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浩二はデッキの隅に追いやられていた、背後の欄干が冷たく腰を突き、足元は波に揺れる船の傾きで滑りやすい



心臓が喉元まで跳ね上がり、鼓動が耳の奥で爆音のように響く



潮の匂いが鼻腔を刺し、頰を打つ風はまるで氷の刃のようだった、増田の声が低く唸る様に変わった



「本当はお前を殺したら礼金は500万だったんだ、しかしお前は生き延びた! だから300万で手を打ったんだ、なのに思ったよりお前はピンピンしてるじゃねーか! とんだ無駄使いだ!」



増田の右手のナイフの切っ先が月光を浴びて冷たく輝く、銀色の刃が浩二の瞳に映り、まるで死神の瞳のように睨みつける



「やめろ!!」



浩二はまだ増田の裏切りを信じられず、首を横に振りながら後ずさった、デッキの端が背中に当たって下を覗くと黒々とした海が漂っている



―くそっ!まったく逃げ場がない!―



波が船底を叩く音が、獣の咆哮のように不気味に響く




―僕を襲わせたのはコイツだったのか! 鈴子じゃなかった!―




水しぶきが顔に飛んで塩辛い味が唇に染みた、風が強く耳元で唸っている、増田がじりじりと浩二をデッキへ追い詰める



ナイフを握りしめた手の甲に血管が浮き、狂気の脈動を物語る



「鈴子を疑うなんて馬鹿げてるよ、お前本当に頭悪いな、全部俺の仕業だよ、会社名義の口座? 簡単さ、あれは俺が操作したからな、鈴子は何も知らない」




増田の甲高い笑い声が狂気に満ちて夜の海に広がる、笑いが風に乗る、急に激しく動いたせいで、貧血を起こしているのか浩二の視界が狭まり、息が詰まる、浩二の脳裏にあの夜の痛みが幻のように蘇り、傷口が熱く疼いた、もしかしたら開いたのかもしれない


「鈴子がお前に夢中すぎるのが目障りだったんだ、お前に先代の遺産を湯水のように金を使ってるじゃないか! お前さえいなければ鈴子は俺のものだったんだ!!」



増田が一歩踏み出すと船が大きく傾き、浩二の足元がぐらりと揺れる




「あの会社と鈴子の金は全て俺のものだ、俺は先代の息子みたいなものだったからな! お前には一円も渡さねぇ!」



「僕は彼女の金なんか全然欲しくない! 彼女の財産も地位も名誉も! 僕にとっては何でもないことだ! どうしてそんなに強欲になれるんだ!」


「先代の遺言通りにしてるだけさ! 俺の役目はあの女の事業と資産を守ることだ! 全てはそのためさ! お前を殺して、俺が鈴子と結婚するんだ! お前が邪魔なんだよ!」


「そう言いながら彼女と会社の財産を狙っているだけなんだろう!」



「うるせぇ!」





増田が浩二に肉切り包丁を切りつけに襲いかかる、刃が空気を裂いて鋭い風切り音が耳を劈く


浩二はかろうじて身を捩ってよけた、しかし増田は即座に向きを変えて再び切りつけてきた



浩二のシャツの袖が裂け、皮膚に浅い傷が走る、開いた腹の傷から熱い血が滲むのが分かる


「筋書きはこうだよ! お前は鈴子と喧嘩して俺に電話をした、俺はお前を慰めるため夜のクルージングに誘った!」




ブンッと空気を切る音がした、浩二は今度は左から来る増田の反撃を欄干に手をついてかわした、掌に木のざらつきが伝わり、指先が震える



「しかし、鈴子と喧嘩して選挙にも落選、そして鈴子と喧嘩してお前はすっかり『鬱』状態になっていた! そして俺が目を離した隙に海に落ちて腹の傷が開いて大量出血で死んだ!!」



じりじり追い詰められ、浩二の額に冷や汗が浮かぶ



「安心しな! 腹の傷と同じ所を刺してから海に落としてやるからよ!」



うおおおっと咆哮を上げて増田が襲いかかってきた、浩二は増田の胸ぐらを掴み、必死に増田の足を引っかけて二人は転がった

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