『お父さんなんて、大っ嫌い!!』
「それで……っ、お父さんは……っ」
私はがくりと脱力し、地面の上に膝をつく。
傘が落ち、細い雨が直接体を濡らしてきた。
「朱里、大丈夫だ」
尊さんが泣きそうな声で言い、私を抱き締める。
「~~~~っ、お父さんっ、ぶら下がってたの! 朝起きて部屋から出て……っ、リビングダイニングのカーテンが半分開いていて、その間から何かが見えたから、カーテンを捲ったら……っ!」
――父は、父ではないモノに変わり果て、雨ざらしになっていた。
「私が……っ、わた……っ、ううぅううぅ……っ! 私が……っ!」
「朱里!」
尊さんは傘を投げ捨て、半狂乱になった私を抱き締めた。
そして激しく嗚咽する私にキスをし、力一杯腕に力を込める。
本来なら不規則に息を吸って吐いて……と、なっていたところ、唇を塞がれて呼吸が止まり、私は強制的に嗚咽を鎮められていく。
そのまま、私は雨に濡れたまま尊さんにキスをされ、力強い腕に支えられていた。
酸欠になりかけてボーッとした頃、尊さんはそっと顔を離す。
「落ち着いたか?」
尋ねられ、私はぼんやりとしながら小さく頷く。
彼は私の傘を拾って持たせ、自分の傘も拾って立ちあがった。
「行こう。思い出したならここに長居する必要はない」
尊さんは濡れるのも構わず私を抱いて立ちあがらせ、支えながら歩き始めた。
通行人は私たちをジロジロと見ていたけれど、奇異の目を気にする事ができる余裕もなかった。
私は魂が抜けたような状態で歩き、駐車場まで戻って車に乗った。
尊さんは車に戻ったあと、こうなるのを見越してか後ろの席からバスタオルを出し、濡れた私をワシャワシャと拭く。
そうされても私はお礼すら言えず、放心したままだ。
そのあと車は発進し、私はボーッと車外の景色を見たまま助手席にもたれかかっていた。
**
車は三田のマンションの駐車場に着き、私はまた尊さんに支えられて中に入って行く。
真実を思い出したのに私は対応する力を失い、ずっと思考停止したままだ。
家の中に入ったあと、尊さんは私を洗面所に連れて行って手早く服を脱がせ、自分も脱いでからバスルームに入る。
彼は途中でフェリシアに命令し、先にお湯を貯めていたみたいだった。
「あったまろうな」
尊さんはいつも使っているクリップで私の髪を纏め、シャワーを全身にかけて体をさするように温めていく。
されるがままに秘所も洗われた私は、尊さんと一緒に浴槽に浸かった。
「フェリシア、照明を落として」
尊さんが命令すると浴室内の電気が暗くなり、何とも言えないリラックス感が全身を包む。
彼は後ろから私を抱き、時折頭部に唇を押しつけた。
「……落ち着いたか?」
何度目になるか分からない心配の声を掛けられ、私は「……ん……」と小さく頷く。
尊さんは私を抱いたまま、長く深い溜め息を吐いてから言った。
「……前に『野暮用がある』って一人で出かけた事があっただろ。……確か朱里が女子会に参加していた時だったかな」
「……うん」
「その時、朱里のお母さんに呼ばれて〝六月の事〟を聞いていたんだ」
私はギュッと身を強張らせ、尊さんの腕を抱き締める。
「……お父さんが亡くなったのは六月十五日。……澄哉さんは当時、ブラック企業と言っていい会社での過労と人間関係に悩んでいた」
「え……」
初めて聞いた事に私は目を見開き、尊さんを振り向く。
けれど暗い中で顔は見えず、「前向いて」と抱き直された。
「澄哉さんを追い詰めていたのは、『忙しい』の理由になっていた休みがほぼない労働と、優しい気質の彼の性格を逆手に取った上司のいびりだった。話を聞いた時にそのいびりの一環を聞いたけど、……まぁ、酷いもんだったよ。正当性のない、ただ『気に入らないから』という気持ちで、当時の上司は澄哉さんを他の社員の前で馬鹿にし、怒鳴りつけ、できあがった書類を投げ、若菜さんが作ったお弁当や、デスクの上の家族写真すら馬鹿にした」
私はいつの間にか涙を流しつつ、静かに尊さんの言葉を聞いていた。
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