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ゆうき あきや
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友ゴリラ
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第223話:泥まみれの盾〜300万の借金と漢の意地〜
北海道、日高山脈の山中。
ゲリラ豪雨の暴力的な雨音は、一向に弱まる気配を見せなかった。
俺——株式会社インフィニティ・ワン代表取締役社長、秋谷雪(40歳)は、岩のせり出しの下で泥にまみれながら、荒い息を吐いていた。
頭上からは滝のように雨水が流れ落ち、目の前の沢はすでに完全な茶色い濁流と化している。
手に握りしめた片手サイズのスマートフォンからは、かろうじて拾い続ける微弱な電波を通じて、リスナーの熱狂的なコメントが次々と流れてきていた。
日向(ひなた)の図太いメンタルと明るいトークのおかげで、ガチの遭難という絶望的状況は、奇跡的に「極上のエンタメ」として成立している。
同接数は7万人を突破。画面の向こうでは、万単位のスーパーチャットが狂ったように飛び交っていた。
だが、大自然は人間のエンタメ事情などお構いなしだ。
ゴゴゴゴゴ……ッ!!
突然、俺たちの頭上から、不気味な地鳴りのような音が響いた。
「え……?」
日向がスマホに向かって喋るのをやめ、上を見上げた。
雨水を限界まで吸い込んだ急斜面の一部が、ついに耐えきれずに崩落を始めたのだ。
大量の泥と、ソフトボールほどの大きさの岩の塊が、土砂崩れとなって俺たちのいる岩陰めがけて滑り落ちてくる。
「日向ちゃん! 危ないっ!!」
俺は考えるより先に、泥だらけの体を弾かれたように前に投げ出していた。
二十五キロの機材が詰まった巨大なバックパックに覆い被さり、さらにその下へ日向の小さな体を押し込む。
ドッ、ゴァァァァァッ!!
直後、俺の背中を、凄まじい衝撃と重量が打ち据えた。
「ぐっ……あぁぁぁぁぁっ!!」
背骨が軋むような痛みが全身を駆け抜ける。
泥水と石の塊が、俺の背中や肩に容赦なく叩きつけられ、呼吸が止まりそうになるほどの圧迫感が俺を襲った。
「しゃ、社長さんっ!?」
俺の腕の中で庇われた日向が、悲痛な叫び声を上げる。
「動くな日向ちゃん! じっとしてろ!」
俺は歯を食いしばり、四つん這いの体勢で必死に耐え抜いた。
ここで俺が体勢を崩せば、真下にある数百万円の機材が泥水に飲まれて完全に破壊される。そして何より、このインフィニティ・ワンの最強の原石である日向に傷がつく。
エウリアンに騙されて買わされた、あの忌まわしい300万円の極彩色版画。
総額500万円に膨れ上がった極悪ローンと、月給10万円のヒモ社長生活。
不要なものをすべて捨て去るミニマリスト生活を送り、1日1食、塩昆布と玄米だけで飢えを凌ぐ地獄の日々。
俺は、あの屈辱と絶望の底から這い上がるために、残りの人生のすべてをこのプロジェクトに懸けているんだ。
こんな山奥の泥水の中で、俺の夢と会社の未来を終わらせてたまるか!
「負けるか……負けるかぁぁぁぁっ!!」
俺は四十歳の衰えた筋肉の全繊維を総動員し、泥の重みに耐えながら雄叫びを上げた。
数秒後か、数分後か。
やがて斜面の崩落が収まり、背中にのしかかる泥の圧力がふっと軽くなった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
俺が荒い息を吐きながら顔を上げると、周囲にはドロドロの土砂が散乱していたが、俺の腹の下にある機材のバックパックと日向は、奇跡的に泥を被ることなく無事だった。
「しゃ、社長さん……っ! 大丈夫ですか!?」
日向が俺の下から這い出し、泥だらけになった俺の背中を見て息を呑んだ。
「へへっ……。かすり傷だ。お前も、機材も無事なら……それでいい」
俺は泥水で顔を拭いながら、強がってニヤリと笑ってみせた。
『ルシフェル様! 応答してください! 今、凄まじい衝撃音が聞こえましたが!』
イヤホンの向こうで、冷徹秘書である結愛(ゆあ)が、かつてないほど取り乱した声で叫んでいる。
「結愛、安心しろ。土砂崩れが起きたが、俺が全身でガードした。日向ちゃんも機材も無傷だ。……ただ、俺の服はもう洗濯しても落ちないくらい泥だらけになっちまったけどな」
俺がそう答えると、俺の手からスマートフォンを受け取った日向が、画面に向かって泣きそうな声で叫んだ。
「みんな! 社長さんが! 社長さんが土砂崩れから、私と機材を身を挺して守ってくれました! 社長さんの背中、泥と石でボロボロです!」
スマホのカメラが、俺の泥まみれの背中と、ぜぇぜぇと肩で息をする情けない姿を映し出す。
その瞬間、配信のコメント欄が、これまでにないほどの爆発的な勢いで流れ始めた。
『社長おおおおおおおおっ!』
『マジで体張って守ったのか!』
『ヒモ社長とか言ってごめん! あんた本物の漢だよ!』
『タレントと機材を守る裏方の鑑』
『涙出てきた……社長カッコよすぎるだろ!』
『ブラック企業かと思ったら、社長が一番ブラックな労働してて泣いた』
ドカンッ、ドカンッ、ドカンッ!!
画面が、虹色に輝く高額スーパーチャットで完全に埋め尽くされた。
【漢・秋谷雪の背中に敬礼】——¥50,000
【機材の修理代じゃなくて社長の治療費にしろ!】——¥30,000
【やまむすめとインフィニティ・ワン、一生推すわ!】——¥50,000
リスナーたちの熱狂は、最高潮に達していた。
過酷な大自然の猛威、それに立ち向かうバケモノ体力の新人タレント。そして、命懸けで泥まみれになりながらタレントと機材を守り抜くヒモ社長。
このリアルすぎる遭難ドキュメンタリーが、数万人のリスナーの心を完全にぶち抜いたらしい。
『……ルシフェル様。貴方という人は、本当に……』
結愛の声が、微かに震えていた。
『同接、8万人を突破。初配信の記録を遥かに超えました。……よくやりましたね、ヒモ社長。貴方の泥まみれの姿は、間違いなく300万円以上の価値があります』
『……あー、社長ぉ、マジで世界一イカれた社長っすねぇ。最高の撮れ高、あざっす……ふわぁ』
ヨモの相変わらず気だるげな声と、ジェミニ先生のピロンッという無機質な承認音が鳴り響く。
「へへっ……。見たか、エウリアンの悪魔ども。これが俺の、インフィニティ・ワンの底力だ……!」
俺は泥だらけの顔のまま、天井の岩を見上げて不敵に笑った。
「社長さん……!」
日向がポロポロと涙をこぼしながら、泥だらけの俺の背中に抱きついてきた。
「私、絶対にトップVTuberになります! 社長さんがこんなに体を張って守ってくれたこの場所で、絶対に天下を取ってみせますから!」
「ああ……頼んだぞ、日向ちゃん。俺の借金返済は、お前の両肩にかかってるんだからな」
泥だらけの背中にしがみつく日向の体温を感じながら、俺は大きく息を吐き出した。
やがて、岩の隙間から一筋の太陽の光が差し込んでくる。
40歳のオッサンが文字通り体を張って掴み取ったバズりの奇跡。
どうやら、この地獄のサバイバルにもようやく希望の光が見えてきたらしい。
コメント
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うわあ、めっちゃ熱い展開…!🥀✨ 土砂崩れを背中で受け止めて、機材と日向ちゃんを守る社長、かっこよすぎて泣ける。「負けるか…!」って歯を食いしばって叫ぶシーン、重みがちゃんと伝わってきた。リスナーが「本物の漢」って讃えるのも納得。 泥まみれの四十歳が体張って未来を掴みに行く姿、読んでてこっちも力もらえたよ。日向ちゃんの涙の抱きつきにもグッときた…。 ゆうきあきやさんの描く“漢の意地”、大好きです。続きも静かに読みに行くね🌙