Side 黒
ふと肩を軽く揺さぶられて、俺は目を覚ます。覚まして初めて、寝ていたんだと気づいた。
「あっ、俺、寝てました? すいません」
スマホで時刻を確認すれば、すでに朝の6時を回っていた。迷惑になるから、もう出なくちゃ。
「ゆっくりで構いません。閉店時刻は不定期ですから」
そうは言っても、常連客でもないのに遅くまでいてしまったことが申し訳なかった。
「ごめんなさい、すぐ出ます」
代金を支払うと、マスターが訊いてきた。「少し眠れましたか?」
「おかげさまで。美味しかったです」
本心だった。真心のこもった澄んだカクテルで、安心して眠りに落ちたんだろう。
「よろしければ、また」とマスターはさりげなくといった感じで名刺が手渡される。受け取って見ると、「Bar Light of darkness」の文字の下に、「高地優吾」と書いてあった。
「下までお見送りします」
マスター――高地さんがカウンターから出てきてくれて、俺は率直に嬉しかった。こんなに丁寧な接客を受けたのは久しぶりだ。
外に出てみると、涼しい空気が俺を包む。
なぜだかあまり酔ってはいなかった。それでも少し火照った身体にそよ風が気持ちいい。
マスターに会釈をしようとしたところで、後ろから彼の声が聞こえてきた。
「俺たちって……星屑みたいですよね」
振り返った。高地さんはいたって真剣そうな表情だ。俺は思わず瞬きを繰り返す。
「どういうことですか?」
「夜の中、明るく光る星でもない。むしろほかの星の明るさにかき消されそうで。だけど確かに恒星で、微かに光ってる。ここはそういう星屑たちの場所にしたくて」
やっぱり素敵な人だ、と俺はひとり納得する。俺みたいな孤独を抱える者でも、快く迎え入れてくれるような優しい包容力を感じていた。夜の街にいることが不思議なくらい。
でも、マスターは夜を生きることを選んだんだ。
「だから、この名前なんですね」
俺は看板を指さす。闇の中の光。それは、星屑のことを指していたんだ。
「気づいてくれました?」と高地さんも嬉しそう。
そのとき、俺はあることを思い出した。せっかく名刺をもらったのに持ち合わせていない。そのことを謝ると、彼は「とんでもない」と柔らかく笑った。
「俺、松村北斗って言います。北斗七星のほくと。次に来たとき、覚えてくれてたら嬉しいな」
あわよくば名前を呼んでくれたら。俺の居場所がある気がして。
そんなことを考え、少し恥ずかしくなって口を開く。
「じゃあまたよろしくお願いします、高地さん」
「お気をつけて」
背を向け、来た道を戻る。
俺は空を見上げる。明るくなってきた空に、光はない。いや、地上からは見えていないだけだ。
星屑だって、ひとつの星だ。僅かながらも光を発している。
ならば俺だって輝けるはず。
お酒のせいかマスターのせいか、心の芯が温まっていた。
さあ、今日から俺は何をしてみようか。
終わり
完結
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