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※死ネタ、暗い、とち狂ってる。
以上よろしければお進みください。
クロノアさんがトラゾーのことを思い出すことはついになかった。
配信をすることもままならないほど弱ってしまったトラゾーは、体調不良ということでしばらく活動休止することになった。
家を訪ねることはトラゾーが絶対に来てはダメだと言ったからできず。
やりとりも通話やLINEでしかできなかった。
「トラゾー、ちゃんと寝てるか?」
『寝てるよ』
これは嘘だ。
酷く濃い隈。
一体、何日まともに寝てないのか。
「飯は?」
『うーん…どうにか、…まぁ、ちょっとは食べてる』
これは本当みたいだ。
それでもだいぶ痩せてしまっている。
昔のトラゾーのようで。
「…トラゾー」
『ん…?』
「、…っ…」
言いかけた言葉を飲み込む。
「……いや、やっぱ何でもねーや」
『…そう?』
やっと少し落ち着いたこいつを取り乱させるようなことは言いたくない。
「…なぁ、近いうちに遊びに行ってもいい?」
『それはダメ』
苦笑いするトラゾー。
もう長いこと素直に笑う顔を見ていない。
番という繋がりを絶たれたトラゾーはかなり取り乱していた。
それは当たり前のことで。
死ぬということをしなかったのはそういう選択をすることによって起こる僅かに残された自責の念なんだろう。
遺していく人のことを考えて。
こうして自分の中だけで、しきれない思いを昇華しようとする。
「……」
無意識の仕草なんだろう。
時々、悲しい顔をして項を撫でるトラゾーを見ていると泣きそうになる。
俺が沈んでいてはダメだとぐっと拳を握った。
「…いつならいいんだよ」
『……近いうちにね』
返事はいつも同じ。
家に入れたくない理由も分かる。
優しいトラゾーはもしものことを考え誰も傷付かないようにひとりぼっちを選んだ。
『……近いうち、きっと、会えるよ』
弱々しい声のくせに、何か確証を持った言い方に引っかかった。
「どういう…?」
『、なーんてな。…ぺいんと、ごめんな。……ありがとう』
「?、友達なんだから当たり前だって言ってんだろ」
ふふっと笑うトラゾーに違和感を感じた。
でも、その掴めない違和感が何か分からなくて俺も同じように言葉を返す。
『…うん。……あっ、ぺいんと、そろそろ配信の時間だろ?』
そう言われ、ちらっと時計を見ればトラゾーの言う通り配信時間が差し迫っていた。
「あ⁈ホントだ⁈」
『俺は大丈夫だから。みんなが待ってるから行ってきな?』
「悪ぃ!終わったらまた話しような!」
『…うん。…いってらっしゃい』
画面が暗くなり、俺の顔が映る。
焦った顔をしてるのは時間が迫ってるせいか、違和感に対して焦燥してるせいか。
結局、配信が押してしまって電話をする時間がなくなってしまった。
ずっと消えない違和感のその意味も、理由も、結果も。
全て知ったのは翌日のことだった。
───────────、
鳴り続ける電話の音で目が覚めた。
「だ、れだよ…こんな朝早く…」
ぼやける視界をなんとかしてスマホの画面を見る。
表示された名前を見て何事かと飛び起きた。
「もしも『ぺいんと』…?…クロノアさん…?」
被せるようにして俺の名前を呼ぶクロノアさん。
『俺、思い出したよ…』
普段以上に小さい声に最初、何を言ってるのか聞き取るのも意味を汲み取るのもできなかった。
よくよく、発せられた言葉を反芻する。
「?…、…っ…!?、!!、なっ…」
震える声。
思い出した、
それが、意味するのは、
「っ!トラゾー!!」
『出ないんだ、ずっと電話鳴らしたけど…全然、だから…』
「か、冠さんには⁈まだ、そうと決まったわけじゃないです!すぐトラゾーの家に…」
『いるんだよ。…俺、トラゾーの家に』
スマホを落としそうになった。
『俺の、目の前にいる』
「きゅ、救急車っ…救急車呼んだんすか⁈」
『…意味、ないと思うよ』
「そんなの分かんないじゃないですか⁈」
『冷たいし、息してない』
「クロノアさん!」
『でも、笑ってるよトラゾー』
「は⁈」
『ほら』
スマホがテレビ通話に切り替わる。
映し出されたのはたくさんの花に囲まれて眠るように横たわるトラゾー。
確かに笑っていた。
でも、俺には泣いてるようにしか見えなかった。
『トラゾー、ぺいんとだよ』
「クロノアさん…?」
『怒ってるの?俺が忘れたから。…いや、まぁ当たり前か』
急に1人喋り始めるクロノアさん。
スマホはどこかに置かれたのか画面が暗くなる。
『許してくれなくていいよ。…だから、起きてよ』
トラゾー、と悲痛な声がくぐもって聞こえる。
慌ててパソコンを起動させ、しにがみくんに端的に文章をチャットで送った。
朝早いと言うのにすぐに返信があり、救急車を呼んだことも伝えられた。
「クロノアさん、俺もそっち行きますから!」
返答はない。
「っ──!」
とにかく早く行かなければと足がもつれそうになりながらも目的の家へと急いだ。
─────────、、
トラゾーの家の中は空っぽと言っていいほど物が殆どなかった。
必要最低限の物しか残っていなくて、ベッドに横になってるトラゾーは安心して眠ってるようにも、クロノアさんの言うように笑ってるようにも、俺が言ったように泣いてるようにも見えた。
「…花、は」
「俺が片付けたよ。…他人には触らせない」
素直に触ってはダメだとと捉えればいいのだけど、クロノアさんの表情はそう見えなかった。
まるで、トラゾーから吐き出された物ですら触らすことを許さないと言わんばかりの言い方だった。
「大丈夫だよ。素手では触ってないし、ちゃんと気を付けながら片付けたから」
「…そ、すか」
しにがみくんが駆けつけたと同時に救急車が到着した。
トラゾーの花吐き病を診てくれた病院へ行ってもらうよう頼み、とりあえずクロノアさんだけが乗り込んだ。
俺としにがみくんは冠さんやトラゾーのご両親に連絡をした。
ご両親に事情を説明するのは、正直迷った。
けど、あいつの母親も父親も全て聞かせて欲しいと覚悟してると言っていた。
静かに聞く2人は、小さくそうだったんですね、と返事した。
恨み言も罵倒も全くせず、ただただ静かな声だった。
『あなたたちも大変だったでしょう。…息子のことをずっと傍で支えて見放さずいてくれて、友人でいてくれてありがとうございました。あの子にとって不幸せな結果だったかもしれません。…それでも、あなたたちのような友人がいたことは唯一の救いであり、幸せだったと私たちは思っております』
『優しい子でした。いつも自分が我慢して。男兄弟ですから喧嘩をすることもありました。ただ、そのせいか最後は自分が折れるのが癖になってる子でした。周りを優先ばかりしていたあの子が初めて自分を優先するような我儘を言ったのは嬉しかった。あなた方のおかげです。本当にありがとうございました』
病院へ着いた時に深々と頭を下げられ、慌ててそんなことはないとしにがみくんと首を横に振った。
何ひとつ助けてあげることができなかった。
優しく突き放すあいつの手を握ればよかったのだ。
振り払われようとも、拒否されようとも。
我慢させていた、そうに決まってる。
ボロボロ泣くしにがみくんの肩をトラゾーの母親が支えていた。
放心しているクロノアさんを、病気のせいとはいえ息子を奪った要因を作った相手にも関わらず父親は何も言わず肩を優しく叩いていた。
全てが落ち着いたある日。
クロノアさんから連絡がきた。
トラゾーの家に来てほしいと。
疑問に思いつつも言われて通り向かう。
インターホンを鳴らすと、つらい出来事が嘘のように明るい声が返ってきた。
「おじゃまします…」
「いらっしゃい」
「クロノアさん、ここに住むことにしたんですか…?」
「うん、”一緒”にね」
にこりと穏やかに笑うのも、トラゾーと過ごしていた時のようだった。
「……一緒…?」
「そう。…ここではなんだし、上がりなよ」
玄関からリビングに通される。
そこには”トラゾーの私物”が寸分違わぬ位置で、元に戻っていた。
「これって…?」
「大変だったよ。探し出すの」
ソファーに座るよう勧められ、おずおずと座る。
座ったソファーは間違いなく、”トラゾーの”ものだ。
引っ掛けて傷がついちゃったんだよね、と言っていた。
その傷があったから。
「……」
「何か飲む?」
「あ、いえ…お気遣いなく」
変わらぬ笑顔に寒気を感じた。
「トラゾーは”出掛けてて”いないんだ。ごめんね」
「……なに、言って…?」
「ぺいんとが来ること伝えたんだけどね、それでも行かないとって聞かなくて」
ぞわっと鳥肌がたった。
まさか、この人、
「帰ってくるまでいるかい?」
「ぃ、いや…俺も忙しいですし。…クロノアさんも俺がいたら作業とか捗らないでしょ…?」
「……そう?」
「それに、お邪魔したらダメかなって」
早く。
早くここから出なければ。
「残念。ぺいんとに会いたがってたけど仕方ないね。…また今度は出掛けてない時に呼ぶようにするよ」
最悪の結果にいってしまっている。
「折角、呼んでもらったのにすみません…ッ」
「こちらこそ。なんのお構いもできなくてごめんね」
風が吹いて、カーテンが揺れている。
窓際に置かれる白い花も同じように微かに揺れていた。
甘い香りがした。
「換気してたんだ。ちょっと埃っぽくて」
「な、るほど…」
「見送りは大丈夫?」
「大丈夫、です」
「じゃあ、またね」
会釈だけしてソファーから立って玄関に向かう。
ドアノブに手をかけた瞬間、微かに声が聞こえた。
─あれ、トラゾーいつの間に帰ってきてたの?
そう”普段通り”に笑うクロノアさんの声。
その先の”会話”は恐ろしくて聞くことが出来ず、その寒気のするような空間から早々と出ることを選択した。
「…、っ…!」
エントランスを早足に抜け、忘れろ忘れろと念じる。
俺が最も見たくなかった未来。
「どうして…っ」
きっと、あの人は自分にとって穏やかで全てが詰まったあの部屋で一生を過ごすのだろう。
誰にも邪魔のされない、あの空間で、”ひとり”。
………いつまでもあなたと一緒