テラーノベル
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朝の空気は、少しだけ冷たかった。
吐いた息が、白くなるほどじゃない。
でも、指先が少しだけかじかむくらいの温度。
いつも通りの時間。
でも、
いつも通りじゃない朝だった。
昨日、
いるま は言った。
――「迎えに、来て」
その言葉が、
ずっと頭の中に残っていた。
通学路。
角を曲がる。
そこに――
いた。
制服姿のいるまが、
電柱の横に立っていた。
カバンを両手で持って、
少しだけ下を向いている。
まだ、こっちに気づいていない。
一歩、
近づく。
靴音で、
いるまが顔を上げた。
目が合う。
一瞬、
驚いた顔をして、
それから、
少しだけ、
照れたみたいに笑った。
「……おはよ」
小さな声。
でも、
ちゃんと届いた。
「……おはよ」
返す。
それだけで、
胸の奥が、
ゆっくり温かくなっていく。
少しの沈黙。
でも、
気まずくはなかった。
「……ほんとに、来た」
いるまが言う。
「……約束しただろ」
「……うん」
いるまは、
少しだけ安心したみたいに、
息を吐いた。
「……なんか」
「ん?」
「……変な感じ」
「何が」
「……一人じゃないの」
その言葉は、
とても静かだった。
でも、
とても重かった。
今まで、
ずっと、
一人で歩いてきたんだと、
その一言でわかった。
「……」
何も言わなかった。
代わりに、
「……行くか」
とだけ言った。
いるまが、
小さくうなずく。
「……うん」
歩き出す。
並んで。
同じ方向へ。
靴音が、
二つ、重なる。
コツ、
コツ。
コツ、
コツ。
前は、
この音の間に、
少しだけ距離があった。
でも、
今は違う。
自然と、
隣にいる。
無理をしていない。
合わせているわけでもない。
ただ、
一緒に歩いている。
それだけだった。
朝日が、
横から差し込む。
いるまの横顔が、
光に照らされる。
その表情は、
前より、
ずっと穏やかだった。
「……なあ」
いるまが言う。
「ん?」
「……俺さ」
少し止まる。
「……前は」
視線を落とす。
「……学校、行きたくなかった」
正直な声だった。
隠していない声。
「……一人だったし」
「……誰も、いなかったし」
少しだけ、
拳を握る。
「……でも」
そこで、
こっちを見る。
まっすぐ。
逃げない目。
「……今は」
言葉を探して、
そして、
「……今は、行ってもいいって思う」
その言葉を聞いた瞬間、
胸が、
強く締めつけられた。
嬉しかった。
同時に、
少しだけ、
苦しかった。
それだけ、
重い意味のある言葉だったから。
「……そっか」
それしか言えなかった。
でも、
いるまは、
ちゃんと笑った。
「……うん」
歩き続ける。
学校が見えてくる。
校門。
今まで、
いるまにとっては、
一人でくぐる場所だった場所。
でも、
今日は違う。
校門の前で、
いるまの足が、
少しだけ止まった。
「……」
横を見る。
不安そうな顔。
でも、
逃げたい顔じゃなかった。
「……行こ」
そう言うと、
いるまは、
少しだけ驚いて、
それから、
小さくうなずいた。
「……うん」
一歩。
一緒に踏み出す。
校門を、
二人でくぐる。
その瞬間、
何かが、
変わった気がした。
境界線だったもの。
一人と一人を分けていたもの。
それが、
もう、
なかった。
昇降口へ向かう途中、
いるまが、
少しだけ、
肩を寄せた。
触れるほどじゃない。
でも、
離れてもいない距離。
拒まなかった。
そのまま、
一緒に歩く。
「……これからも」
いるまが言う。
「……隣、いていい?」
答えは、
もう決まっていた。
「ああ」
その瞬間、
いるまが、
安心したみたいに笑った。
その笑顔は、
今までで、
一番、
やわらかかった。
朝日が、
二人の背中を照らす。
影が、
並んで、
伸びる。
もう、
一人分じゃない。
二人分だった。
一人じゃなくなった朝。
そして、
これからも――
同じ朝を、
一緒に歩いていく。
隣で。
同じ速さで。
コメント
2件
すごく…いい…