「これまでだって何度も死んでるじゃねぇか。そのたびに寿命がまだあるから生き返らせてやってたが、もう面倒だ。本当にこの寿命メーターで合ってんのか、二人で直談判に行くぞ」
「私、何回も死んでたの!?」
「おぼえてなかったのか」
あっさりすぎるお返事に、ショックで呆然としてしまう。
おぼえてるわけないって言うか、死んでたなんて思ってもみなかった。
だって今もこうやって生きてるし、まさか死ぬたびに生き返らせてもらってたなんて思ってもいなくて──
「だからその今も、見事に死んでるだろ、お前は」
「へ?」
「でなきゃどうやって屋根をすり抜けて、こんな場所を飛べるんだ」
顎で下を指されて、そっと下を覗き込む。
家は赤い炎と黒い煙に包まれて、屋根もほとんど見えなかった。
「うそ……」
「嘘なんてついてもオレに得はねぇだろ」
それは、そうだと思う。
それはそうだと思うけど、私の心が納得できるかは、また別の話だった。
思わず、声が震え始めてしまう。
「なんで……」
「あ?」
「なんで助けてくれないの、真っ黒天使さん。私なんにも悪いことなんてしてない。いつも助けてくれたのに、なんで今日は……!」
「天使? なにを言ってやがる」
私の言葉に首を傾げた真っ黒天使さんは、なにか言おうとしたあと、こっちの方が早いかと私を抱えなおした。
いわゆるお姫様抱っこだったのに、肩に乗せるような格好になって──下が、よく見えてしまう。
「や、やだやだ高い! 怖いってばぁ!!」
「うるせぇな、落とさねぇから黙ってろ」
そんなのわかんないじゃない!
泣きそうになりながら必死にしがみつくと、真っ黒天使さんはごそごそとなにかを探すような仕草をした。
……あれ?
このとき初めて真っ黒天使さんが、全身を大きな布で包んでいることが分かった。
ガサガサした紙に似ている布で、少し引っぱったりしたらすぐに破けちゃいそう。
そんな布の中から、ずるりとなにかが出てくる。
私の身長より長い棒の先に、ぎらりと光る銀色の刃がついている。
それは槍や剣みたいに真っ直ぐじゃなくて、大きく曲がって、つまり。
「──これって、鎌?」
「そうだ、これ見りゃもう分かるだろ」
鼻で笑った真っ黒天使さんは、それをぐるりと振り回して肩に引っかけた。
「オレは天使なんぞじゃねえ。死神だ」
死神。
人間をあの世に連れて行っちゃう、悪霊みたいな感じのあれ?
本当に?
頭の中が真っ白になって、今度こそ私はなにも言えなくなってしまった。
その間にもどんどん家は遠くなって、雲で見えなくなってしまう。
やがてものすごくまぶしい光が私たちを襲って、私が目を開けたときには──
私たちは、大きな扉の前に立っていた。
「……ここって、天国?」
「ちがうな、天国はもっと幸せにあふれた場所だ。こんな退屈な場所じゃない」
「そう、なんだ」
凄く綺麗な扉だけど、これは天国に入る場所じゃないんだ。
というか、本当に私は死んじゃったんだろうか。なんだか実感がない。
そんなことを思っている内に、真っ黒天使さん──ちがう、死神さんは大きな扉を三回ノックした。
「入るぞ」
言って、勝手に扉を開けてしまった。
え、中からなんにも言われてないのに入っちゃうの!?
それじゃノックの意味が無いんじゃないかな、なんて思ったけど、もう足を踏み入れてしまってるんだから仕方ない。
中はものすごく広い部屋になっていて、なんだかとても神秘的だった。
壁一面まっしろく見えるのにときどき葉っぱが揺れるような音がして、その瞬間、部屋の中が森になっているようにも見える。
不思議としか言えない光景にぽかんと口を開いていると、奥から声が聞こえた。
「やあ、来たね死神くん。ここにゆかりちゃんをつれてくるなんて、相変わらず無茶だなぁ」
歩いてきたのは、なんだか目がシパシパしそうなほど美形のお兄さんだった。
クセのある長い金髪で、優しそうな顔がまぶしすぎる。
芸能人だと言われても、それどころじゃないでしょ!? ってくらいの美形だ。
そんな人が、ニコニコ笑いながら歩いてくる。
正直、目の前に来られただけで頭が沸騰するかと思った。
「きみが小野ゆかりちゃん、だね」
「は、はぁいっ!」
少し屈んでくれたこともあって、真っ正面からキラキラのお顔を見てしまう。
うわぁまって、声もひっくり返っちゃったし、恥ずかしすぎる!
直視できなくて慌てて死神さんのうしろに隠れると、お兄さんは不思議そうに首をかしげた。
「ゆかりちゃん、どうしたんだろう」
「……さあな。とにかく、ここに来た目的は分かってんだろ?」
「なんとなくはね。奥に進んで、お茶でもしながら話そうか。ゆかりちゃんは……甘いほうがいいかな?」
「あっ、はい!」
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