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ゴリ・ゴリ男が手すりを飛び越えてエントランスに着地したわ。この世界のどこにあんな森林迷彩のズボンが売っているのかしら。黒のタンクトップから出ている三角筋はその筋ではさぞおモテになることでしょうね。
「おい、この屋敷は俺たちが占拠している。どこの養豚場から逃げ出してきたのか知らんがさっさと帰ることだな」
「あなたこそ、私にそんな口を聞いた事を後悔させて差し上げますわよ」
「ちっ、俺がこの世で嫌いなものを教えてやろうか」
「いりませんわ。興味のない男のプロフィールなんて二進数の羅列よりも私には意味不明ですもの」
顔から湯気が出そうなくらいに真っ赤になってるわ。だいたい勘違いしている男なんてこうしてあしらってやればムキになるのですよ。この男もやはり小物ね。
「俺が、嫌いなもの──」
「ゴリ・ゴリ男が可哀想に、頭が残念な人なのか、ブツブツ呟きながら近寄ってくるわ」
「服装だけは綺麗な豚、言葉遣いだけは上等な豚、あとは俺をバカにする豚がっ! 俺はたまらなく大嫌いなんだよおっ!」
叫んで、革製の真っ黒なブーツが私のお腹に突き刺さったわ。
「お嬢様っ!」
「お姉ちゃんっ!」
沈む足。取り込むお腹。私の「夢想の住人」であれば衝撃を吸収すると思い込めばこの通り。
「こんの、豚があっ!」
「結局豚が嫌いなだけじゃないのっ!」
ふんっと気合いを入れてお腹を膨らませれば反動でゴリ男は吹き飛んでしまったわ。大きな音を立てて壁に激突しちゃって、大丈夫かしら。
「ぐうっ、このデブ女め……余裕ぶっこいてられるのも今のうちだ。かかってこい、その時が豚の最期の時だ」
「いやよ、そんなぐちゃぐちゃに散らかったところなんて。悔しかったらこっちに来てしなさい」
散らかりようではないですわ。あの男、しゃがんで片膝をついて腕を曲げて構えるその姿勢は本当にあのアメリカ野郎じゃないの。近接カウンター狙いの相手に近づくわけないでしょう。
「ちっ、豚め……そっち行くからかかってこいよ」
なんだか素直で可愛い気がしてきたわ。でもお生憎様。わざわざ出てきて片膝をついたってその手には乗らないわよ。
「秘技、動けるデブ!」
なんであの子は長距離走も水泳も得意だったのかしら、という私の昔の記憶を体現したような動きは、私がしたならそれは残像すら現れる高速移動。
「お嬢様っ! なにもご自分で言わなくともこのギルバートめがデブくらい訳もなく言って差し上げますものをっ!」
そんなフォローはいらないのよ、私はこのゴリ男を倒して、痩せるのですからっ!
「ぬうっ、なんて速さっ。しかし──そこだあっ!」
ブワッとバク転みたいに繰り出したゴリ男の蹴りは確かに捉えたわ。私のフクロウジャージ(上)を。
「なにっ? これは罠か!」
「気づいてももう遅いです。これで、おしまいですことよっ──“空から豚《メテオ・インパクト》”!」
「上かっ……て、なあぁぁぁぁっ」
全てを押し潰す隕石がオインク邸の床に激突したわ。あのゴリ男でさえ無事では居られないでしょう。
「お、お嬢様っ! ここに居ては危険でございます。今すぐに逃げましょうぞ」
「ええ、最初からそのつもりよ。これで痩せられたと思うと満足だわ」
やる事はやったわ。ならさっさと瞬間移動で戻るだけよ。
「お嬢様、今朝の新聞ですが──」
「貸してちょうだい。……そう、オインク邸は全壊したのね」
「なにも、そこまでしなくとも良かったのでは」
「ギルバート、今の私を見てやり過ぎだったと思うかしら?」
ギルバートの表情は崩れない。キリッとした視線はさすがザ・プロフェッショナル。
「いえ。ちなみにお嬢様の今の軽さはいかほどで」
「軽さ、ね。それは正しいわっ。今朝計ったら48kgだったかしら」
鏡にはスラっとしたかつてのパーフェクトなスタイルが映し出されているもの。ジャージのフクロウもこれならクマと間違えられる事はないでしょう。
「しかしやはりお屋敷を破壊してしまったのは……」
「ギルバート、私気づいたのよ。それはもう世紀の発見、人類がウイルスを発見したのと匹敵するほどのことよ」
「そ、それは一体⁉︎」
「オインク伯爵邸。オインクって豚の鳴き声じゃない。あのゴリ男もみんな豚ブタぶたpigなんて言ってくれちゃって。だから後悔も反省もしていないわっ!」
「さすがです、お嬢様」
「あ、あのー。本当に私はここで働いていて良いのでしょうか」
私の美しい身体を映す鏡を支えていた女の子がおどおどしながら問いかけてきたわ。
「もちろんよ。あなたの職場を奪ってしまった事だけは悪いと思ってますもの。その償いといったら傲慢かも知れませんが、あなたさえ宜しければ私を助けてくださいね」
「は、はい」
「そうそう、お名前を──聞きそびれていたわね。教えてくださるかしら、可愛いお嬢さん」
「は、はいっ。私の名前はプラッセといいます!」
「なんで……っ、なんでチェコ語でまで“豚”を持ち出すのよ──」