テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
6章|月影
「選択肢に触れない」
通知は、
来なかった。
削除も、
更新も。
月影真佐男は、
その事実を
もう確認しなくなっていた。
1
業務端末には、
いつも通り
選択肢が並ぶ。
推奨A
推奨B
どちらも、
正しい。
どちらを選んでも、
成果は出る。
2
月影は、
画面を見たまま
指を動かさない。
迷っているわけではない。
触れない。
3
通常なら、
選択が行われない場合、
システムが介入する。
だが、
今日は来ない。
判断不能が、
処理待ちのまま
積まれている。
4
月影は、
その空白を
初めて
“使える”と感じた。
5
三十秒。
ログ上では、
「遅延」に該当する。
だが、
成果には影響しない。
6
月影は、
端末から
視線を外す。
室内の音が、
少しだけ
はっきり聞こえる。
空調。
遠くの話し声。
自分の呼吸。
7
再び画面を見る。
選択肢は、
まだある。
消えていない。
8
月影は、
入力欄に
一文字も打たず、
確定キーも押さず、
業務を次に進めた。
9
システムは、
「未選択」のまま
処理を続行した。
想定外だが、
禁止されていない。
10
月影は、
わずかに
胸が軽くなるのを感じる。
達成感ではない。
確認だ。
11
「……選ばなくても、
動く」
誰に言うでもなく、
月影は思った。
12
次の業務でも、
同じことをする。
選択肢を見る。
触れない。
進める。
13
ログには、
こう記録される。
> 処理実行
選択入力:なし
エラーは、出ない。
14(小さな歪み)
本部側では、
このログが
後に問題視される。
だが、
この時点では、
> 成果が出ているため、
緊急対応不要
と判断された。
15(締め)
月影は、
初めて
自分の中で
言葉を持った。
> 選ばない、
という選択は
用意されていない。
だからこそ、
削除も更新も
届かない。
月影は、
その隙間に
立ったまま、
動き続ける。
第X+3章|未選択ログ
00:17 本部・監視フロア
――内部通知ログ抜粋――
> 異常候補検知:行動未確定状態の持続
対象ID:α-7
状態:
・選択肢提示回数:規定値到達
・意思決定ログ:未生成
・回避・拒否・遅延、いずれにも該当せず
暫定定義:
「未選択」=システム外挙動の可能性
フロアは静かだった。
騒がしいアラート音も、赤色の点滅もない。ただ、定義文だけが先に走っている。
「……“未選択”を異常にするのか?」
誰かが呟いたが、返事はなかった。
判断はいつも、声が出ない場所で決まる。
00:17 佐伯・分析室
〈同時刻・別画面〉
佐伯はその定義文を、個人端末で読んでいた。
読み終えた瞬間、眉がわずかに動く。
「それは……違う」
彼は即座に数値を呼び出す。
α-7の行動履歴、反応速度、閲覧ログ、選択肢表示後の視線移動。
「未選択は、ゼロじゃない」
独り言のように言いながら、グラフを重ねていく。
> ・選択肢A/B/C表示後の平均滞留時間
・過去の“拒否”行動との差分
・判断遅延群とのクラスタ距離
「判断していない、ではなく
判断“以外”を選んでいる」
佐伯はレポート欄に、静かに書き込む。
> 未選択状態は
・回避
・拒否
・保留
のいずれにも一致しないが、
情報探索および内部整合の継続状態として数値的に説明可能。
異常定義は時期尚早。
送信ボタンを押す指が、一瞬だけ止まった。
「……これ、擁護になるな」
それでも、送った。
00:18 花子・契約管理端末
花子は、そのレポートを一読で理解した。
理由は単純だった。
彼女は“数字の外に落ちた案件”を、何百件も見てきたから。
「これ……削除判断が来ない理由、そのままだわ」
画面の隅に、ハヤトの契約情報が表示されている。
更新は、三ヶ月前で止まっている。
「更新されなくなっても、契約は続いてる。
なのに“無反応=異常”にはしてない」
花子はため息をつき、メモを残す。
> α-7は
“何もしない”をしているのではなく、
“選ばない”を維持している。
それは、規約外だが
直ちに違反ではない。
そして小さく付け足した。
「……嫌な例外だけど」
00:19 月影・現場ログ
月影は、削除判断が来ない理由が分からなかった。
選択肢は、確かに提示されていた。
期限も、警告も、すべて揃っている。
それでも、何も起きない。
「……来ないな」
彼女は、選ばなかった。
意図的に。
逃げたわけでも、拒否したわけでもない。
ただ、選択という形式を取らなかった。
(この隙間……)
月影は気づいていた。
ここに、システムの定義が追いついていない。
(誰かが“異常”にする前に)
彼女は、選ばない選択を実行し続けた。
00:21 本部・再定義会議(非公式)
> 提案:
「未選択」状態を
“判断不能”ではなく
“判断拒否の亜種”として再分類
そのログを、佐伯が見ている。
「……違うって言ってるだろ」
彼は、数値をもう一度貼り付ける。
> 判断拒否群との相関:低
行動予測誤差:許容範囲内
異常ではない。
扱いにくいだけだ。
その瞬間、佐伯は理解した。
――本部は、破綻している。
測れないものを、異常にしたがっている。
00:22 ログ末尾
> ※注記(花子):
この状態を異常と定義した場合、
“更新されなくなっても契約している”
すべての案件が連鎖的に不整合を起こす。
処理不能。
月影の画面には、まだ選択肢が表示されている。
佐伯の画面には、数字が並び続けている。
本部の画面には、定義だけが先に進んでいる。
そして、誰も気づかないまま――
「未選択」は、正式な名前を持たないまま残った。