着替えて、メイクを施される頃にはすっかり涙が渇いていた。……そう。悲しい過去を置き去りにして、楽しいいまだけを見据えるのだ。大切なひとが傍にいるというこの幸せな現在を。
「莉子さま……とても綺麗です」
感情の込められた声音で、メイクさんに言われ、わたしは、鏡のなかの自分を見つめる。……本当に、綺麗。別人みたいだった。髪は……ウェーブにされ、ハーフアップで上品に首元に垂らされ。加工をされた髪のなかに花が散らばる。とても……綺麗だ。
自分では決して出来ない髪型、それから、メイクに、なんだか胸が熱くなる。……こちらのメイクさんは、リハーサルのときにも声をかけてくれて、こちらの意向を汲んでくれ、緊張をしないようにマッサージなどをして和らげてくれ、声をかけてくれたりと……お姉さんみたいにやさしくしてくれた。
「さあ笑って莉子さま。主役は莉子さまなのですから……」涙ぐむわたしに、メイクさんは、「三田さまはどんな顔をなさいますかね。きっと……驚かれますよ」
メイクさんたちに背中を押され、わたしはメイクルームを出て、課長のいるフロアへと向かう。宝石のように輝く夜景を背景に、わたしを待つ課長は、まるで、雑誌から抜け出たモデルのようだった。彼は……わたしほど派手なチェンジをしてはいないが、中に着ているシャツや、ポケットから出るスカーフのいろをわたしに合わせて変えて……うん。水が滴るほどいい男って課長のような美男子のことを言うのね。わたし、……課長の愛に目覚めてから日々、課長に見惚れている。こんなにも美しいひとがいるんだなって……。
彼は、わたしを見ると目を見開き、やがて細めた。その熱っぽい眼差しを受けるだけでなんだか……照れくさい。わたしははにかみながらも、
「お待たせしました課長……」
「……綺麗だよ。莉子……」
いつもポージングを指定するカメラさんは、自然な姿を撮ろうと思ったのか。課長の後方に回り込み、パシャリ。小気味のいいシャッター音が響く。やがて、わたしは、接近する課長に頬を包まれ、かるく――キスをされる。
その様子もどうやら、ビデオカメラに収められており、わたしたちはきっと……おじいちゃんおばあちゃんになってからも、この映像を、懐かしく、再生するのだろう。
「さあ……ふたりとも、そこに並んで。そう。手を重ねて――見つめ合って! うん! いいねいいね! ファビュラァースゥッ!!」
……雑誌に出てくるモデルさんっていつもこんなふうに声をかけられるのかな。照れくささも残りつつも、でも、大部分のわたしは、このカメラさんたちのハイテンションぶりを楽しんでいる。
課長といろんなポーズをとった。背中合わせで、手を繋いだり。お姫様抱っこをされたり……! ほっぺをくっつけあって、笑い合ったり……。普段ではなかなか出来ないことも出来て、しかも、それを写真やビデオに残せて、すごく満足だった。
わたしたちがお色直しをしている最中、招待客の皆様には、わたしたちが作ったビデオを楽しんで貰ってる……はず。が。
お色直しの後の再入場をするため、再び扉の前に立つ……と、スタッフさんがやってきて。「三田さま、さきほどのビデオ、皆さん大爆笑でしたよ……!」ものすごく興奮した様子で言う。「莉子さまがなにか持ってくるのかと思ったらただの牛乳で。その掴みが大ウケで、そこから皆さん、笑い通しで……。ビデオが出来上がりましたらお確かめくださいね!」
……そこまで受けを狙ったわけではないのだが。今回、せっかくなのでと、わたしたちは、ビデオを制作した。といっても簡単なもので、昔の写真をお見せして振り返り、エピソードを話して聞かせるというもの。高嶺や荒石くんに協力して貰い、作った。
さぁて。とドアの前で息をする。課長の手は相変わらずふるえているが――わたしは笑った。
なかではドレスの色あてクイズが終了しており、今頃みんな――ペンライトを手にしているはずだ。
そして、そのきらびやかな色合いがわたしたちを迎え撃つ。
ドアが、開いた。暗闇のなかに広がるのは……各自が持つペンライトのまばゆい、海。見たこともないほどに神々しい光景だった。
――そう。招待客の皆様には、お色直しの待ち時間のあいだ、ビデオを見て貰いながら、お色直しの際の花嫁の色を、四色のなかから選んで貰ったのだ。その選んだペンライトを、わたしたちの再入場の際、照らして貰う……。
感動でなみだがあふれた。それから、わたしのドレスの色を見て、どよめきと悲鳴があがって……その反応もとても嬉しかった。
色は――ライムグリーン。
日頃から、ピンクやラベンダー、水色などを好んで着るわたしにしては意外なチョイスだったのかもしれない。大多数がピンクだった。
高嶺もピンクがいいと主張したのだが、わたしは頑として聞かなかった。どうしても……このライムグリーンのドレスがよかったのだ。
一度見た瞬間、虜になり、このドレスのことしか考えられなくなる……そのくらい、このドレスを、気に入っていた。
さて。観客の興奮も冷めやらぬなか、わたしたちはキャンドルを手に取り、テーブルの蝋燭を灯していく。――キャンドルサービス。わたしたちが近づけば皆、歓声をあげてくれる。一流芸能人にでもなった気持ちだった。
課長のお友達のテーブルに近づいたときに、ちょうどBENNIE Kの『a love story』が流れ、みなさん盛大に拍手や歓声で祝ってくれた。曲のチョイスも憎らしい。タイミングがばっちりで。
それから……すべてのテーブルを回ってから、最後は、高さ2メートルほどもあろう、巨大なキャンドルの出番だ。司会者が促すのでみんな前にやってくる。たくさんのカメラのフラッシュを浴びながらわたしは、課長と手を取り合い、この大きなキャンドルに火を灯した。
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