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「あ、そうだ。兄さん、今日の夜、母さんたち帰り遅くなるって」
「……そなの?仕事?」
夕暮れ時
茜色の光が差し込むリビングのソファで
だらしなく寝そべりながらスマホを眺めていた直哉が、思い出したように平然と言い放った。
「なんか急に、あっちの親戚も含めた仕事の会食が入ったらしいよ。駅前のホテルまで行くから、日付が変わるまで帰れないってさ」
「ふーん、大変だな、大人も」
何気ない風を装って生返事を返しながらも
俺は手元のマグカップを握る指先に、なんとなくじんわりと嫌な汗がにじむのを感じていた。
つまり、今日の夜。
この広い家にいるのは、俺と直哉、男二人だけ。
完全に『二人きり』というわけだ。
付き合い始めてからそれなりに時間は経ったし
直哉の過剰なスキンシップにも慣れてきたつもりだったが、公式に親が不在の夜となると
どうしても妙な緊張感が胸の奥からせり上がってくる。
「兄さん」
「な、なんだよ。急に改まった声出して」
「もしかして、すっごく緊張してる?」
「はっ?なんで俺が緊張しなきゃいけないんだよ!」
間髪入れずに即答したものの
直哉はスマホから視線を上げ、俺の様子を見てニヤッと意地悪そうに唇の端を上げた。
「だって顔、耳の裏まで真っ赤だよ?」
「うるせぇ!部屋の温度が高いだけだ!」
くそ。
最近のこいつは、本当に俺のちょっとした動揺を見抜くのが早すぎる。
飼い主に遊んでほしい犬のようなくせに
こういう時の観察眼だけは野生の肉食獣並みに鋭いからタチが悪い。
◆◇◆◇
「ねぇ、兄さん。暇だし、何か映画でも見る?」
夕食を終えて片付けを済ませた夜。
テレビのリモコンを弄りながら直哉が提案してきた。
「いいけど、ホラー以外ならな。夜眠れなくなる」
「じゃあ、恋愛映画にしよ。今サブスクで話題のドロドロのやつ」
「なんで男二人で、しかもドロドロの恋愛映画見なきゃいけないんだよ」
「え?俺たちは恋人同士なんだから、至って普通の選択でしょ」
相変わらずブレない直哉の意見に押し切られ
結局、薄暗くしたリビングのソファに並んで座って映画を見る羽目になった。
……いや、並んで座る、という生ぬるい描写では生ぬるい。
とにかく、直哉との物理的距離が近すぎるのだ。
広いソファのはずなのに、なぜか俺の左肩と直哉の右肩がぴったりと密着している。
「おい、直哉。ちょっと離れろ」
「やだ。特等席だから離れない」
「暑苦しいんだよ!」
「兄さんはいつも俺に冷たいね。冷気が出そうなくらい」
「お前の体温が異常に熱いんだよ!」
ぐいぐいと肩を押し付けてくる大型犬の胸板を
両手で押し返そうとするが、相変わらずびくともしない。