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翌朝、俺は早くに目が覚めた。


午前7時。

いつもならもうひと眠りするところたが、今日は素直にベットから出る。


週末の土曜日。

週休2日が当たり前になって久しい今、俺の勤める鈴森商事も完全週休2日をうたっている。

もちろん出張だってあるし、接待ゴルフも少なくないから必ず休める訳ではないが、会社自体は休業日となる。


ピコン。

メールだ。


送り主は、副社長秘書。


『おはようございます。社長と副社長は無事出発しました。現地で事業本部長と合流して会場へ向かいます』


ご丁寧に状況説明のメールだ。


『よろしくお願いします。社長も副社長も慣れた取引先ですので、心配ないと思います。何かあればいつでも連絡をください』


これでよし。


今日、社長は大阪へ出張だ。

昔からなじみの取引先の大きなパーティーがあり、毎年この時期に呼ばれて行く恒例の行事。

いつもなら俺が同行するんだが、今年は現地スタッフと副社長秘書に任せた。


俺の勤める鈴森商事は代々続く総合商社。

今では上場もして一流企業の1つに数えられる。

社長はそこの4代目。

65歳の年齢には見えない若々しさで、今でも会社を引っ張っている。

俺は社長の秘書になって8年になる。


ブーブーブー。

今度は着信。


あれ、孝太郎?


こんな朝っぱらから電話が来ることは珍しい友人からの着信に動きが止った。

***


鈴木孝太郎。31歳。

鈴森商事専務で、現社長の一人息子。

その有能さも血筋以上で、後数年すれば社長になるのは間違いないと言われている切れ者。

そして、俺の幼馴染で親友でもある。


「徹、今日は休みだよな?良かったら一緒に飯はどうだって、麗子が言ってるんだが?」


珍しく週末に休みが取れたんなら恋人と2人で過ごせば良いのに、何で俺を誘うんだか。


「2人で行けよ。俺も予定がある」


本来なら会社の御曹司に向ける言葉ではないが、互いに遠慮はない。


俺と孝太郎は、11歳からの4年間を同じ家で共に育った。

とは言え、兄弟でも親戚でもない。

小学5年の時におやじの会社が倒産し、おやじと母さんが立て続けに亡くなり、ひとりぼっちになった俺を引き取ってくれたのが、おやじの親友だった社長。

孝太郎とその妹の一華と、3人分け隔てなく大切に育ててもらった。


「もしかして、今日も仕事をするつもりか?ここしばらくまともに休みを取ってないんだから、少しはゆっくりしろ」


「わかってる」


言われなくても、今日は休むつもりだ。

だからこそ、大阪出張には同行しなかったんだ。


「まともに休んでないのは孝太郎も一緒だろ?俺なんかにかまわずに、たまには麗子の機嫌でもとってやれよ」


孝太郎の恋人、青井麗子。

誰もが振り返ってしまうほど美人の彼女は、俺の高校時代の同級生。

外見の華やかさ故に随分と苦労もしてきているが、性格の真っ直ぐないい奴だ。

だからこそ、俺が孝太郎に引き合わせたんだ。

***


「わかった。せっかくの休日だゆっくりしろ」


「お前もな」


忙しくて休みが取れないのは孝太郎だって変わらない。

専務取締役の肩書があればなおさら気持ちの休まる暇はないはずだ。


そもそも、なぜ俺たちがこんなに疲れているのか?

それにはそれなりの理由がある。

実は・・・

今から半年ほど前、鈴森商事は大きなトラブルに見舞われた。


いきなり始まったネットによる誹謗中傷と、相次いだ取引中止の申し入れ。

当時は会社の存続を心配してしまうほどの事態になった。


ネットの書き込みや嫌がらせだけなら珍しくもないが、他の企業を巻き込むとなればそれなりの力が必要となる。

きっと何かあるはずだと、必死に調べた。

そこでわかったのが、日本を代表する財閥『浅井コンツェルン』からの圧力。

そして、その動機は身分を隠してうちの会社に勤める一人息子を取り返すためだった。

息子を連れ戻すために勤め先の会社を攻撃するなんて一見意味不明な行動に見えるが、どうしても跡を継がないと言い張る息子に、「戻ってこないなら、お前が勤める会社を潰す」と脅したらしい。


「金持ちはやることが違うな」

つい愚痴が出てしまった。


会社では絶対言わない事も、孝太郎には素直に言えてしまう。


「そうだな。本当に」

不機嫌そうな孝太郎。


色々と思うところはあるらしい。

***


もちろん、浅井コンツェルンとしても言うことを聞かない息子を脅したかっただけで、最初からうちを潰すつもりはなかった。

不幸な事故で家を出てしまった息子が元気になった姿を見て、どうしても取り戻したくなった。

すべては親心から出た思い。

子の親である社長にもその気持ちは伝わったようで、すべてを水に流すことにした。


騒動後、トップ自ら社長に頭を下げ詫びを入れたらしい。

今までの取引先の復活はもちろん、新規の大口契約も決まった。

騒動解決のために奔走した俺としては不満もあるが、社長が納得した以上反論はできない。

業績も右肩上がりだし、なぜか浅井コンツェルンに戻った御曹司と社長の娘一華との結婚まで決まってしまった。


こうしてすべては丸く収まったが、その事後処理は今も続いている。


今回大阪に同行した副社長秘書も、騒動後に浅井のトップが直々に送り込んできた人物。

大手の企業を渡り歩いてきた強者だが、だからといってこの業界に明るい訳ではない。

仕事のできるいい人だが、やはりまだ慣れない。

上層部としては、事件の余波が収まって孝太郎が社長を引き継いだ時の地盤作りなんだろうが、実際現場で働く立場としては苦労も多い。


「もうしばらくは気が休まらないが、とりあえず今日はゆっくりしろ」

珍しく弱気な孝太郎。


「ああ、そうだな。お前もな」

俺も本音で答えて電話を切った。


俺以上の重責を担う孝太郎が頑張っている限り、俺も手は抜けない。

やるしかないんだ。


「さあ、目覚めのコーヒーでも飲むか」


ベットから出たままの姿で、俺は台所に向かった。

***


「おはよう、ございます」


えっ。


Tシャツに短パン姿で台所に立ちコーヒーを入れようとしていた俺に、後から声がかかり驚いた。


そういえば、陣の妹を泊めたんだった。

一人暮らしが長いせいか家の中では自分1人に慣れていて、油断した。


「ごめん、起こした?まだ寝ててもよかったのに」


「ありがとう」


まだ少し疲れが残った表情で笑ってみせる。


「顔色が悪いぞ。大丈夫?」


「うん」


嘘つけ。

きっと、あまり寝れなかったんだ。

ただでさえ研修医は激務だって聞くのに、持病持ちの彼女がどれだけ大変なことか。


「紅茶を入れるけど飲む?」


「ぇええ」


手にはコーヒーの入ったカップを持っているくせにわざわざ聞いた俺を、不思議そうな顔で見る。


「知り合いからもらったハーブティーがあるんだ。安眠効果があって飲めば必ず眠くなるから」


少し前、なかなか寝付けず疲れが取れない俺に麗子がプレゼントしてくれたハーブティー。

カモミールにいくつかのハーブがブレンドしてあるらしくそれを飲むとなぜか寝付きが良い。

持病持ちである彼女に薬を渡すわけにもいかないから、ハーブティーならいいだろうと思いついた。


「ずいぶん疲れた顔しているから少し休んだほうがいい。1時間ほど横になったら起こしてやるよ」


コトン。

大きめのマグカップを彼女の前に置いた。


「ありがとう」

「どういたしまして」

***


一昨日に続き、昨日も彼女をマンションに泊めた。

成り行きと言ってしまえばそれまでだが、自分でもらしくない行動をした自覚はある。



そもそもの発端は、2日前。

俺は都内の大学病院を訪れていた。

古くから付き合いのある取引先の社長が手術をしたそうで、どうしても手が離せない社長にかわり見舞いにやって来た。


時刻はもう夕方で、終わればそのまま直帰しようとわざわざこの時間にした。

会社に戻れば仕事に追われて残業になるのはわかっているし、こんな事でもないと定時になんて帰れない。

たまには早く帰って、ジムにでも足を運んでみるつもりだった。


最近は忙しくて、運動もできていないからなぁ。


ブツブツと心の中で呟き、外来のホールを通り過ぎようとしたとき、

「ハセガワノエさん」

薬局から聞こえた声に足が止まった。


この名前には・・・聞き覚えがある。

高校時代からの腐れ縁で今でも付き合いのある親友、長谷川陣の妹の名前だ。

もちろん同姓同名かもしれないし、会った事はないから本人かどうかもわからないが、何度も何度も陣から聞かされた名前。


俺はさりげなく歩を止めると、薬局のカウンターに立つ女性を振り返った。

***


身長は160センチくらい。

線の細い華奢な女の子。

膝丈のスカートに白いブラウスの清楚な印象。

顔立ちは、一見まだ学生かと思うほど幼く見える。


陣の妹は、この春医大を卒業して就職したばかりのはず。

卒業した大学の付属病院に残り、勤務医としてバリバリ働いていると聞いた。

確か、心臓に持病があると陣から聞いた記憶があるが、口うるさくて生意気なやつだと言っていたから明るく元気な子なんだと思う。

目の前の女性は、陣から聞いていたイメージと随分違う。

医者と言うよりも患者に見えるし、明るいと言うよりおとなしそうで、元気と言うよりもはかなげ。

やはり、人違いだろうか?



薬局を出て目の前を通り過ぎ時間外入り口に向かう女性を、俺は少し距離を開けながら追いかけた。



陣は昔から妹のことを溺愛していた。

高校時代から妹とお袋さんのために必死で働いていたし、いつも気に掛けていた。

幼くして家族を失ってしまった俺は、そんな陣がうらやましかった。

誰かのために生きたいといくら願っても、俺には誰もいなかったから。

***


「オイ、あんた」


高校時代の陣を思い出しながら歩いていた俺に、棘のある声が耳に入ってきた。


それは前を歩く彼女に向けられた言葉。

歩を止め、呆然と声の方を見る彼女。


「あんたのせいで、俺の子供が死んじまったじゃないか」


切羽詰まった男性の声と内容に、その場にいた人たちの視線が集る。


子供が死んだなんてただ事ではない。

言葉を投げかけられた彼女も固まってしまった。


「ご主人、どうか落ち着いてください」

騒動を聞きつけたのか、白衣の女性が出てきた。


どうやらこの人は患者の旦那さんのようだ。

そして、怒鳴られた女性、ハセガワノエはここのスタッフ。

話の流れからすると医者らしい。


待合にいる誰もが身動きできないで、事の流れを見守っていた。


しばらくして、


「産科部長の亀井です。奥様の病状についてご説明しますのでこちらにお願いします」

中年の医師が現れ、男性は診察室へと消えて行った。


そして、

彼女の前に立った白衣の女医が優しい言葉をかけるのかと思ったら、「間が悪いわね」「消えて」と冷たく言い放った。


実際、誰が悪いのかなんて俺にはわからない。

彼女に非があるのかもしれない。

それでも、顔面蒼白でたたずむ彼女がかわいそうでしかたなかった。



女医も診察室に戻っていき、周囲からの冷ややかな視線を浴びていた彼女が出入口へと歩き出す。


俺は無意識に、その後を追っていた。

***


いきなり大勢の人の前で詰め寄られ、きっと動揺しているはずの彼女。

本当ならすぐにでも泣き出したい所なんだろうが、表情を崩すこともなく建物を出た。


強い子だな。

そんな思いで、俺は後をついて行った。



車に乗るのか、駅に向かうのか、どちらにしても病院の敷地を出たら後を追うのをやめようと思っていた。

しかし、車に乗り込むわけでもバス停に向かうわけでもなく、病院内の小さな公園を訪れた彼女。


ベンチに座り、肩を落とし、天を仰ぐ。


はあぁー。

大きくついた溜息がこちらにも聞こえてくるようだ。


1つ、2つ、大きく息を吐くと、カバンから小さなポーチを取り出して、ゴソゴソとあさり出す。


出てきたのはたばことライター。

華奢で清楚な印象の彼女には似つかわしくない物の登場に少し驚いた。


取り出したたばこを1本くわえ、ライターで火を付ける。

フーと煙を吐いた瞬間、


「ゴホゴホ」

彼女が咳き込んだ。


それでももう一度吸い込み、空に向かって煙を吐く。

その姿が痛々しくて、


「敷地内禁煙」


思わず声をかけてしまった。

***


「えっ」

驚いた顔をする彼女。


そりゃあそうだ。

誰にも会いたくないからこんな所まで来たのに、いきなり知らない男に声をかけられたんだから。


「ここは敷地内禁煙だろ」


彼女に近づき初めて真っ正面から顔を見た。


大きく二重の目と存在感のある唇が陣に似ている。

間違いない、彼女は陣の妹だ。


「やめておけ」

タバコを取り上げ彼女の手を掴む。


清楚な容姿とは裏腹に強い眼差しで俺を睨みつける彼女。

その表情が今にも崩れて涙が溢れ出しそうなのに、奥歯をぐっと噛み締めて堪えている。


「離しなさいよ」


突然腕をとられ身動きのとれなくなった彼女が語気を荒げて抵抗するけれど、こんな細い体ではどんなに暴れたって敵うはずもない。


「無理するんじゃない」

俺は距離を詰め、そっと肩を引き寄せた。


突然の事に、目を丸くして放心状態の彼女。


「なんで?」

ささやかれた小さな声。


この行動にはっきりとした理由なんてない。

ただ、放っておくことができなかっただけ。


一歩間違えば痴漢行為。

騒がれれば俺の人生は終わる。

わかっていても、傷だらけの彼女を一人にはできなかった。


しばらくして、


「ウッ、ウウッ」

肩をふるわせ、彼女が泣き出した。


俺はためらうことなく背中に手を回した。

***


高校時代の陣は人一倍働いて、寝る時間もなかったはずなのに、いつも幸せそうだった。


お袋さんと二人暮らしの妹のために必死に働き、少ない自由時間も家族のために使っていた。


「俺、明日休むから」

絶対に学校を休まない陣がこういうときは、いつも乃恵ちゃんの用事。


「何があるんだ?」

呆れ気味に聞くと、


「運動会なんだ。乃恵が見に来てくれって言うからさ」

「ふーん」


ニタニタとうれしそうな陣を見て「それは父親の顔だぞ」と言いそうになった。


「そんなにかわいいもんかね?」

家族のいない俺にはさっぱりわからない。


「ああ、かわいいさ」

キッパリと言い切る陣。


高校を卒業してからも陣との付き合いは続き、事ある毎に妹の話を聞かされてきた。


1度も会ったこと無くても、俺は彼女を知っている。


中1でお袋さんと死別して、体調を崩して倒れてしまったことも、

高校受験のストレスで、毎日のように陣と喧嘩を繰り返していたことも、

どうしても医学部に行きたいと、睡眠時間を削って人一倍勉強していたことも、

少しでも陣の負担を減らしたくて始めた夜のバイトが陣に見つかり、初めて叩かれたことも、


すべて陣から聞かされた。

たとえるなら親戚のお兄さんのような感覚だろうか?


だから、放ってはおけないんだ。

***


しばらくの間、彼女は俺に頭をもたげて泣いた。

我慢していた思いが溢れ出るように肩を振るわせ続けた。


トントントン。

そっと背中を叩いてやると、少しずつ嗚咽が止っていく。


「病院から着けてきたんですか?」

顔を上げた彼女が聞いてきた。


病院で見かけて同情してついてきたお節介野郎とでも思ったらしい。


そうだよな。

普通そう思うよな。

俺は彼女を知っていても、彼女にとっては通りすがりの知らない男。

怪しんで当然だ。


「同情ですか?」

「かもね」


わざわざ素性を明かすことも無いだろうし、彼女だって陣には知られたくないだろうから曖昧に返事をして誤魔化した。



「大変な仕事だな」


仕事なんてみんなつらい物だろうが、医者って仕事はここまでしないといけないんだな。

そう思うと、かわいそうになってしまう。


「お願い、優しくしないで」

やっと泣き止んだ彼女が、またウルウルしだした。


「バカ。こんな時は黙って甘えてろ」


「・・・うん」


ずっと強がっていた彼女から初めて聞いた素直な言葉にホッとした。

次の瞬間、


「ウゥゥ」

体を硬くして苦しそうな表情になった。


「どうした?大丈夫?」


「く、苦しい」

よほどつらいのか、額には汗をかき、俺の手をギュッとつかんでいる。


これはただ事では無い。

幸いここは病院の敷地内。

俺は彼女を抱き上げ救急外来へ戻ろうとした。


しかし、


「待って」


彼女が俺を止めた。

***


きっと苦しいだろうに、何度説得しても病院へは戻らないと言い続ける彼女。

本当なら無理矢理にでも救急外来へ連れて行きたいのだが、「大丈夫、これでも医者だから」と言われれば言い返せない。

それに、先ほどの救急外来でのやりとりを見てしまった俺としては、彼女の気持ちもわからなくは無い。


それじゃあしかたないと、

「しばらく様子を見て急変しないようなら送っていくけれど、それでいい?」

最大限の譲歩をしたつもりだった。


しかし、彼女は一人で帰ると言い張った。

どうやら事情があるようだ。


「ダメだ。こんな状態で1人にできるわけがないだろう。それとも病院へ戻る?」

脅し気味に詰め寄ると、

「実は、」

やっと事情を話してくれた。


ルームシェアをしていた友達が借金を残していなくなり、取り立てが来てアパートに帰れない。

彼女が保証人になったものもあり、警察を呼ぶこともできない。

こんな話、陣が知ったらどれだけ怒ることか。

その上、具合が悪いのにネットカフェに寝泊まりするなんて、絶対にありえない。


この時、俺は決心をしていた。

救急を受診するならそれでよし。どうしてもイヤなら俺の家に連れて帰る。


「非常事態だからね、一晩部屋を貸すよ。1人暮らしだけれど、部屋は余っているんだ。それとも病院へ戻る?」

さあ、どうすると彼女を見つめた。


もしも、それもイヤって言うなら、陣に連絡するしかない。


数分後、


「時間切れ、救急に向かうよ」

俺はハンドルを握った。


「えええ、待って。それはダメ。あなたのお家へお願いします」


「了解」


きっと陣に知れば怒るだろうが、一晩だけのことだ。

後で、彼女が回復してから報告しよう。

***


無邪気というか、無防備というか、車が走り出して10分もしないうちに彼女は眠ってしまった。


よほど疲れていたのかスヤスヤと寝息をたて、起きる気配も無い。

さすがに怖くなって、何度か呼吸を確かめてしまったくらいだ。



「オイ、ついたぞ」


マンションの駐車場に着き、声をかけたが当然起きない。


困ったな。

これじゃあ俺が連れ込んだみたいじゃないか。


気持ちよさそうに眠る顔を見ながら少し悩んで、しかたがないと彼女を抱え上げた。


都内の一等地に建つマンション。

普通のサラリーマンにはまず手の出せないところに、俺は住んでいる。

もちろん、それにはそれなりの理由もあるんだが、今日ばかりはここに住んでいたことに感謝した。

お陰で誰にも会わずに部屋まで彼女を抱えて行ける。


駐車場からエレベーターに乗って最上階の部屋まで。

やはり誰に会うこともなく、彼女を抱えて帰った。


なんとか靴を脱がせ、服は着せたまま寝室のベットに寝かせる。

きっとこのまま朝まで起きないだろう。


「おやすみ」

返事が返ってこないことはわかっていて、声をかけてから寝室を出た。



翌朝。

仕事の予定が入っていた俺は早い時間から起き出した。

彼女はまだ眠っている。


しかたない、起すのもかわいそうだ。


週2で頼んでいる家政婦さんが冷蔵庫に作り置きしてくれているから、食べるものはある。

勝手に食べてくれとメモを残し、言葉を交わすこともなく出社することにした。

まさかその日のうちに、再会することになるとは思ってもいなかった。

切ないほど愛おしい

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