方円の陣 上
「もう大丈夫よ」
その一言が聞けただけで、自身の命を脅かす存在から離れられた事による安堵なのか、ポッドの緊張の糸が解けた。それと同時に、背に鋭く走った痛みがぶり返した。
「い゙っ゙つ!!」
少年の背には、斜めに一筋の切り傷ができていた。深手ではなかったが、かすり傷と言えるほど優しくないものだった。
――そんな事より、ポッドは先ほどまで一緒だった少女を思い出し辺りを見渡した。姿が見えないと分かると焦って由良に問いかける。
「由良っ、女の子見なかった?!」
そのポッドの様子に、由良は落ち着かせるように言った。
「!あの子なら問題ないわ、さっき確保して安全な所にいる。だから貴方も――」
「ギョエェェェェ!!」
――バサバサ!ふわり。
「!」
「!、なっ!目が、羽も、傷が治って?!」
由良の言葉を遮って、翼竜は地上に舞い戻ってきた!
ポッドはその翼竜の姿を見て、傷が癒えている事に驚いていた。
「はぁ、ゆっくりできないわね。……ポッド隠れていて」
彼女はポッドにお面を渡すと、ゆっくりと振り返り其奴を睨みつけた。
そして持っている薙刀を再度ギジリと力を込めて握り返した。
※
由良は翼竜と間合いを取った。
――ダン!(薙刀を床に突き立てる音)
――カツン、カツン。(足音)
「……はぁ。――貴方、これだけ盛大にお披露目して私の仕事を増やしたのだから、それ相応に楽しませてくれるのよね?」
「グルル……」
ため息を長く吐きながら、彼女は右手で持っている薙刀を一度地面に叩きつけた後、両手を使い左右交互に円状となるように肩慣らしの如く、ぐるぐると回し柔軟をしながら翼竜に近づき始めた。
――ヒュン、ヒュン、ぐるぐる。
薙刀を回しながらも視線はそいつから逸さなかった。
「暴れるだけ暴れて……直すの誰だと思っているのかしら?」
「……グルル!!」
――カツン、カツン。
「(再生能力はあるが遅い。凶暴で好戦的、けど戦いに慣れていない。そして、見ての通り空中戦が有利か……典型的な飛龍の中距離型――強いて特異な点を挙げるならば……胸部に謎の、、何アレ?)」
由良が目を付けたのはその翼竜の胸部に埋め込まれているどす黒い結晶だった。
「(おそらくアレが核――でも……なぜかしら見覚えがある)」
「グルル!!!」
「――唸り続けてないで、何か応えたらどうなの?」
ヒュン!グウォン!(薙刀の切先を翼竜に向ける風圧の音)
無表情で真っ直ぐと刃の切先を其奴に定めた由良。
「……ガルグルルルル!スゥ――ギョエェェェェ!!」
むくりと、翼竜はその首を大きくもたげながら、口を開き大きな咆哮を一度するのみ。
翼竜は口からよだれの様な血を吐き、再生した眼球は血走り、鋭く由良を睨みつけていた。
「……そう。言葉は通じないけれど、貴方がよく思ってない事は分かったわ」
翼竜は今にも飛びかかろうとしていた。
「……配慮が欠けていたわ。話が通じない相手は――力ずくで示す、それだけの事」
由良は目をゆっくりと閉じると、腰の重心を下ろした――。
次の瞬間――ヒュウと、一陣の風が双方に吹いた。それが合図かのように、両者は動き出す!
――タッタタ!
先に仕掛けたのは由良だ。
翼竜の数メール手前で薙刀を一周二周と高速で体と薙刀を使い、円を描くようにぐるぐると回し始めた。由良は薙刀の刃の峰を利用して、水を下から掬い上げるように、地面の砂を器用に掬い上げる。遠心力を利用しながら砂埃を発生させたのだ。
翼竜は視界に広がった砂埃を消そうと、その両翼竜を動かそうとした。
直後、翼竜の胴体へ向けて正面に薙刀が飛んできた!この間数秒の出来事である。
向かってき薙刀に対し翼竜は、間一髪その鋭い爪ではじいた。
――カキン!
薙刀が上空に跳ね返る。
その間、由良は投げた直後に太陽を背にして上空に飛躍していた。
視界が晴れる。
翼竜、元の位置に視線を戻すと少女はいない。周りを見渡す翼竜、躯体に陰りが広がる。
不思議に思って上を向くと、太陽のせいで人物が見えなかった。――翼竜目を細める。
上空に爪で弾かれた薙刀をその間、由良がキャッチ。そのまま翼竜の頭部に薙刀を素早く斬りつけた!
由良、地面にスタリと着地。
再度、翼竜の腕に切り込みを入れようとしたが、翼竜の尻尾が死角から現れ、攻撃をくらう。
防御しながら数メートル後方へ飛んだ。
その間、近くで兵士が落とした投擲の銃を何個か拝借する。
翼竜は叫び続ける。
痛みのあまり頭部をグラグラと大きく揺らし、爪で頭部を掻く仕草をするが、そこに由良はいない。
いったん由良は飛ばされた際、翼竜を遠くで観察していた。
数秒後、翼竜の胸部に埋め込まれている、どす黒い結晶がひと際光り輝く。次に由良がの切りつけた頭部の傷跡がゆっくりシュウー、と音を立てながら再生していった!
由良、眉をぴくりと動かした後、目を細めた。
「(痛ぶる趣味はないけれど、少し確かめたいことができたわ)時間がかかりそうね」
由良は翼竜を捉えながらも、懐からワイヤーを取り出してぐるぐると薙刀に巻き付ける手は止めない。
――バサ、バサ!(羽音)
翼竜は切り付けられないように上空へ高く舞い上がった。――逃げようとしたのだ!
――ドン!
「グル!?」
――だが、それ以天上へは透明なガラスで塞がれているかのように上へ進めなかった。
翼竜はうねると疑問に思いながら、目線だけ由良を上空から見下す。
由良、走りながら近くの櫓まで移動。倒壊した木くず数センチあるや鉄クズの欠片の礫を薙刀でそぎ落として速攻加工――即席の歪な槍を形成した。
鋭利な木と鉄を左側中心に翼竜へ何本も投げつける。その動線と同じ軌道で先ほど拝借した銃を連射する。
ヒュン!ヒュン!――パン、パン!
ヒュン!カキン!カキン!
「グェ!!」
「――羽音がうるさい」
両方の手で銃弾を扱い、槍の投擲距離と軌道を変えたのだ!!流れるような動きで、投擲しては、弾を打ち込む、それを繰り返していた。
鉄屑の槍の端を銃弾で押した為、槍の投擲距離が伸び、速度も急に上がる事に翼竜は反応できなかった。
左翼を重点的にダメージを与えていた由良。
翼竜バランス崩し、ゆっくりと左へ傾き下降していく。
影でこっそり状況を見ていたポッドは、
「(いや、銃で槍の軌道変えるのありかよ!てか命中するの?!そんなのもはや人間技じゃないよね!?え、もしかして)同じ人間じゃなかったり?しないよな‥」 ともはや種族を疑うばかりだ。
翼竜、由良から見て右側にどんどん落ちていく。(由良はわざと翼竜を隅っこへおいやっていた。そうする事で、闘技場の壁面に階段になるように鉄くず、木の倒木を投擲したものが後に活きてくる―)
由良は、手元にあるワイヤーの先で重しをつけた後、薙刀をぐるぐる振り回し低空飛行となった翼竜の脚に狙いを定めた。
翼竜、ワイヤーから逃れる為、必死にグラグラしながら上空へ滞空しようとするが、かなわなかった。
彼女は翼竜の足に巻き付けたワイヤーを軸として、そこから繋いでいる手元のワイヤーをしっかりと持ち、途中まで走り、助走がついたら両足を浮かせた。
その姿はまるでターザンのようだった。
向かったのは、先ほど銃の乱射に乗じて壁にのめり込ませた投擲の木くずと鉄くずの槍たちだ。
ターザンの如く壁面にやってきた由良は、それらを足掛かりにして階段を登るように、まるで壁に打ち付けられた画鋲のやうになっている鉄屑と木の屑たちを助走台としてかけ登った!
翼竜はバランスを崩して、地面と近くなっていた。
由良の……射程範囲内に捉えた――――
先ほど壁にのめり込ませた即席加工した槍たちを助走台代わりにして、
思いっきり飛躍した!
翼竜の腕、喉、筋を素早く斬りつけた!
――ブシャァァァ!!
血飛沫が舞った。
「ギョエェェェェオォ!!」
翼竜は下へさらに落ちていった。
――スタッ。(由良の着地音)
由良は可憐に地面へ着地した。
翼竜はあらゆる腱が切られている為、力なく仰向けに倒れ、そのどす黒い結晶を曝け出していた。
――彼女の脳内に昔の記憶が蘇る。
――――――――――――
それは10年前の、事故死とされた兄の遺物。形見。――残された同じ見たことのある黒い結晶だったのだ。
――――――――――――
由良は近寄り、化け物の胴体を踏み台にしてのぼった。そして口ずさむ。
「妙ね。……10年前と同じものを、ここで見るなんて。なんの偶然かしら?」
じっと、鋭い眼光持つ其奴を見つめ返す由良。
怪物はなおも血走った眼で由良を見ている。
その体は再生を始めていた。
――シュー、シュー、ぐぐ!
体のほとんどを斬りつけていた為、血を大量にたれ流していたソレは、遅くともその再生能力によって傷は塞がり始めていた。
癒えてきた体が、まるで急に油をさし与えられたかのように、ギギと動き出し首をあげようとしている
――筋が切れた顎で、彼女に噛みつこうとしているのだ。
しかし、由良は冷静だった。
瞬間、そのどす黒い結晶の核を、薙刀で数秒と経たないうちにバラバラに砕いたのだ!
直後、怪物の眼は生気を失ったかのように、地面に力なくその躯体を今度こそ倒れ伏した。
ドーン!!!
由良は冷え切った目で化け物を見下ろす。
「……たわいない」
その眼は失望だった。 歯ごたえがないと言った、率直な思いだったのだ。
――――――――
「由良!?だい、うゔくさっ!」
「殴られたいの?」
ポッドは彼女のもとまで走った。
「ち、ちがう!――!」
側で倒れた翼竜をまじまじとポッドは観察した。
「まいいわ。 ハァ、これであの怪奇な噂がおさまってくれるのなら。‥貴方もその傷を早くふさいだ方がいい」
彼女は一考したのち、ポッドの背から流れている血をみた。だが彼が黙り込んでいたため不思議に思った。
「……どうしたのポッド?神妙な顔をして」
じっと様子をみているポッドを由良は不思議に思って問いかける。
「うん、なんだろう、うまく言えないけど……違うきがするんだ」
「違う?」
「うん。こいつは……違う、門で見たやつと。その――眼が……殺伐としてない?うーん血走ってない?うーん襲ってこない?
なんて言うか、あの時、あの化け物は僕を――観察してるようだったんだ」
その言葉に由良は目を見開いた。素直にポッドへ感心していた。
「!(驚いたわ、臆病だけどちゃんと翼竜を観ていたのねポッド)…私も貴方と同じことを感じていたわ。門の化け物を直接見てはいないけれど、こいつは確実に別者とみて間違いないでしょうね。(そう、この翼竜は戦いに関してあまりに……――鈍すぎるのだ。あの時、門で感じたものとやや異なる)」
謎の違和感を共有しながら、その場で二人は見つ目あった後、同じように視線を死んだ翼竜へと移した。
その視線の先には、心臓のように脈をうち、光り輝いて砕けた結晶だ。
今はもう、ただの割れたガラスのように砕け残っている。
辺りは腐敗した臭いで満ちていた――。
由良は数秒したのち顔を上げた。
「――遅い。いったい全体何をしていたの?」
眼光を鋭くしてポッドの後ろをみた彼女は、ポッドの後方へ向けて言い放った。ポッドはすぐ背後を確認した。驚いたことに、そこには既に仮面をつけた大柄な男がいた。
大柄な男、そいつは由良と同じ着物を着ている。仮面を被っているため顔は分からなかったが、その雰囲気から明らかに只者ではないと、素人目のポッドから見ても感じとれた。
「(いつの間に?!)」
ポッドはまじまじとその人を観察した。
「ハッハッハ!相変わらずな物言いだ。これでも褒めてほしいぜ?なんせ3人でなんとか即席速攻の結界を張ったんだからな」
「3人?結界‥!」
ポッドはハットした。先ほど翼竜が飛んでいた時にそれ以上上は行かなかった、逃げなかったのはその結界とやのものだったのだろうと思い至った。
ポッドは闘技場の階段席をぐるりと見渡した。すると一番上の階の端に一人、向かいの反対に同じような人間が一人佇んでいた。
直後、そのうちの一人が階段席から飛び降りて、大柄な男の傍へ降り立った。
「!」
そこに現れたのは大男と比べるとやや小柄な男だった。
「タツミ様に向かってなんという言葉遣い!……まったく阿暁一門は礼儀がなっていない!そもそも数少ない護衛に対し、戦闘狂のあなた方が避難民の護衛にまわるなんぞ、」
「いい、トキ。それ以上言うな」
「ですがっ、化け物が複数いた場合、誰が市民や王を守るのです?!あの場の守護要は、吽暁一門の我々おいて他にいないのですよ?!」
癇癪を起しかけているトキという男に、タツミは静に言い放つ。
「……翼竜の出現は皆予想外だった。そのうえで王候補者と一般市民を守るにあたり、迅速に避難し、且つ化け物を討伐する必要があった。戦闘員はなるべく市民や王の守りに充てておきたい……。あの場にいた警備兵でも歯が立たない敵を、唯一取り押さえることができるのは我々の術だけだ」
「じゃあ尚更、我々が市民や王側へ残るべきでは?!」
トキは納得いかないようで、さらにくらいついた。
「話を最後まで聞け。……阿暁一門は攻めに強いが、守りに劣る。……対して俺ら吽暁一門は攻めに劣るが、守りに特化している。でもそれだけじゃ決定的な一打を化物へ与える事ができない。
それを見越してこいつ由良は敢えて、自らここへ残り、限りある戦闘員の阿暁一門3名と守りに特化している吽暁一門1名を、市民と王側へ配置した。――逆をいえば、それ以上ここへの戦力はいらないというこいつの自信の現れでもあるか?
仮にあの場で市民と王の守りを優先していれば、外にあいつと同じ仲間がいた場合、吽暁一門だけでは防戦一方で長期戦となる可能性があったしな。
現に吽暁一門の3名がここで結界を張れても致命傷を奴に与える事ができなかった。……もし本当に化け物が複数いたら、俺ら全員この一匹に集中して動きが取れず、決定打も与えることができないまま時間だけが過ぎていたかもしれない。その間、市民と王側は戦闘員しかいず、分散していたら守りきれない可能性もあった。
にしても……3・人・いれば十分、という感・は流石というべきか、こいつの読み通りだったてことかな。……だがお前は王に仕えているべきじゃなねーかとも俺は思うがな、別の奴でも倒せたろ、過剰戦闘要員だぜ?」
「……あの場ではあれが最善だったと私が判断したまで。……それにあなたにとやかく言われる筋合いはない。敵の動向を探るために一人の少年を巻・き・込・む・ような真似はやめてほしいはね」
由良があきれたようにタツミに言う。それに対して男は笑った。
「ハッハッハ!いや~ばれてたかすまん、すまん。危険にさらすつもりはなかったんだがな。悪いことをしたな坊主。一時はまじでどうなるかと思ったが、結構粘れてすごかったぜ。いい心をもってやがる!」
そう言って自身の胸に手を当ててドンと表現する男に対し、急な話の矢印が自分へ向かったことにびくつくポッド。
「え!?、ははあ。ありがとうございます?」
「タツミ様?!……はぁ(ほんとにこの人の戯れは他人に迷惑をかける!ですが)確かに一般市民を危険にさらしてしまったことは謝らねばいけませんね。少年、名は」
トキという男に名を呼ばれたポッドは緊張した様子で、はいと短く返事をして続けてポッドです、とこたえた。トキはポッドの前まで近寄った。
「先を考えずに行動した事をあまり褒められたものではありませんが、――そのおかげで失わずに助かった命がある。君が自身を顧みず他人を助けた行動に敬意を表します。そして一般市民の君を危険にさらしてしまったこと、申し訳ございません」
一人の男は溜息を吐き。ポッドの前で頭を下げた。
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