしていたのだけど、
「――なあ莉世、良かったら連絡先、交換しない?」
遊のその一言が、私の心をザワつかせた。
元カレだけど、もう随分前の事だし、全然会っていなかったし、他の同級生の男子の連絡先だって知ってるけど、やっぱり『初カレ』だったからだろうか。
連絡先を交換する事が、物凄くいけない事のように感じてしまう。
でも、ふと昼間の記憶が蘇る。
(……事情があるにしても、雪蛍くんは私に、嘘をついた。連絡先を交換するくらい、いいよね)
別にやましい事は何も無い。
聞かれたら答えられない事も無い。
そう思った私は、
「うん、いいよ」
遊と連絡先を交換する事にしたのだ。