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ゆうき あきや
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友ゴリラ
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第222話:泥まみれのピンチと、野生児のエンタメ魂
北海道、日高山脈の山中。
ザァァァァァァァァァァッ!!
視界を白く染め上げる豪雨と、眼下を流れる濁流の轟音。俺——株式会社インフィニティ・ワン代表取締役社長、秋谷雪(40歳)は、急斜面の泥にまみれながら絶望していた。
「機材が……! このままじゃ数百万の機材が全部パァになるぞ!!」
俺は二十五キロのバックパックを抱え込み、自分の体を傘代わりにして必死に雨を防ごうとしていた。
防滴仕様とはいえ、こんな滝のようなゲリラ豪雨をまともに浴び続ければ、カメラもジンバルも一発で浸水して終わる。
会社の命運を懸けたロケで、機材全損。しかも山中で遭難。
エウリアンの版画ローン500万どころか、ガチで命と会社が終わる。完全にゲームオーバーだ。
「社長さん! こっちです! あそこに大きな岩のオーバーハングがあります!」
雨音を切り裂くように、日向(ひなた)の明るい声が響いた。
顔を上げると、泥だらけになった彼女が、斜面の上方にある巨大な岩のせり出しを指差している。確かにあそこなら、雨風を凌ぐ天然のテントになりそうだ。
「い、急ぐぞ日向ちゃん! 苔で滑らないように……って、うわあっ!?」
俺が立ち上がろうとした瞬間、泥でぬかるんだ斜面に足を取られ、体勢が大きく崩れた。
背中の二十五キロの質量が、無慈悲に俺の体を谷底へ引きずり下ろそうとする。
「あっ、危ないっ!」
日向がヒョイッと身軽に飛びついてきて、俺のバックパックの肩紐をガシリと掴んだ。
その細腕のどこにそんな力があるのか、彼女は信じられないほどの体幹で斜面に踏ん張り、俺の転落を見事に食い止めた。
「ふんぬぅぅぅっ! しゃ、社長さん、重すぎます! 早く岩の下へ!」
俺は這うようにして斜面をよじ登り、なんとか岩のせり出しの下へと逃げ込んだ。
ポタッ、ポタッ。
岩の天井からは水滴が落ちてくるが、あの暴力的な豪雨は完全に遮断されている。
なんとか、機材の水没と俺の滑落死という最悪のバッドエンドだけは免れたらしい。
「はぁっ、はぁっ……! 助かった……。日向ちゃん、ありがとう」
「えへへ、どういたしまして! でも社長さん、全身泥んこでドロドロですよ! まるで泥遊びした後の小学生みたい!」
日向は自分も泥だらけになっているくせに、俺の無様な姿を見てケラケラと笑い声を上げた。
ガチの遭難中だというのに、なんでそんなに明るく笑えるんだ。この子は根本的に、サバイバルに対する恐怖のネジがぶっ飛んでいるらしい。
『……ルシフェル様。応答してください』
俺の耳に付けたイヤホンから、ノイズ混じりの結愛(ゆあ)の声が聞こえてきた。
「結愛! 生きてるぞ! なんとか岩陰に避難して、機材の致命的な水没は免れた!」
『よかった……。こちらもジェミニ先生が懸命に回線を復旧させ、サブカメラであるスマートフォンの映像だけは、かろうじて配信に乗せられるようになりました』
「スマホのカメラが繋がったのか!?」
俺は急いで、バックパックのサイドポケットから防水ケースに入れた予備のスマートフォンを取り出した。
画面を確認すると、確かにYouTubeのライブ配信画面が復帰しており、同接数は先ほどの5万人から一切減っていない。
むしろ、「放送事故か!?」「二人とも無事なのか!?」というリスナーの心配と野次馬根性が入り混じり、同接は6万人に向けてさらに伸び続けていた。
『ですが、通信帯域が極端に細いため、高画質なアバターの合成は不可能です。現在は、スマホのカメラで撮影した【実写の泥だらけの社長】だけが、全世界に配信されている状態です』
「なんだと!?」
俺は慌ててスマホのインカメラを確認した。
そこには、髪の毛に泥と苔をくっつけ、雨水でずぶ濡れになりながら引きつった顔をしている四十歳のオッサンの顔面が、ドアップで映し出されていた。
『うおおおお! 社長生きてた!!』
『泥まみれで草』
『めっちゃ悲壮な顔してて笑うww』
『日向ちゃんは!? 日向ちゃん無事なの!?』
『機材守って泥だらけになる社長、嫌いじゃないぞ』
コメント欄が、俺の生存確認と泥まみれの姿へのツッコミで凄まじい勢いで流れ始める。
「や、やめろ! 俺のこんな無様な姿を全世界に流すな! 日向ちゃんの姿が映らないなら、もう配信を切ってくれ! ただのオッサンの遭難記録なんて誰が見たいんだよ!」
俺が悲鳴を上げてスマホの電源を落とそうとした、その時だった。
「だーめですよ、社長さん! せっかくみんなが心配して待っててくれたのに!」
横から日向がひょっこりと顔を出し、俺の手からスマートフォンをひったくった。
「みんなー! 心配かけてごめんなさい! やまむすめの日向です! 今、カメラに映れないけど、私はすっごく元気ですよー!」
彼女は画面の外から、明るく響き渡る声でリスナーに語りかけた。
『日向ちゃんの声だ!!』
『無事でよかった!!』
『声だけでも可愛い』
『でも社長は泥だらけww』
「見てくださいみんな! 社長さん、私と機材を守るために、こんなに泥んこになっちゃったんです! すっごくカッコいいですよね!」
日向はスマホのカメラを俺に向けながら、まるでバラエティ番組のレポーターのように実況を始めた。
オッサンの泥顔を全世界に晒される羞恥心で死にそうだったが、彼女の底抜けに明るい声は、この絶望的な状況を力技で「エンタメ」へと塗り替えていく。
「今はゲリラ豪雨で川が増水しちゃって、岩陰で雨宿りしてます! 予定してた滝壺でのご飯は無理になっちゃいましたけど、サバイバルにアクシデントは付き物ですからね!」
日向はそう言うと、俺の足元に転がっていた巨大なフキの葉っぱを拾い上げた。
「ほら、見てください! 傘の代わりになるくらい大きなフキの葉っぱです! これがあれば、雨水を集めて飲み水にもできるんですよ!」
彼女はカメラのフレーム外で器用にフキの葉を加工し、俺の頭の上にポンッと乗せた。
泥だらけのオッサンの頭に、巨大な緑の葉っぱが乗っかっている。どう見てもトトロの出来損ないである。
『社長トトロwwww』
『日向ちゃん、この状況でめちゃくちゃ楽しんでて草』
『メンタル強すぎだろww』
『ピンチを完全に撮れ高にしてるww』
ドカンッ! ドカンッ!
【社長の泥落とし代】——¥5,000
【日向ちゃんの神メンタルに乾杯】——¥10,000
【生きて帰ってこいよお前ら!】——¥50,000
画面を埋め尽くすスーパーチャットの嵐。
機材水没の危機、そして遭難という絶体絶命のアクシデント。
だが、新人VTuberである日向の図太すぎるメンタルと愛嬌が、その悲壮感を完璧に笑いへと変えてしまった。
『……信じられません』
ディスコードの裏回線で、結愛が感嘆の声を漏らした。
『この悪条件で、アバターすら表示されていないのに、同接が7万人を突破しました。日向のトーク力と、社長の無様な実写映像の相乗効果です』
『……あー、社長ぉ、これ奇跡のバズりっすねぇ。海外勢も「日本のクレイジーな社長が遭難してる」って大盛り上がりっすよぉ……ふわぁ』
ヨモの相変わらず気だるげな声が重なる。
「すごいな……。日向ちゃん、君は本当に天才かもしれない」
俺は頭にフキの葉を乗せたまま、隣で楽しそうにリスナーと会話を続ける少女を呆然と見つめた。
これが、本物の原石。どんな泥水の中でも輝きを失わない、生粋のエンターテイナーだ。
「社長さん! ほら、リスナーさんに手振って!」
「えっ? あ、おう……」
冷たい雨の降る山奥。完全に孤立した岩陰の中で、俺たちは数万人の熱狂の渦の中にいた。
コメント
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うわぁ、読んでるこっちまでハラハラしたし、笑った……! この絶体絶命の状況で、日向ちゃんのあの底抜けの明るさは反則級ですね。「ピンチを全力で撮れ高に変える」ってまさにエンターテイナーの鑑。社長の泥まみれ実写が逆にバズってる流れも、展開としてすごく面白かったです。フキの葉トトロは草。