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6医師のカルテ

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6医師のカルテ

3 - 第3話

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2022年08月03日

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松村北斗 放射線科医


「佐伯さんですね。放射線科の松村といいます」

検査室に入ってきた柑奈さんに、治療の説明を始める。

「膵臓と胃のがんに放射線を照射するだけです。数分で終わりますよ。少し副作用は出るかもしれませんが、数日で治まります」

「はあ…」

おずおずとうなずく。

「大丈夫です」

自分のキャラクターに不釣り合いな笑顔を浮かべてみたものの、少し引きつったかな、と思う。

この間佐伯さんの治療を頼まれたとき、ジェシーは去り際に言った。

「お願いしておいてこんなこと言うのもなんだけど…。相手は年下の女性だ。北斗の無表情な顔はちょっと怖い。俺でも。だからなるべく笑顔を心がけて」

まあそれも一理あると思い、反論せずにうん、とだけ言った。


「じっとしていてください」と声を掛け、一旦部屋を出る。あとは技師の人に任せるだけだ。


程なくして、治療の時間が終わる。お疲れ様でした、と精一杯の笑みで見送った。

「副作用が出ているようであれば、僕や担当医に知らせてくださいね」

「はい。ありがとうございました」


その後はしばらく、パソコンで膨大な量の患者のカルテと格闘していた。

ふと時計を見上げると、時刻は午後9時を回っていた。

「ふう…」

首や肩をもみ、立ち上がる。疲れた頭と身体を休めようと、飲み物を買いに医局を出た。


消灯時間を過ぎ、やや薄暗い廊下には一人、白衣のシルエットが見えた。その影は見慣れている。

「樹」

名前を呼ぶと、すぐに振り返る。人の好さそうな笑みを向けてきた。自分よりは断然明るい笑顔だが、ツンデレなところもある。

「おお北斗。休憩?」

「うん、まだ残ってるんだけど」

「大変だな」

そう言って缶コーヒーをぐいっと飲む。ビールと勘違いしているのではないかと思った。

自分も同じコーヒーを買って飲んだ。ふう、と我知らず息がこぼれる。

「あ、そういえば…こないだ診た若い女性の人、あれ名前なんていったかな…」

樹は眉間に手を当て、考え込むような仕草をする。

「え、誰?」

「……さ…佐伯さんだ。佐伯、柑奈さん。あの患者さん、北斗が放射線やんだろ?」

「ああ、そうだよ」

「…見込み、あるの?」

声のトーンを落とし、不安そうな顔で尋ねてくる。

「さあな、わかんねぇ。って、どうした? そんなにがんが気になるのか?」

「いや…症例が珍しいから…その…」

語尾を濁す樹。

「珍しいな。そんな患者のこと訊いてくるなんて。……あ、さては好意を寄せてんだな?」

「違うだろ、そんなんじゃねーよ」

ストレートな聞き方に、睨みを利かせてくる。

「ただ……」

前を向き直した樹の顔から、表情が消える。俺は何も言わず、次の言葉を待った。

「重なるんだよ、その患者さんが」

言わんとしていることはわかった。

樹には兄がいた。仲が良く、いつも一緒にいた。それだけに、失ったときのショックが大きすぎた。樹とは幼馴染だから、そのときも一緒だった。気心の知れた親友の俺でも、ほとんど口を利かなかった。

その兄は脳腫瘍だった。約3か月に及ぶ治療の末、天国に行ってしまったのだ。樹によれば、弟に無様な姿を見せまいと、病室では明るく振る舞っていたらしい。結局最期まで弱音は吐かず、強い兄だったという。

彼に、柑奈さんが重なるのだろう。自分の病状に全く臆することのない姿勢が。

「そういう強い人でも、最後には弱いんだよな…」

あまりに悲しそうに言うものだから、こっちまでうつむいてしまう。

「…でも、病気は人それぞれだから、な。樹は担当医じゃないから、気負いすることないって。ジェシーに任せとけ」

「ジェシーがするの?」

「そうだけど、聞いてないの?」

「うん。そうか、あいつか。信用はあるようなないような…」

「してやれよ」

少しほほ笑みながら言うと、樹は俺を見る。

「そうだね」

樹は膝を叩き、立ち上がる。

「さっ、長い夜が始まるぞー」

どうやら、今夜も当直のようだ。

「俺もまだ作業あるから。じゃ、頑張れよ」

「お前もな」

お互い背を向けて、それぞれの仕事場へと歩き出す。

が、「北斗」と呼び止められた。振り返ると、樹は床を見つめたまま、

「……助かると、いいな」

独り言のようにつぶやいた。返そうにも言葉が見つからず、そっとうなずいてその場を去った。


続く

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