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◻︎深まる関係
そして約束のイブの夜。
「そっか。和くん、ひとりぼっちのクリスマスイブになるとこだったんだね。かわいそうに」
そのふくよかなバストに頭を押し付けられて、窒息しそうになる。
「僕はケーキなんかより、桃子がいい」
「あ、そうだ、じゃあ、こうするから」
桃子はクリスマスケーキの生クリームを、さくらんぼのような胸の突起に塗りつけて、僕の口元に寄せてきた。
「美味しそうだな、いただきまーす」
そのまま、終電の時間までたっぷりと桃子と過ごした。今年のクリスマスイブも最高だと、桃子に囁いた。
◇◇◇◇◇
それからは 週に一度、桃子の部屋に行くことがルーティンになった。会社ではまったく誰にも気付かれていない。だから、いまだに柳たちも桃子に誘いをかけていたりするのを目にする。
「桃子はモテるからね、心配だよ」
ベッドで腕枕をしながら、呟く。
「心配?何が?」
「僕のことなんか、あっというまに捨ててしまうんじゃないかってね」
「私が和くんを捨てる?そんなことするわけないよ。それよりも、私はこっちが心配だな」
そう言って僕の左手の結婚指輪を、はずそうとしている。
「あ、こらこら、失くしてしまったら大変なことになるから」
「わかってるけど!最中にこの指輪の感触があると、ふっと醒めちゃう。いくら気持ち良くても、頭のどこかで冷静になってしまうの、わかる?」
真面目な声色の桃子。
「ごめん、そうだよね。でも、これを外すのはちょっと」
「奥さんに悪いから?」
「まぁ、そんなとこ」
桃子は、ペチンと僕の頬を叩いた。
「失礼だよね、和くん。そこは嘘でも“奥さんにバレたら怖いから”って言ってくれればいいのに。私の気持ちなんて全然考えてくれないんだから」
「ごめん、ごめん、そうだよね。僕が反対の立場だったら、悲しくてたまらないよ。ずっと我慢させてるんだね」
「………」
不意に桃子が黙り込んでしまった。何かご機嫌を損ねることを言ってしまったのだろうか。
「もう、誰かのお嫁さんになっちゃおうかな?そしたら、こんな悲しい気持ちにならなくてすむから」
「え?それは……」
結婚なんかしないでくれ、と言いそうになって口をつぐんだ。
「どんなに大好きでもさ、和くんは時間になると家に帰ってしまうんだもん。そしたら私はひとりぼっちになる。また次会えるまで、ここにひとりぼっちでいることになる」
「………」
今度は僕が言葉を失った。どう答えたらいいのだろうか。
「柳君と付き合ってみようかな?」
「そう…だね、彼はいい奴だと思うよ」
他の男と付き合うなんて、やめろ!と言わずに、精一杯の強がりで答える。
「は?和くん、それ、本気で言ってるの?」
「それは、ほら…」
何か言い訳をしようとしたけど、できなかった。最初のあの夜のように、またぽろぽろと溢れる大粒の涙を見てしまったから。返事の代わりに、桃子を強く抱きしめる。
「なんで結婚してるのよ!なんで奥さんがいるの?ねぇ、なんでよ!」
僕の胸を両手でバンバン叩きながら、訴える。
いつからか、そんなやりとりをする夜が続いていた。桃子と付き合い始めて、もう半年になるんだと壁にかけられたカレンダーを見て思った。
◇◇◇◇◇
家では妻の愛美が、子どもたちについての悩みや近所の噂話を畳み掛けて話す。正直言うと、仕事で疲れた日はそんな話は聞きたくない。
___頼むから黙っててくれないか?
声には出さず、無言で新聞を広げたりテレビをつけたりして、ほっといてほしいとアピールする。
「もうっ!私の話なんていつも無視するんだから」
聞こえよがしにそう言って、掃除機をかけ始める愛美。その化粧っ気のない横顔を見ていたら、そこにオンナを感じ取れないことに気づいて愕然とした。
___あれ?もしかしたらもう……
もう愛美のことは抱けない、そう思った。結婚して子供ができて、家事に育児にと頑張ってきたことは、感謝している。でも、もうオンナとしては見れなくなっていた。
___ということは、桃子がいなかったら僕はもう枯れてしまうのか
まだ40だ。社内には同期で独身の男もいる。なのにこのままで男として終わるのは、いやだ。焦りのようなものに駆り立てられた。そして、僕が結婚していることを悲しいと責めて泣く桃子のことを思い出す。
___桃子と暮らせないだろうか?
浅はかな考えかもしれないと思いつつ、それができたらどんなに毎日が楽しくなるかと想像もする。そして、一緒に暮らせばあの甘美な営みをもっと堪能できるのにと。
「ちょっと!背広に使ったハンカチが入ったままだったんだけど。出しておいてって言ったよね?」
「あ、ごめん、忘れてた」
「ホントにもう。仕事が忙しいのはわかるけど、子供たちでもできることなんだからさ」
「わかった、次から気をつけるよ」
最近、愛美の小言がよけいに増えてきた気がする。何かあったのだろうか?
「パパ!私のブラシ使ったでしょ?なんかヌルヌルしてる。もうあれあげるから、次の私のやつは絶対使わないでよね!」
莉子がほっぺを膨らませて、僕に怒ってきた。そういえば、髪をセットする時に使いやすいなと思いながら使った記憶がある。
「ごめん、気をつけるよ」
家にいても休まらない。これが桃子の部屋だったら、もっと労ってくれて大事にしてくれるのにと思う。
___なんとかして、桃子と暮らせないだろうか?
わりと真剣に、そう考え始めていた。そしてそれは、桃子も同じだったようだ。“一緒に暮らしたい”と言い始めた。
積み重なる家庭での不満と、降り積もる桃子への思いは比例していた。家庭での小さないざこざは、桃子への思慕の情を育てていった。
それからの度重なる桃子との逢瀬で、僕はすっかり桃子に惚れこんでしまった。僕は本気で離婚を考え始めていて、そのことを桃子にも告げた。
「うれしい……」
そう言ってはまた、涙をこぼす桃子。その姿を見て、僕が今守りたいのは桃子だと強く感じた。