テラーノベル
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放課後の教室は、不思議なくらい静かだった。
昼間はあんなに賑やかだったのに、チャイムが鳴るだけで別の世界みたいになる。
私は窓際の席に座って、夕日に染まる机を眺めていた。
今日も結局、話しかけられなかった。
たった一言。
「おはよう。」
それだけでよかったのに。
君はいつも友達に囲まれていて、私は少し離れた場所から見ているだけ。
それでも、毎朝同じ時間に教室へ入ってくる姿を見るだけで、その日が少しだけ特別になった。
恋って、こんなにも静かなものなんだ。
ある日、帰ろうとしたとき、一冊の本が机の中に残っていた。
表紙には名前が書いてある。
君の本だった。
「忘れ物……。」
廊下を見ても、もう姿はない。
私はその本を抱えて、校門まで走った。
夕焼けの坂道。
やっと見つけた後ろ姿。
「待って!」
初めて、自分から名前を呼んだ。
君は振り返って、少し驚いた顔をした。
「これ、忘れてた。」
「あ、本当だ。ありがとう。」
たったそれだけ。
会話は十秒もなかった。
でも、その十秒が私には宝物みたいだった。
それから少しずつ、挨拶をするようになった。
「おはよう。」
「おはよう。」
それだけなのに、一日が明るくなった。
雨の日には傘の話をした。
暑い日にはアイスの話をした。
テストの日には、お互いに「頑張ろう」と笑った。
少しずつ。
本当に少しずつ。
君との距離は縮まっていった。
だけど、季節は待ってくれない。
冬の終わり。
教室の後ろには、一枚の紙が貼られていた。
『クラス替え発表』
私は息を止めるような気持ちで、自分と君の名前を探した。
違うクラス。
胸の奥が少しだけ冷たくなる。
「残念だったね。」
友達がそう言った。
私は笑って頷いた。
「うん。でも、大丈夫。」
本当は全然、大丈夫じゃなかった。
もう毎日会えない。
隣の教室になるだけなのに、それがとても遠く感じた。
春休みの最後の日。
校庭の桜は、まだ少しだけ蕾だった。
私は君を呼び止めた。
「どうしたの?」
心臓が痛いくらい鳴っている。
今言わなきゃ。
そう思った。
でも口から出たのは、違う言葉だった。
「……またね。」
君は笑って言う。
「うん、またね。」
それだけ。
恋は始まらなかった。
告白もできなかった。
でも、不思議と後悔は少なかった。
好きな人がいる毎日は、とても綺麗だったから。
朝が楽しみになって。
学校へ行く理由ができて。
笑顔を見るだけで嬉しくなって。
その全部が、私の青春だった。
数年後。
駅前の本屋で、一冊の本を手に取った。
同じ瞬間、隣から伸びてきた手が、その本に触れる。
「あ。」
顔を上げる。
そこには、少し大人になった君が立っていた。
一瞬だけ目が合う。
そして、どちらからともなく笑った。
「あのときは、本を届けてくれてありがとう。」
私は少し照れながら答える。
「今さら?」
「今だから。」
店の外では、春風が桜を揺らしていた。
もしかしたら。
恋には、遅すぎるなんてないのかもしれない。
君と並んで歩き出す。
今度は放課後じゃない。
新しい春の始まりだった。
コメント
1件
ああ、もう、めっちゃ良かった…! 静かな片想いの話ってこんなに切なくて温かいんだな。特に「今言わなきゃ」って思ったのに「またね」って言っちゃうところ、わかるわかる…って胸が締め付けられた。最後の本屋さんでの再会、春風がタイミングよくて「遅すぎるなんてない」って言葉にぐっときたよ。素敵な青春をありがとう、くしろゅさん!