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6医師のカルテ

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6医師のカルテ

2 - 第2話

♥

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2022年08月02日

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ジェシー 内科医


目の前の先輩医師は、パソコンの画面をこちらに向けた。

そこには、見たことのないような珍しい症例の患者のMRI画像とカルテがあった。いや、病気自体が珍しいわけではない。その年齢、性別でなることが珍しい。

「え…。30代の女性で膵がん……。なかなかないですね」

この間搬送されてきた患者さん――佐伯柑奈さんは、精密検査の結果、膵臓がんと診断された。

「まあな。この若さでは極めて稀だ。で、この患者を、先生に任せたい」

「え、僕…ですか?」

いきなり飛んできた指令に、動揺が隠せない。

「そう。ちょっとハードルは高いかもしれないけど、こういう複雑な症例も経験していおいたほうが絶対にいい」

とはいっても、僕ががん患者を担当したのはまだ1回しかない。それも予後が良く、完治して退院できた患者だ。今回のような、進行していて難しいがんは全くの初めて。

「でも…僕なんかに務まるか…」

「大丈夫だ。私もできる限りサポートはする」

先輩は、僕の肩をポンと叩き、去っていった。呆然としたまま、それを見送る。

本当にできるのだろうか。僕の心には、不安だけが残った。




「松村先生いらっしゃいますか」

放射線科の医局をのぞき、声を投げかけた。すぐに一人の男性が立ち上がる。

放射線科の、松村北斗。クールで日本的な顔立ちなので、看護師の間でもよく話題になるらしい。だが、ほんの少し口が悪いのが玉に瑕だ。

廊下に出ると、先方が話し出す。

「お前でも、ちゃんと医局に来るときは『先生』呼びできるんだな」

少し辛辣な言葉が向かってくるが、いつものことだ。

「そりゃできるよ!」

「で? わざわざ仕事中にやってくるってことは、仕事関係なんだろうな」

「もちろんだよ。あの、こないだ内科に上がってきた30代女性のがん患者さんの治療を、北斗にやってほしい」

「うん、がんか。症状は?」

「膵がんのステージ4。リンパと胃に転移が見られてる」

「そうか」

僕がかなり動揺した症状を、北斗は淡々と聞いている。

「キャンサーボードどうだった?」

「化学放射線療法になった。エスワンと放射線の併用」

「なるほど。…そういえば、担当医って誰?」

「え、俺」

北斗はへえ、と心外そうな顔をする。

「だからこうやって来たんだよ」

「ああ、わかった。…でもやるの、俺じゃないとダメなのか?」

「だって膵臓だもん。難しいから、北斗ならいけるかなって思って…」

語尾が小さくなったのは、北斗のやや冷たい視線を受けたからだ。

「……俺、一応放射線診断なんだけど。治療専門じゃない」

「でも…」

はあ、と北斗はため息をつく。

実際、放射線を照射するのは放射線技師の仕事だから、医師は監督みたいなもの。それでも、治療は医師の腕にかかっている。

「お前の頼みだからやってやる。今回だけな」

「ありがとう北斗」

その言葉を聞き、医局を出た。




人生2度目の、がん患者へのインフォームドコンセント。30分ほど話したが、体感は1時間を超えているくらいだった。

「はあ……」

肩をもみ、ため息をつく。と、一緒についてくれていた先輩医師が声を掛けてくる。

「お疲れ。よくできたICだったよ」

「ありがとうございます。でも、あれでちゃんと納得してもらえたか…」

「患者さんも比較的落ち着いて聞いていたし、いいんじゃないか」

「それならよかったですけど…」

「何か気になっていることでもあるのかい?」

「…それは…、僕の思い込みかもしれませんが」と断りを入れる。

「うん」

「…あまりにも佐伯さんが落ち着きすぎていると言いますか、まるでもう余命を宣告されることを知っていたかのような。…ちょっと不自然なくらい大人しく聞かれていたので」

「なるほどな」

北斗は北斗で淡泊な性格なので常に真顔だが、佐伯さんは全く動じず、特に質問もすることなく終了した。

年齢を重ねた老人だったら、病名を宣告しても「はあはあ」みたいな感じの反応の人もいるが、若い人はたいていかなり動揺する。珍しいといえば珍しい。

「まあ、そういう人もいらっしゃるよ。とにかく今は治療に専念する。余命はあるとはいえ、まずは治療だ」

「…はい」

言葉を飲み込み、うなずいた。


続く

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