(四)
プレーヤーに、何日か前に解いたはずの絡んだイヤホンを取り付けようとしたとき、携帯電話が振動した。両耳にイヤホンを付け、曲を選んだ。エレキギターと乾いたドラムの音、柔らかな女性の声が頭に響いて、私は微かに森の香りのする空気を大きく吸い込んだ。ふと視界に意識を向けると、私の前を男子が通ろうとしていた。染めた様子は無い茶色い髪で、高校生のはずなのに笑いジワがあるように見えた。小さな身の丈に合わない大きなリュックには、スチャダラパーの缶バッジが付いていた。この人とは趣味が合うかもしれない。と思いつつも、歩いていく背中を横目に追うだけだった。携帯電話を開いて、新着メールを確認する。
今日は有難う。いつでも歓迎だよ
夕日がピンク色できれいだったよ
武田さんも見た?
紅梅色に染まった空と、幻想的な白く光る雲の写真が添えられていた。彼はやっぱり空の写真を撮る人だったと、頭の中にある綿菓子がぱちぱちと光るような気持ちになった。
本当だ。とってもキレイ 素敵な写真ありがとう
私は見れなかった〜 見たかったな
空がキレイだと気分上がるよね
こちらこそありがとう!広めたくないから、次もこっそり一人で行くね
と返信し、彼のメールを何度も読み返す。嬉しくて思わず笑ってしまう。返信ではなく、彼からのメール。それに写真付き。最後のお誘いなんか、もうたまらなかった。 二人で屋上を独占したいところだが、蓮二は石川君にとって必要そうだし、何より親切だ。石川君も嫌がるだろうし、あの場所は絶対に広めたくない。そう思って改めて自覚するが、私は、彼だけでなく、他人のことを解った気でいることが悪い癖だ。悪趣味だが、人間観察をしがちで、人の顔もよく見る。好きなこと、嫌いなこと、思考まで。なんの根拠のない私の妄想に過ぎないし、正解なのかは本人にしか解らない。本人も知らないかもしれない。
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