その日の朝、ケーニライヒ王都学校に衝撃が走った。
新入生である男子生徒が襲われ、殴る蹴るの暴行を受けた後、局部を切り落とされた上に、寮の外でさらされていたのが発見された。
首からは『犯された女たちの恨みを知れ』と書かれた紙をぶら下げていたという。
日中は、生徒たちの間でペルダンとそれを襲った者についての話題で持ちきりとなった。
放課後、私の部屋にヴァイスとアッシュがやってきた。当然の如く、メアリーがいて、お茶をいれている。
「闇夜の魔女、ですか?」
「うむ。ここ一、二年、世間を騒がしている賊だ」
ヴァイスは真面目な表情で言った。
「貴族や商人……魔術師が襲われたことがあったな」
「その賊が、この学校に現れたと」
アッシュも深刻そうな顔である。
メアリーがそれぞれに紅茶を振る舞う。まるでメイドみたいなその行動。メアリーってゲームヒロインだけあって美少女なのよねぇ。しかも大抵の衣装が似合ってしまうから、またたまらない。
下僕は建前だけれど、メアリーにはメイド服を着せたい。ループで何度か見ているからね。たまに見たくなるのよね。
ヴァイスは、お茶を用意するメアリーを眺めている。普段から専属のメイドさんたちにやってもらっているのに、やたら初々しく見ているのよね、王子様は。
ふと、メアリーが私を見つめているのに気づいた。
昨日、ペルダンをどうにかするって、私は彼女に言ったものね。どう処理するかは言ってないけれど、勘のよいメアリーなら見当がついているはずだわ。
「まあ、物騒ですこと」
素知らぬフリ。大丈夫、これまでループしてきた経験上、ここでバレたことはない。
「王国のほうでは、何か出掛かりはありませんの?」
「女であること。仮面をつけていること――」
ヴァイスは顎に手を当て、考える仕草をとる。
「魔法が使えて、武器の扱いにも長ける……というくらいしかわかっていない」
「暗殺者のようですね」
アッシュの言葉に、王子は頷いた。
「ああ、どこからともなく現れ、標的に制裁を下す。だいたいは、その被害者の悪事を訴えるような伝言を残していくのだ」
「ああ、今回の事件にもありましたね。たしか『犯された女たちの恨みを知れ』でしたか」
「その襲われた生徒は、性犯罪者だったのですか?」
私はさも不快そうに眉をひそめてみせる。
「さあ、今のところはわからんが、今回のことがあったのだ。調査はされるだろう」
ヴァイスもまた苦虫を噛んだような顔になる。
「闇夜の魔女のメッセージは、大抵真実だからな。調べると被害者が悪事を働いていたのが明るみに出てくる」
「それではまるで、よいことをしているように見えますが」
アッシュは少し驚く。ヴァイスは首を横に振った。
「魔女のことを義賊のよう、と口にする者もいるようだがな。……しかし、やっていることは闇討ちだ。俺はそれが正しい行いとは思えない」
「ええ、正しくありませんわ」
私は紅茶で唇を湿らす。それで間を置いて、続けた。
「暴力が蔓延ることは、王国の治安を乱します」
「その通りだ。たとえ正しい行動だとしても……いや、正直認めたくはないが、たとえ正しくても、己が暴力で解決するのを許しては、やがて歯止めがきかなくなる」
真剣に悩んでいる様子のヴァイス。この人は、本当に真面目なんだから。いい人なのだけれど、すべての問題をひとりで抱えようとするのは悪い癖よ。
私はメアリーに視線を向ける。合図を送れば、彼女はうなずいて、お菓子の乗った皿を用意した。
それを王子の前に置く。
「どうぞ、ヴァイス様」
「……! ありがとう、メアリー」
虚を突かれたのか、少し戸惑ったヴァイスだが、すぐに微笑を浮かべた。
よし! これでメアリーへの王子様の好感度アップよ! 彼が優しく微笑むなんて、超レアなんだからね!
と、声に上げることなく、まして顔に出すこともなく、私は紅茶を飲み干す。悩める時に優しくされれれば、そりゃ気持ちも揺らぐわよね。
「世間では義賊などと呼ばれるということは、大衆は闇夜の魔女を受け入れているのですか?」
アッシュが問えば、ヴァイスは「いや」と否定した。
「表面上では悪党として扱われている。実際のところは賛否両論だ」
被害者が悪徳貴族や商人など、本来は罰せられて当然という連中ではある。それを喜ぶのは、主に平民たちである。
そして平民たちの喜ぶことは、貴族たちは嫌う傾向にある。特に人というのは日頃の鬱憤を悪口ではらす傾向にあるから、悪いことをしていなくても貴族だからと悪く言う者が増える。
『他の貴族も倒してくれないかな、闇夜の魔女』
などと口にすれば、それが貴族の耳に入って彼らの危機感を煽るのだ。悪事関係なく、敵対関係が形成され、平民が魔女の名を出すことさえ、押さえようとする。
そして抑圧されれば、新たな対立感情を生み出す。以後、この繰り返しである。だから世間的には、闇夜の魔女の話題は極力避けたほうがいいとされている。
だがその裏では、魔女を英雄視する者たちもまた一定数存在しているのである。
まあ、私自身、目の届く範囲で見過ごせないことを始末しているだけで、別に世直しをしたいとか考えているわけではないけれど。
今回のペルダンの件もそう。放っておけば犠牲者が出る。だから片付けた。それだけだ。たかだか一人の屑が、不能になったくらいで世界は変わらない。……ただし、それで救われた人もいるのもまた、事実ではある。
「――正体はわからない。だがこの王都近辺で活動しているのは確かだ。アッシュ、もし闇夜の魔女に遭遇したら、捕まえるんだ。魔女は王国の治安を乱している」
「承知しました、殿下」
うやうやしく頭を下げる。そうそう、アッシュは護衛をやるだけあって、剣の腕は立つのよね。でも転入早々だから、まだその実力を見ていないことになっている。
「アッシュは強いのかしら?」
挑発するように私は言った。アッシュは、かすかに眉を動かした。だが答えたのはヴァイスだった。
「強いぞ。見た目はこの通り、優しい男なのだがな、王国の精鋭騎士にも負けておらん」
「恐縮です」
「それは楽しみですわね」
私はおかわりの紅茶をすすった。
「楽しみ?」
「アッシュ、これでいてアイリスは剣の腕が学年でもトップの実力者なのだ」
ヴァイスは自慢げに言った。
「剣術、魔術、そして学業においても、本校トップの才女だ」
「いやですわ、ヴァイス様」
ループしてたら、そりゃ強くなりますよ。記憶も能力も引き継いでいれば、ね。
「ほう……。それは凄い」
試すような目で私を見るアッシュ。自慢するつもりはないけれど、悪い気分じゃないわね。
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