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サファイアのチョーカーを嵌められた翌日から
私の「公爵夫人」としての地獄の特訓が幕を開けた。
没落したとはいえ、私は曲がりなりにも伯爵令嬢として厳格に育てられた身だ。
淑女としての歩作法やマナーには、それなりの自信を持っていた。
けれど、シャーロット様が私に要求するレベルは
私の生ぬるい自尊心を粉々に打ち砕くほど苛烈で、一切の妥協を許さないものだった。
「歩幅が広い。膝の使い方が雑だ。令嬢ではなく、行き場をなくした村娘が迷い込んだように見えるぞ」
図書室の重厚な書架を整理して作られた即席のレッスン場。
頭の上に三冊の厚い革装本を乗せ
背筋を凍らせて歩く私の数歩後ろで、シャーロット様が冷酷な鞭を振るうように声を飛ばす。
彼は豪華な革張りの椅子に深く腰掛け
長い足を組み、私のわずかな重心の乱れさえも見逃さないという風に、鋭い視線を突き刺してくる。
「っ……こ、これでも、精一杯頑張ってて……っ!」
「努力の過程など聞いていない。俺が求めているのは完璧な結果だ。背筋を伸ばせ、顎を引け」
「お前は俺の隣に立つ『妻』になったんだ。俺に恥をかかせることは、お前の家門を再び泥にまみれさせるのと同義だと知れ」
休憩すら許されない、張り詰めた数時間。
慣れない高さのピンヒールで酷使された足は棒のように強張り、豪華な練習用ドレスの背中には不快な汗が流れる。
バランスを崩して本を落とせば、彼の冷徹な溜息が静まり返った部屋に低く響き
その度に私の誇りは薄皮を剥ぐように削り取られていった。
彼が指導のために近くを通るたび
その冷ややかなサファイアの瞳が私の全身を舐めるように、値踏みするように這い回る。
その視線が触れるたび、昨日嵌められたチョーカーの金属が、まるで皮膚を焼く印のような熱を帯びる気がしてならなかった。
「……ふむ。歩き方はようやく及第点だ。次は、ダンスのホールドだ。来い」
「えっ……きゃっ!」
返事をする間もなかった。
彼が音もなく立ち上がったかと思うと
強引に右腕を引かれ、私は彼の分厚い胸の中に衝突するように閉じ込められた。
レッスンの延長のはずなのに、一瞬で空気の密度が変わり、酸素が薄くなる。
彼の高い体温と、あの支配的な香水の匂いが、抗う隙もなく私の鼻腔を支配した。
腰に回された彼の手の力が異常に強く、ドレス越しでも指の形がはっきりとわかるほど。
ミシリ、と骨が軋むような感覚に息を呑む。
「もっと俺を見ろ、エルサ。不安げに視線を彷徨わせるな。お前の瞳には、俺だけが映っていればいい」
その傲慢極まりない言い草に反論しようとして、私は彼の顔を仰ぎ見た。
けれど、至近距離で見つめる彼の瞳があまりに深く
暗く、底知れない執着の闇を孕んでいて、吸い込まれそうになって言葉を失った。