テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
雫石しま
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
村はすっかり雪景色。田んぼも雑木林も陽光に照らされて、キラキラ眩しい。クリニックの玄関先には、小さな雪だるまがいくつも並んでいた……患者さんの子供が作ったらしい。思わず目を細めて微笑む。
私は受付でカルテを整理しながら、時々診察室の方をチラチラ見てしまう。
付き合ってからまだ2週間くらいだけど、もう毎日が甘くて、仕事中もドキドキが止まらない。午前中の診療が一段落した頃、拓也さんが白衣のまま受付カウンターに寄ってくる。患者さんがいないタイミングを見計らって、そっと私の手を握る。指先が少し冷たくて、でもすぐに温かくなる。
「里奈、昼休み一緒に食べよう。じいちゃんが煮物持ってきてくれた」
「え、じいちゃんまた……?」
拓也さんがくすっと笑う。
「『孫の彼女に栄養つけさせてやらんとな』って。里奈、最近忙しすぎるからって心配してるよ」
顔が熱くなる。じいちゃんの煮物はいつも味が染みてて、里芋と人参とこんにゃくがごろごろ入った優しい味。拓也さんが私の手を軽く握ったまま、診察室の奥に連れて行く。小さな休憩スペースに、じいちゃんのタッパーが置いてあった。
二人で並んで座って、蓋を開ける。湯気がふわっと立ち上って、里芋の甘い匂いが広がる。「いただきます」拓也さんが私の分のお椀に煮物をよそってくれる。
箸で里芋を1つ取って、私の口元に持ってきて。
「あーん」
「え、拓也さん……!」
周りに誰もいないのを確認して、私は恥ずかしがりながら口を開ける。里芋がほくほくで、味噌の優しい味が染みてて、幸せすぎる。
「美味しい……じいちゃんの煮物、最高です」
拓也さんが自分の分を食べながら、満足そうに頷く。
「里奈が食べてくれると、じいちゃんも喜ぶよ。……俺も、里奈が笑ってるの見ると嬉しい」
その言葉に、胸がきゅんとする。私は拓也さんの袖をそっと掴んで、小さく言う。
「拓也さん……私も、拓也さんが笑ってるの見ると、毎日頑張れます」
拓也さんが私の頭を優しく撫でる。白衣の袖が少し擦れて、消毒の匂いと拓也さんの匂いが混ざって、安心する。その時、待合室のベルが鳴った。次の患者さんだ。拓也さんが立ち上がって、白衣を直す。
「午後も頑張ろう。里奈、今日のネットセラピーの予約、何時から?」
「夕方5時からです。重い相談が入ってるかもだから、終わったら相談してもいいですか?」
「もちろん。いつでも、俺に話して」
拓也さんが私の額に軽くキスをして、診察室に戻る。私は受付に戻って、次の患者さんを案内する。心臓がまだドキドキしてるけど、仕事に集中できる。だって、拓也さんが隣にいるから。
午後の診療中、患者さんの一人が私に微笑みながら言う。
「里奈ちゃん、最近顔が明るくなったね。恋でもしたかい?」
私は慌てて頰を押さえて、笑う。
「えへへ……バレちゃいました」
患者さんがくすくす笑って、「よかったね。里奈ちゃんみたいな優しい子が幸せになると、村全体が明るくなるよ」その言葉に、胸がじんわり温かくなる。クリニックの待合室で、患者さんたちの笑顔が溢れてる。
「里奈ちゃんの相手は……先生でしょ?」
「え、ど……どうかなぁ」
目線が泳ぐ。なんでもお見通しだ。
「ほや、先生も明るくなったしなぁ」
「そうですか?」
「そうや、いつもニコニコしとる」
こうして村のみんなに受け入れてもらえたのは、拓也さんがクリニックの仕事を紹介してくれたから。私はカルテを閉じて、待合室のストーブの前で少し立ち止まる。患者さんたちが帰り支度をしながら、ぽつぽつと話す声が聞こえてくる。
「里奈ちゃんが来てから、待合室が明るくなったわ」
「先生も前より優しくなった気がする」
「二人とも、いい感じよねえ」
みんなの視線が優しくて、なんだか照れくさい。でも、嬉しい。
東京のオフィスじゃ、誰かが恋バナなんてしたら「仕事中だろ」って冷たい目で見られてた。今は違う。村の人は、みんな自分のことみたいに喜んでくれる。田上のおばあちゃんが飴玉をもう1つ握らせてくれて、「里奈ちゃん、先生に大切にしてもらいなさいよ」って囁く。
小野田のおばあちゃんが「先生、里奈ちゃんのこと大事にしてるよ。里奈ちゃんの家の前、何回も除雪しとったわ」
みんな、知ってるんだ。拓也さんと私が、そっと手を繋いでることも、二人で家に帰っていることも。隠してるつもりだったけど、村は狭いし、みんな目ざとい。でも、それが今は心地いい。
私はストーブの温かさに手を翳しながら、ふと思う。この温かさは、拓也さんがくれたものだ。クリニックを紹介してくれた日から、毎日少しずつ、私の居場所が増えていった。ネットセラピストの資格を取って、YouTubeで村の日常を届けて、雪の朝に埋もれても誰かが助けてくれて……。全部、拓也さんが隣にいてくれたから。
診療が終わって、クリニックの灯りを落とす。拓也さんが白衣を脱いで、私の隣に立つ。
「今日もお疲れ。患者さんたち、里奈のこと褒めてたよ」
「……みんな、優しすぎます」
私は少し照れて、拓也さんの袖を軽く引く。
「拓也さんも、ニコニコしてるって言われてましたよ」
拓也さんがくすっと笑って、私の額に軽くキスをする。
「里奈がいるからだよ」
雪の外で、シャンシャンシャンと除雪車の音が遠くに響く。でも、今はもう、鈴の音みたいに聞こえる。クリスマスのサンタを待つ子供の頃みたいに、毎日が少しずつ、奇跡みたいに輝いてる。