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琴音#こおと
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「また、じじいがさ今日は何曜日だって。何回聞くんだよな本当に。」
「うんうん。」
「後さ、晩御飯竹輪だけは辞めさせろって医者が言うんだよ。仕方ないじゃん、私の味付けじゃあ食ってくれないんだからさ。」
都合のいい病に犯された堕天使を聖母のように愛してあげる。そういうのは感情を持ち合わせた人間には出来ないことだと思うんだけどな。
「気分転換にさ、海とか行かない?」
「それって雨ちゃん的に大丈夫なの?塩とかで錆びたりしない?」
「ああ。じゃあ、湖行こうよ。」
「遊覧船乗ってみたいんだけどさ、船酔い怖いな。」
ロボット人間の雨ちゃんとはもう出会って3ヶ月になる。普段からよく会うし、ロボットとはいえ、相性が良いみたいで私はこの関係を気に入っていた。
「じじいが来週の木曜日出かけるみたいだからさ、その時でいい?」
「午前中ならいつでも大丈夫だよ。」
「いつも本当にありがとうね。」
この時間が一生続いてくれればいいのに、時間だけは平等なんだから。日が暮れてきて、雨ちゃんの仕事の時間も近くなってきて、もうそろそろお別れの時間だ。
「私そろそろ帰らないと。今日も一応ご飯作るわ。」
「じゃあ、私もぼちぼち向かおうかな。終わったら連絡するからね。」
「またね。頑張ってね。」
「ぽぽりちゃん。またね。」
真隣の家までは歩く速度をどれだけ緩めてもすぐに着いてしまう。扉の前に立ってもドアノブまで手が届かなくて、どんどん帰りが遅くなる。
(ぱりーん)
家の中からお皿が割れる音が聞こえた。怒りが込み上げてきて、その勢いで慌てて家の中に入った。
「ああ、勿体無い。」
「一升瓶。」
手を滑らせて落としたみたいだ。
「悪いが買ってきてくれんかね。」
「これって葉崎さんとこのだよね。」
「大丈夫。店閉まっててもピンポンしてこい。」
常連ではあるけどこの間もこの時間に行って苦笑いされたんだよな。それに、お金がもう結構やばいのに一升瓶なんて。
「うん。わかったよ。待っててね。」
自分の財布をポケットに突っ込んで家を出る。自転車で10分ってところにある酒屋さん。さっきまで雨ちゃんと一緒にいた公園を通り抜けて裏道を突っ走る。どこの家もご飯時でサラリーマンが帰る姿も見受けられた。私の仕事はまだまだこれからだった。本当は、お酒も控えるように言われてはいるけど、昔から飲んだくれの祖父からお酒を取ると逆効果な気もして強く言えない。
「揚げ物の匂いだ。私もご飯食べたい。」
店に着くなり、チャイムを鳴らす。
「はーい。」
若干のタイムラグとゆっくりした足音。
「察したな。」
奥の方からはどたどた急ぐ足音も一緒に聞こえた。
「やっぱりぽぽりちゃんか。今持ってきてるよ。」
「いつもすみません。今度まとめ買いします。」
「うちはいいんだよ。ただぽぽりちゃんがねえ。」
その言葉が私を可哀想な人にする。
「すみません。いつもありがとうございます。」
「ぽぽりちゃん頑張るんだよ。」
行きよりもかっ飛ばして家まで帰った。最短記録6分48秒。怒られないように横戸を静かに開けてキッチンに急ぐ。
「買ってきたんだけど。ああ、パックの日本酒飲んでるんだ。」
「飯は要らない。竹輪あるからな。」
そうだよね。祖母が亡くなってから暫くは私のご飯でも食べてくれていたが 病気を患ってからは、別人になってしまったよね、この人。
「姉ちゃんご飯いいよ。カップ麺食べる。」
「ガチごめん。」
「いいよ。大丈夫だから。」
湯気が目に染みて涙が目に溜まる。キッチンには私と祖父が2人きり。
「ぽぽりは今何してんの?」
「専業主婦だよ。」
「いい人でもできたのか。」
「この家の主婦ですよ。」
「おう、そうか。そうなのか。」
毎日同じこと聞かれるのって苦痛だよな。
「仕事はしないの?」
「した方がいいんだろうね。」
「まあ、まだ若いし。」
(お前が死ぬまではこのままだよ。)
「玉の輿にでも乗った方が早いんだ。」
「ええ。」
(好き放題言いやがって。)
「幼なじみの、えっと。あの新町の、えっと。」
「坂矢くん?」
「それだ。どこに勤めてるの。」
「上京して今は大学生だよ。」
(みんな上京したよ。)
死ぬまで、ゆっくり穏やかに病気を進行させるのが最善策らしい。 死んだ後、自分が周りにどれだけ迷惑をかけていたか、苦しくて泣いちゃわないかな。
「アイスがない。」
黙って冷凍庫の前に突っ立ったまま。
「え、流石にスーパーはもうやってないよ。」
「もういい。これからはまとめ買いしてこい。」
机に散らかったビールの空き缶と竹輪の袋だけが残った。
「私にだって私の生活があるのにな。」
いつも以上に食欲ないし、体痛いし、ご飯はもう作らない。まさとはカップ麺、父は職場で食べてくるし。
「ただいま。」
「まま。おかえり。」
「ラッキー。あいつら居ないじゃん。」
「あのさ。まま。」
「ぽぽり。ままさ、家出てこうと思うんだ。」
「え。でもまさとが卒業するまではって約束じゃ。」
「あんた達と約束した覚えはないな。とにかくいいでしょ。あの人にもこれにサインするよう言っといて。」
そう言って離婚届を私に突きつけ母は自室へ一直線。こんなこと私が言えるわけないじゃん。頭が変に冷えて、でも手には汗をかいていて、体壊れそう。
「もういい。寝よ。」
こんなの今に始まったことじゃないからさ。深く考えても仕方ないじゃん。
「おばあちゃん譲りのポジティブ舐めんなよ。」
雨ちゃんの今日のシフトは2時までだから今からなら5時間は寝られる。タイマーの音量を少し上げて、絶対起きてやる。
(ピコン)
「わあ、今何時?てか私いつ寝た?」
気絶するように寝る癖は祖父の病気が発覚した2年前からだ。時間経つの早すぎ。
「終わったよ。今から公園行くね。」
「うん。私も行く。」
雨ちゃんからのメールにすぐ返信して家を出た。父が帰ってきたのを玄関の靴で把握した。穏やかな時が流れるこの時間が私は好きだった。一日の半分を寝て過ごす私は、えらくつまらん人生を送っているんだな。
「これってどうなの?」
「どうしたの?」
目の前には雨ちゃんがいて、今日も優しく微笑んできた。
「雨ちゃんは本当に可愛いいし偉いね。」
「ありがとう。ぽぽりちゃんも可愛いし偉いんだよ。」
「それは知らなかったな。」
雨ちゃんはいつだって、私が欲しい言葉をくれる。 お手本のような眉毛にスラと長い手足。私最後に美容室に行ったのいつだろう。元々天パの私はぐるんぐるんの前髪に、だらしなく歪んだ体型。
「久しぶりに美容室行こうかな。」
「いいと思う。髪の毛切るの?」
「いや、縮毛だけ。私短いの似合わないし。」
雨ちゃんは私の後ろにまわって、結っていた髪の毛を解き優しく頭を撫でた。
「私はこの長くて綺麗な髪。好きだな。」
「そうかな。」
そのまま、雨ちゃんは10分くらい手でブラッシングし続けた。雨ちゃんはいいな。可愛くて、優しくて、時々イケメンで。人間だったらモテてただろうな。
「雨ちゃんと一緒に暮らせたらな。」
「じゃあ、ちゃんとした職に就かないと。」
「私も働けるようにならないと。」
あの家から抜け出すにはどうすればいいかな。ボイスメモや写真を遡る。
【なんで学校辞めたんだよ。いくらかけたと思ってんだあ。】
「びっくりした。ごめん音大きかったね。」
「それって。」
「専門やめた時の録音だよ。いつか役に立つと思ってね。」
「そっか。」
少しずつ明るくなる空と少しずつ顔が見えてきた町。何もしなくても勝手に夜は明けるのに、私たちは何かしないと変われない。
「雨ちゃん。私、引っ越すよ。」
「そうなんだ。」
「弟連れて、二人でね。」
「母親替わりになるってこと?」
「まあ、そうだね。」
どうもこういう話になると上手く息ができない私には肺呼吸は合わないみたい。ベンチに置かれたトートバッグを雨ちゃんが手に取る。
「私帰るよ。」
「そっか。」
「荷物まとめないと。」
「なんで雨ちゃんが?」
「だって。父親も必要でしょ?」
「でも。」
「でもじゃないよ。こんな事1人でやってしまう方が危ないよ。」
初めて見る表情に何故か温もりを感じた。叱られてるのに嬉しくて、懐かしくてたまらなかった。
「私も帰りたい。」
「一緒に帰ろう。」
そう言って、強く抱き締めあった。薄らと月が残る朝方に私たちは永遠の約束をした。こんなに足取りの軽い日は初めてだった。
「ただいま。」
居間のテーブルに置かれた離婚届に、父がサインしていた。横に置いてあったボールペンは真っ二つにへし折られていた。
「離婚したがってたくせに。訳わかんない。」
8月8日、新天地で始める私たちの暮らしはきっと素敵なものになる。
「まさと。起きて。まさと。」
「なんだよ。こんな時間に。」
「いいから聞いて。今日から1週間後に私たちは引っ越します。」
「うん。荷物まとめとくよ。おやすみ。」
「ちょっとあんたねえ。」
私の目の前に差し出してきたのはおばあちゃんからまさと宛ての手紙だった。
「姉ちゃんは甘いんだよ。何も決まってないくせに家出って子供かよ。」
「はあ?」
「だから。これ読んで。」
そこには、おばあちゃんの字で家を出るためにやる事から引越し先まで全て書かれていた。
「やっとこの時が来たか。姉ちゃんが俺置いて勝手に出てったらどうしようかと思ったよ。」
「そんな事しないし。ていうかあんたこれいつから。」
「ばあちゃんが死ぬ半月前くらいに俺、この家出ていきたいって言ったことがあったんだよ。そしたらこれを。」
「まさと。ごめんね遅くなって。」
「いいんだよ。とにかく、今日は作戦会議だな。雨さんも呼んでおけよ。」
「え、なんで知ってるの。」
「姉ちゃん声でけえんだよ。窓開ければ公園で話してること丸聞こえだったぞ?」
私たちがこれからしようとしている事の規模は海よりも空よりもでかかった。だからこそ面白くもあった。
「ここは私たちには窮屈すぎたね。」
「そうだね。」
「抜け出そう。」
雨ちゃんに報告する指が震えて上手く文字が打てない。
「さあ、早速会議始めるぞ。」
「いや、雨さんこの時間は寝ないとまずいだろ。夜仕事だろ?」
「あ、そっか。」
コメント
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雨さん、第2話読み終えました。ぽぽりちゃんの置かれた状況が重くて、胸がぎゅっとなる場面が多かったです。特に祖父との「毎日同じ会話」と、離婚届を突きつける母親のシーン…あの「もういい。寝よ」の諦め混じりの切り替え方に、彼女の強さと脆さがにじんでいました。そんな中で雨ちゃんの存在が本当に優しくて、髪を撫でる10分間や「一緒に帰ろう」の台詞にじんわり来ました。ロボットだからこそできる無条件の寄り添い方なのかなと。次が気になります!