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Side 黄
「お客さま、朝ですよ」
カウンターに突っ伏している男性客の肩をたたき、声を掛けた。
ゆっくりと身体を起こした彼は、目を瞬かせて辺りを見回す。
「……あっ、俺…寝てました? すいません」
慌てて鞄をまさぐる彼に、俺は微笑みかける。
「ゆっくりで構いません。閉店時刻は不定期ですから」
一応6時までとは決めているが、日によってまちまちだ。
「でも…。ごめんなさい、すぐに出ます」
財布を取り出したので、代金を伝える。
「少し、眠れましたか」
彼は微苦笑を浮かべた。「おかげさまで。美味しかったです」
「よろしければ、また」
言って、俺は名刺を差し出した。店名と名前が書いてある。
彼は受け取って会釈する。「ごちそうさまでした」
「下までお見送りします」
俺はカウンターから出た。忙しいときはできないけど、なるべくお客さんが帰るときには見送りをする。
入り口のドアの「open」のプレートを「close」にひっくり返す。階段を下ると、外は薄明るくなっていた。夜の街はすっかり静けさを取り戻し、今宵へと準備をしているようだ。
夕方に降っていた雨は止んでいる。
「俺たちって……星屑みたいですよね」
彼が振り返った。なぜか今日は口が滑らかだ。
「どういうことですか?」
「夜の中、明るく光る星でもない。むしろほかの星の明るさにかき消されそうで。だけど確かに恒星で、微かに光ってる。ここはそういう星屑たちの場所にしたくて」
「だから、この名前なんですね」
彼が指さしたのは頭上に掲げている看板。俺は嬉しくなった。
「気づいてくれました?」
彼も笑い返して、何かを思い出したように目を瞬かせる。
「あ、名刺もらったのに俺ない…。すいません」
とんでもない、と顔の前で手を振る。すると、彼が言った。
「俺、マツムラホクトって言います。北斗七星のほくと。次に来たとき、覚えてくれてたら嬉しいな」
今までのクールな雰囲気とは一転、無邪気に笑った。
「じゃあまたよろしくお願いします」
「お気をつけて…マツムラさん」
踵を返した彼は、しっかりした足取りで歩いていく。
俺は空を見上げる。星は見えない。月も見えない。太陽だけが、輝こうとしている。
でも見えなくても、この地球の周りを回っている。太陽系に組み込まれた本当の星々は陽の光を受けてきらめいている。
地上に視線を戻すと、北斗さんはもう黎明の街からいなくなっていた。
俺も階段を上って店の片付けを始める。
開けた窓から、雨上がりの湿った風が吹き込んできた。